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第97話 準決勝

 2回戦、早くも準決勝の相手は僕と同じくらい背が高かった。ガッチリしていて、体型的には新田とよく似ている。関東の第2代表だった。もちろん真正館の黒帯。ちなみに1回戦の相手は四国代表で、黒帯だった。


 四国と関東では選手層の厚さも違うだろうし、きっと強いんだろうな。そもそも関西にはない第2代表がいるくらいなんだから。ヘッドガードを装着しながら、そんなことを考える。


 「雅史、さっきとは全く違う試合になる。最初からしんどい試合をしろ。打ち合って押し込んで、押し出せ」


 ミユちゃんのセコンドを終えた代表が、ここから僕についてくれることになった。


 確かにあれだけ大きいと、僕が自分より小さい相手に仕掛けるアウトボクシング作戦は効かない。たぶん。


 「お前には自分が思っている以上にパワーもスタミナもある。同じくらいの体格のやつには負けない。自信、持っていけ」


 耳元でささやかれる。少しだけ顔を向けて「押忍」と返事した。


 「構えて、始め!」


 なるほど。相手も僕と同じ、アウトボクシングのスタイルなんだ。その証拠に、いきなり打ち合いに来なかった。試合場を広く使ってステップを踏んで、僕の出方を見ている。


 そうか。これでちょろちょろ打ち合いをして、ラスト30秒で五分に渡り合って、勝つという算段なんだな。だって、自分は真正館の黒帯だから。僕は他流派の色帯だし。そうはさせるか。


 「まあくん、ファイト!」


 「せんぱーい、ファイト!」


 なぜだ。マイの声援より、朱嶺の声援の方がうれしい。勇気がわいてくる。


 一気に間合いを詰める。前蹴りが飛んでくる。こんなの、いつもミユちゃんにやられているパターンだ。さばいて接近すると、フック気味の左を胸板に突き刺した。右のボディーにつなげると、さらに左のボディーフック。もう一丁、左を胸元へ。


 相手は間合いを開けようとバックステップするが、逃がさない。さらに間合いを詰めて胸、腹と連打する。どんどん前進する。


 おお、すごいぞ。真正館の黒帯を相手に、五分以上の戦いができている! 高揚感で、お腹の底からパワーがどんどん沸いてきた。


 気がついたら場外に押し出していた。


 「いいぞ、雅史。そのまま!」


 代表の声もよく聞こえる。


 冷静だ。


 「せんぱーい、頑張ってー!」


 大きな声なんか普段、絶対に出さないクールビューティーの朱嶺が、声を張り上げて僕を応援してくれている。少々、強引ではあったけど、ファーストキスを僕にくれた朱嶺が、一生懸命、応援してくれている。


 負けるわけにはいかないでしょ!


 「続行!」


 相手は流れを変えようと、上段膝蹴りを繰り出してきた。黒沢に散々やられた技だ。そんな簡単には食らわない。腕でカバーしてやり過ごすと、再び胸元へ左フックから右でインロー。これはミユちゃんの真似だ。


 どっ、どっ、どっ


 肉と肉がぶつかる鈍い音がする。相手の苦しい表情が見える。


 なかなかのイケメンだ。きっと、モテるんだろうな。いじめられたことなんて、ないんだろう。もしかしたら、いじめる方かもしれない。彼女はいるのだろうか?


 ええい、クソ! ムカつく!


 確かめたわけでもないのに、明らかに自分よりもスペックが上だという気がして突然、腹が立ってきた。


 こんなやつに負けてたまるか!


 下がっていく。下がりながらローキック。さすが真正館の黒帯。すごい威力だ。だけど、こっちだってネバギバの猛練習に耐え抜いてきたんだ。


 追いかけて、突いて、インロー。捕まえた。逃さない。連打からインロー。相手が崩れる。崩れたところに突きで畳み掛ける。


 「待て、待て!」


 主審の声がする。気がつくと場外に押し出していた。


 「場外に出ない!」


 主審が相手に注意した。


 ほら、もう逃げられないぞ。打ち合えよ。泥試合をしよう。


 この人からは黒沢ほどのフィジカルの強さも感じないし、新田みたいな狂気も感じない。翔太のようなプレッシャーもない。離れてハイキックの応酬とか、技術の勝負になれば僕は分が悪いかもしれないが、どつきあいならば負ける気がしなかった。


 「ラスト20! 集中!」


 代表の声が飛ぶ。ここからは上段膝蹴りをはじめとする一発大逆転の大技がくる可能性がある。それをもらうわけにはいかない。


 「続行!」


 突っ込む僕に対し、相手はステップバックして左のハイキックを放ってきた。まあ、こんなの当たらない。何かのフェイントだ。


 ラスト20秒しかない。上段を狙った技で倒しにくる。何かのフェイントからの膝蹴りか回し蹴りだ。


 足を上げる余裕をなくさせてやる。左に踏み込んで大きく角度を変えると、左のロングフックを胸元に叩き込む。


 フルコン空手の選手はいい。技を受けてくれるから。キックボクシングではこうはいかない。一発もらったら終わる可能性があるから、ジャブでも必死で防御する。だけど、フルコンの選手はジャブっぽい技はほとんどもらってくれる。そして、僕が碧崎さんから教わったこの左フックは、一発で相手の体を起こす破壊力がある。


 右ストレートで追撃すると左のボディーへ。もう一発、左のフックを打ち込むと、一気に接近して連打で押し込んだ。


 「やめ、やめ!」


 主審の声が響いた。


 ピピピッ


 終了を告げるアラームが鳴っている。


 「判定取ります。副審、白、1、引き分け、1」


 ちなみに僕が白です。引き分けか。延長戦かな……。


 「主審、白!」


 えっ!


