靴を履き替えて歩き出す。
「朱嶺さん、モデルさんみたい」
マイはなんとか話題を変えようと必死だ。
「はい。よく言われます。高校デビューを目指して少々、イメチェンしてみました」
朱嶺は真顔で返した。何、そのデジャヴ。
「もともとウェーブがかかっているのですが、さらに軽くパーマをかけました。スタイルのよさを生かすように、スカートも短めにしました」
なんの抑揚もなく、淡々と言う。スタイルがいいことは自覚しているし、スカートが短いのも意図的なのね。
「中学の時は、もっと地味でした」
いや、その顔と体型で地味はないだろう。普通にしてても相当、目立っていたはずだ。
「美大合格を目指して一生懸命、勉強するつもりですが、せっかく高校生になったので高校生活も満喫したいと思っています。恋愛もしてみたいと思っています」
普通の16歳なら照れて言わないようなことを、真顔でサラリと言った。
それ、去年の今頃のマイとそっくりじゃん。マイはどう思っているのだろう。見ると、やはり不安な顔をしていた。目が合う。アドバイスしてあげた方がいいんじゃない?と目配せした。僕の考えていたことが伝わったようだ。マイは小さくうなずいた。
「朱嶺さん、水を差すようで悪いんだけど」
「なんでしょう?」
「あのね、高校生になったからって、あまり背伸びしない方がいいよ」
朱嶺は少しだけ目を見開いた。不思議に思ったのだろうか。
「なぜですか?」
「私もそうだったから。私は背伸びして、痛い目にあったから」
マイが朱嶺に話しかける表情は、穏やかだった。軽く笑っているくらいだ。
「痛い目…」
「そう。高校生活を楽しむのは、大いに結構だと思う。だけど、一気に行かないで。少しずつ、一歩ずつでも十分に楽しいと思うんだ」
朱嶺はマイから目を逸らして、少し考え込んだ。そして、またマイを見る。
「抽象的すぎて、よくわかりません」
マイは、あはは…と笑って自分の後頭部を触った。
「ごめんね。私もうまく説明できへん。でも、背伸びはうまくいかないこともあるんだ。それだけは覚えておいて」
朱嶺に向かって軽く両手を合わせて、お願い!というポーズをした。
◇
朱嶺と駅で別れて、マイと2人になった。
「彼女やって」
僕を見て、ニヤニヤしている。少し顔が熱くなる。
「彼女のような感じ」
訂正した。訂正しなくてもいいんだけど。
「フワッとしてるね」
「そうね」
目が合う。マイはうれしそうに笑った。かわいい。どんどんかわいくなるな。
どちらかといえば、わんぱくという言葉が似合っていた色浅黒い剣道少女が、今や色白眼鏡の美少女に変身した。女の子は成長するにつれてきれいになるって母さんが言っていたけど、本当だな。かわいいだけではない。マイは、本当にきれいになったと思う。
「マイに『彼女じゃない』って否定されたら、どうしようかと思っていた」
これは言っておかないとと思っていたので、はっきりと口に出しておいた。マイが否定しなかったのは、うれしかった。
「ありがとう」
僕がそう言ったのが意外だったのか、マイは少し目を見開く。
「え、私も彼氏じゃないって否定されたら、どうしよって思ってたよ」
そういうと、マイはうふっと笑った。
「一緒やね」
ちょっとホッとする。
「彼女じゃないことは、ないんでしょ? それなら、ウチはなんなん?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら、首を傾げて僕を見上げる。複雑な聞き方をするなあ。
「え。だから、彼女みたいな感じ」
ちょっと照れながら、答えた。
「じゃあ、まあくんも彼氏みたいな感じ」
マイはうふふと笑うと、ふいに僕の左手を取った。
「手、繋いで帰ろうよ。久しぶりに」
「恥ずかしいよ」
そう言いながらも、繋いだ手を離せない。
「ええやん。もう誰も見てないし」
マイは楽しそうに軽くスキップした。ぴょんぴょんと動く右手が温かい。
いつ以来だろう、こんなふうに手を繋いだのは。退院直後以来じゃないだろうか。あの時、マイは怖くて不安で、僕の手を握りしめていた。だけど、今は違う。楽しくて、うれしくて、僕の手を取っている。と思う。
それがうれしくて、繋いだ手に少しだけ力を込めた。もう離さない。