そこで少し興奮が冷めたのか、朱嶺は紅茶を飲み、いま親は2人とも仕事でいないという話をした。
何、それ。いまからエッチするみたいな流れじゃないか。
親がいないタイミングを見計らって僕を呼んだこと、画材を運ぶというのは口実で、僕に告白することが目的で家に連れてきたことを白状した。
ちょっと待って。策を弄するのは苦手だって言ったよな。
僕のことがめちゃくちゃ好きで、僕のことを考えると夜も眠れないという。
「朱嶺くん。君はまだ16歳で、恋に恋する乙女なんだ。ちょっと冷静になりなさい」
「何をおっしゃっているのですか。先輩だって17歳です」
初めてサシで話した朱嶺は学校とは違って冗談も言うし、ツッコんだりボケたりして、お茶目でかわいらしかった。派手なルックスで目立ちすぎているせいか、クラスでは友達がいなくて、美術部で会う僕と登下校時に会うマイが、数少ない話し相手なのだという。
帰りは1階まで見送りに来てくれた。
「今度は父がいるときに来てください。ぜひ父に先輩を紹介したいのです」
僕に対して壁がなくなったのか、ニコッと笑いながら言う。親に紹介するって、意味深じゃない? ちょっと怖いんだけど。
◇
地下鉄を乗り継いで帰ってきたら、もうネバギバに行くには遅すぎる時間になっていた。夜にマイがまた勉強しにやってきた。その横顔を見ているのに、朱嶺のことばかり思い出して集中できない。
「なんなん? どうかした?」
僕の視線に気付いて、マイが不思議そうな顔をしている。黒沢に告白されたとき、マイはこんな気持ちだったのだろう。天にも昇るとは、こういう感じなのかもしれない。でも、それで我を見失って手痛い目にあうことがあるということを、目の前の幼馴染が身をもって証明してくれていた。
「僕、どんな匂いがするん?」
「え!」
朱嶺に言われたことが気になって、聞いてみた。マイは顔を赤くしてうろたえ始めた。目が泳いでいる。
「変なこと聞いたかな」
「い、いや! そんなことないけど!」
「けど」のところで、声が裏返っている。
「汗の匂いならすると思うんだけど。臭いっていうのなら、わかるんだけどなあ」
自分の手のひらをクンクンとかいでみる。大して匂いはしない。だが、朱嶺はいい匂いがすると言っていた。
「え! い、いやあ、まあくんは臭くないよ。うん。全然、臭くない!」
なぜ、マイはこんなに動揺しているんだろう。急に正座に座り直して、上半身を前後に揺らし始めた。
「な、なんで、そんなこと聞くん?」
「いや、ちょっとある人に、いい匂いがするって言われてさ」
「えっ!」
目を見開いて固まっている。不審だ。
「どんな匂いがするんかなって、気になったから」
「え、ええ〜……」
マイは困った顔をした。いつもそばにいるマイなら、知っていると思ったんだけど。マイは「えっと、えっと……」とか言いながら、自分の指先をいじり始めた。
まあ、いいか。
告白されたら、こんなにウキウキするんだ。そりゃ、舞い上がるわ。
その夜、僕は朱嶺で抜いた。妄想の中の朱嶺は狂おしいくらいにかわいかった。マイ、ごめんなさい。