 「白の勝ち! 正面に、礼!」


 勝っちゃった!


   ◇


 「ほら、言った通りだろ」


 2つ勝って、決勝に駒を進めた。一度、みんながいる観覧席に戻って休むことにした。階段を上りながら、代表が声をかけてくる。


「はい。打ち合って正解でした」


 「ああいうやつは、雅史と一緒だよ。アウトボクシングしかしたことがないんだから」


 観覧席の通路に出ると、遠くでマイが手を振っているのが見えた。


 「あ、ちょっと待て。見ていこう」


 代表に引き止められてメインアリーナをのぞく。僕の決勝での相手が決まる試合が、始まるところだった。


 一人は本当に高校生かというくらい大きい。上背も横幅も大きく、プロレスラーのようだ。色浅黒く、米沢さんの大型版といった雰囲気だった。相手も大きいが、このプロレスラーくんと比べると、いかにも高校生という線の細さを感じずにはいられない。


 割と一方的な試合になった。


 プロレスラーくんがパワーとスタミナでどんどん押し込み、ほとんど相手に何もさせなかった。本戦で判定勝利。完勝だった。


 「雅史が苦手なタイプ」


 代表がボソッとつぶやいた。


 確かに去年の冬に出た真正会館の試合で、決勝で負けたのはあんな体格、ファイトスタイルの選手だった。


 僕は背が高い方なので、小さな選手と戦うことには慣れている。だけど、自分より大きな選手と戦った経験は少ない。そもそもネバギバに僕より背の高い選手がいないので、そんな相手と当たるのは試合の時くらいなのだ。


 黒沢や新田は背が高くてガッチリしているが、身長は僕より低い。翔太もすごくフィジカルは強いが、体格は僕よりも小さい。だから、たまに大会で自分より体格が大きな人と当たると、すごくやりにくい。


 「どうしましょう」


 歩き出しながら、聞いた。


 「また違う意味で、しんどい試合をすることかな。さっきはどつきあいの泥試合だったけど、次は徹底的にアウトボクシングで」


 代表はシュッシュッと遠い距離でのジャブを打つ真似をしながら、説明した。


 なんとなく、目に浮かぶ。


 前進してくる相手をステップでいなしながらパンチを当て、どんどん動く。絶対に捕まらないようにする。


 絶対、しんどいスタイル。でも、ここまで来たらやるしかない。みんなが待っているところまで戻ると、拍手で迎えてくれた。


 「まだ終わってないし」


 「決勝進出、おめでとう!」


 マイは無邪気な笑顔で手を叩いている。


 「決勝も頑張ってください」


 朱嶺は顔の前で両手を合わせると、祈るように唇に当てた。


 おお、たまらん。


 朱嶺の唇、柔らかかったな……。


 いかんいかん!


 2人から目を背けると、観覧席の椅子の上でミユちゃんが器用に横になっていた。ボコボコしていて痛くないのか? さっさと試合が終わって、うらやましい。しかも優勝して終わったのだから、やりきった満足感でいっぱいのはずだ。


 これは試合をした人にしかわからないのだが、試合が終わった後の解放感は何ものにも変え難い。キツい練習に耐え、初戦で速攻負けるかもしれないという重圧に耐え、その上で勝利をつかんで終わるのは、最高だ。セックスより気持ちいいという言葉があるけど、あれに近いかもしれない。セックスしたことないから、知らんけど。


 チラッとマイを見る。


 マイはセックスしたことがあるんだよな。黒沢と…。


 朱嶺と何かしゃべっていたが、僕が見ていることに気づいて、笑顔で手を振った。朱嶺も気がついて、僕に手を振る。


 冷静になって考えてみれば、大好きな幼馴染と、ファーストキスをしたかわいい後輩が応援に駆けつけてくれているのだから、僕は幸せ者だ。だけど突然、マイが黒沢とセックスしたことを思い出して、胸の内にドス黒い何かが沸き起こってきた。


 絶対、許さねえ。


 何を許さないのかは、よくわからない。黒沢なのか、マイなのか。それとも、何もできずに指をくわえて見ていた自分なのか。


 とにかく、猛烈に腹が立ってきた。


 クソッ。優勝したらもう一度、朱嶺とキスするぞ。もちろん、マイには秘密で。


 「なんだ、雅史。決勝を前にして、えらい気合の入った表情になってきたじゃないか」


 代表がポンと僕の肩を叩いた。


 「はい。いえ、押忍」


 任せてください。めちゃくちゃ気合、入ってきました。

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