翌朝、朱嶺は何もなかったかのような顔をして朝食の会場に現れた。
「おかしいな。昨日は風呂から上がったら、気が付かないうちに寝てしまっていたよ」
「いや、俺も」
西塚さんと米沢さんが、パンをほおばりながら話している。宿舎で朝、焼いたばかりのパンを提供していて、ふかふかで香りも良くて、とても美味しかった。
その日も屋外で写生するはずだった。朝食を済ませて荷造りしてロビーに行くと、神戸先生が「提案があるんだけど」と言い出した。
「昨日に比べて天気が良くて、外は日差しが強い。どうだろう、今日は屋内でデッサンをしないか? さっき朝食会場で朱嶺くんを見ていたら、思いついてな」
みんな一斉に朱嶺を見る。朱嶺は少しだけ目を見開いたが、昨夜の可憐な乙女とは一転して、野郎どもの視線を堂々と受け止めた。
「素晴らしいモデルさんもいることだし」
なるほど。
急きょ宿舎の研修室を借りて、デッサン大会が始まった。
「硬いな。朱嶺くん、何かポーズを取ってくれたまえ」
神戸先生のリクエストに応えて、朱嶺は立ち上がって腰に手を当てたり、椅子に座ってくつろいだりする。髪をかき上げた時に、神戸先生がくわっと目を見開いて「ストーップ!」と叫んだ。
「いい、いいね! すごい色気だ! 16歳とは思えない! よっしゃ、それで行こう!」
じいさん、興奮しすぎ。それに、先生が言うセリフじゃないでしょ。
と言うわけで、朱嶺は椅子に座って髪をかき上げるという、静止するにはいかにも辛そうなポーズを小一時間、取ることになった。
「この肖像画、文化祭で展示しない?」
「いいね。神戸先生のも含めて4枚もあれば、壮観だと思うけど」
西塚さんと米沢さんが手を動かしながら話している。それはいい考えだ。
「先生、エロすぎですよ。朱嶺、こんなに乳デカくないでしょ。性的な目で生徒を見るのはやめてください」
西塚さんは神戸先生のスケッチブックをのぞき込んで、ツッコんだ。
「芸術に誇張はつきものじゃ」
神戸先生はムッとして言い返す。
「西塚さん、本人の目の前でチチとか言わないでくださいよ」
僕もツッコんだ。
「城山も言ってんじゃん」
僕らがわちゃわちゃ言いながら熱心にスケッチしているのを朱嶺は時々、ウフッとかフフッとか笑みをこぼしながら見ていた。
「そういえば、朱嶺の今日の分はどうするの?」
米沢さんが聞いた。確かにこのままでは、朱嶺のきょうの作品ができない。
「時間が許すなら、後で先輩方と先生を描かせていただけませんか?」
朱嶺はポーズを取ったままで言う。
「いいね。では、制限時間を設けて、交代しようではないか」
朱嶺の指示で、神戸先生を中心に僕たち3人が並んだ。なるほど。モデルってなかなか辛いな。動いたらいけないわけだし。
真剣に鉛筆を走らせている朱嶺は、とても美しかった。大きな窓から差し込んでくる陽光が白い床に反射して、白い肌をひときわ輝かせる。伏せた目にかかるまつ毛が長い。
ふいに昨夜のキスの感触を思い出した。
スカートからのぞく朱嶺の白いふくらはぎがまぶしい。昨夜、もっと思う存分、いろいろな部分に触れておけばよかった。ヤバい、また勃起した。人生初のモデルを務めながら、そんなことを考えていた。
◇
そのまま夏休みに突入して、よかった。次の日から学校があれば、また朱嶺に会うことになり、僕はそのまま朱嶺に溺れてしまっていたかもしれない。
だけど幸か不幸か、学校はない。休みだ。そして、試合直前だった。僕は毎日のように不安から逃げ出すようにネバギバに入り浸り、汗を流し、やりすぎだと代表に叱られた。
そして、あっという間に全日本選手権当日がやってきた。