「カレンちゃん、まあくんのこと好きなんやろ」
夜、部屋にやってきたマイが勉強の手を止めると前触れもなしに言い出したので、ひっくり返るくらいびっくりした。
「え! ええっ?!」
ドキドキしている。鼓動の音がマイに聞こえてしまうんじゃないか。静まれ、心臓。
「いや、そんなびっくりしなくても……」
僕はよほど狼狽しているのだろう。逆にマイが目を見開いて驚いていた。
「そんなん、見てたらわかるやん。カレンちゃんがまあくんを見ている時の目、誰がどう見ても恋する乙女の目やで」
ただ、別に怒っているわけではなさそうだ。シャーペンを置くと、うーんと伸びをした。
「で、まあくんも悪い気はしてない、と」
「え! いや、いやいや!」
額に冷や汗が浮かぶ。マイは悪戯っぽく笑った。
「隠さんでもええって。デレ〜ッとした顔、してるもん」
「いやいや、いやいやいや!」
僕は顔を横に振って、必死になって否定しようとした。
「あんな美少女に好かれたら、そらデレッとなるわな。アハハ」
ヘラヘラと笑っていたマイは座り直すと、僕の方を向いて急に真顔になった。うわあ、何を聞くつもりだ。さっきまで笑っていたのに、なんか怖い。
「カレンちゃんのこと、好きなん?」
「え!!」
息が止まった。一瞬、心臓も止まったような気がした。図星。 そう聞かれたら「好き」と言わざるを得ない。だって、あんな美少女、嫌いな人いないでしょ。否定できなかった。
「好きなんや」
マイはじとっとした目で、僕を見つめた。これは、ヤバい。
「え、いや」
こんな時、どうしたらいい。どう言えばいいんだ……。そうだ。こんなの聞いたことがあるぞ。
「好きだけど、LIKEじゃなくてLOVEなんで」
「え!」
今度はマイが驚いた。めちゃくちゃびっくりしている。胸を押さえて、顔を赤くしている。何か変なこと言ったかな? 自分の言葉をもう一度、反芻する。
「あ、違う! LOVEじゃなくてLIKE!」
「やろ? そうやんな?! ああ、びっくりした!」
お互いに下を向いて、ため息をつく。
はぁ〜。
なんでこんな話をしているんだろう。だけど、マイには誤解してほしくなかった。あくまでも僕の一番好きな人は、マイなのだ。
「朱嶺はかわいい後輩だよ。懐いてくれているし、面倒見てやらないとなって思う」
「それがLOVEに発展するんとちゃうの?」
目を上げると、少し怒った顔があった。やっぱり怒るよね。あんなにデレデレした顔をしていたら。正式に付き合ってはいないけど、マイの身になってみれば面白くないはずだ。でも、僕は嘘をつけなかった。
「うーん。可能性ゼロかと言われたら、自信ないわ」
「やっぱり!」
マイは床にひっくり返ると、両腕で顔を覆った。
「あんなんがライバルやったら、自信ない」
マイは顔を覆ったまま、うめいた。
「まあ、朱嶺は満点以上やしな……」
「顔もいいし、スタイルもいいし、性格もいいし、お金も持ってるし」
そうだな。その通りだ。
うん? さっきマイが言ったことが、急に心に引っかかった。
「ライバルって、何の?」
「え!」
顔を覆っていた腕をどけて、こっちを見る。
「いや、だから、ライバルって」
「え、いや、なんでもない。聞かなかったことにして」
マイはちょっと困った顔をして、僕をにらむ。なんなんだよ。
ちゃんと言っておいた方がいいかもしれない。朱嶺とは付き合うつもりがないと。この前、ここで泣き出したように、マイはまだ不安定なところがある。モヤモヤさせるのは、よくないと思った。
「でも、僕は朱嶺とは付き合わないから」
「え? なんで?」
いや、だって。それ、言わないとダメ?
「だって、それは……。僕は他に好きな人が……」
「え! まあくん、好きな人おるん?」
マイはガバッと起き上がった。半分口を開けて、ほおを紅潮させて、すごく驚いた顔をしている。いや、その好きな人って、あなたのことですよ。
「うん」
マイは目を丸くして僕を見つめていた。しばらく変な沈黙があった。コンコンとドアをノックする音がする。
「「はあい」」
2人そろって返事する。
ドアが開いて、母さんがお盆に何か飲み物を乗せて持ってきた。匂いからしてココアのようだ。母さんはこうやって時々、飲み物とかお菓子を差し入れてくれる。
「あ、なんだ。もうひと休みしてた?」
「してました〜」
僕の代わりに、マイが何もなかったかのように返事をする。母さんは僕の机にカップを置いた。僕はまだドキドキしていたが、ココアの香りをかいでいるうちに、少し落ち着いてきた。
「ここに置いとくわよ」
ちゃぶ台の上は僕とマイの参考書とノートでいっぱいだ。
「それにしてもあんたたち、いつも2人きりなのに全然、イチャイチャしてないのね」
母さんはニヤッとして突然、そんなことを言い出した。
「え、そんなことしないでしょ。だって、真面目に勉強しているんだから」
「そうで〜す」
マイが同調する。
「だって普通、年頃の男女が同じ部屋にこもってたら、そういうことにならない? ママ、いつもドアをノックする時に思うのよ。今、いきなり開けたら、あんたたちがイチャイチャしている真っ最中じゃないのかって」
親のくせに、何をおかしな妄想をしているんだ。
「だって、まあくんが手を出さないから」
マイは真顔で僕を指差した。
「いや、出さないでしょ、普通!」
「あらまあ、照れなくていいのよ」
母さんはオホホとわざとらしく笑うと「では、ごゆっくり」と言って出ていった。バタンとドアが閉まる。
「何? 出してほしいの?」
ちょっとムッとして、マイをにらんだ。一生懸命、我慢しているんだけど。それ、わかってる?
「え、出してもいいよ」
サラッと言うと、悪戯っぽく笑った。
ダメだろ。ダメですよ。そういうことは、きちんと付き合っている2人がやることなんです。僕たち、ただの幼馴染で、まだ恋人同士じゃないでしょ。
そう、まだ今は。
「出しません」
「なんで?」
「そういうのは付き合ってからやることだから」
「ふーん……。まあくんは、ほんまに真面目なんやね」
マイは何がおかしいのか、くすくす笑い始めた。そしてヨイショと言いながら立ち上がると、ココアを取りに机に向かった。
「まあくんのもちゃぶ台に持っていく?」
恋人未満、幼馴染以上。この曖昧な距離が心地いいと思う反面、ずっとこのままではいけないとも思っていた。