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第98話 激突!関西代表vs北海道代表

 決勝の相手は真正館の北海道代表だった。もちろん黒帯。北海道というからには札幌道場なのかなと思ったが、パンフレットを見ると函館道場と記されていた。


 函館か。


 行ったことないけど、北海道の端っこで大都会とは思えない。そんなところから北海道代表になったなんて、すごいな。


 選手待機スペースで待っていると、先ほどのプロレスラーくんがやってきた。デカい。どんどんこっちに来る。僕のそばで立ち止まると、笑顔で「高校の部の決勝の人?」と声をかけてきた。


 「ああ、はい……。いえ、押忍」


 「ああ、やっぱり」


 大きな手を差し出してきた。


 「他流派の方だったんですね。自分、決勝の相手の帆足です。函館から来ました」


 試合前に、これから戦う相手から声をかけられるなんて、初めてのことだった。黒沢に声をかけられたことはあったけど、その時の黒沢の相手は僕ではなく、翔太だった。


 「あ、どうも。城山です」


 間の抜けた返事をして、手を握り返した。


 驚いた。でかい。めちゃくちゃでかい手だ。大きいだけではなく、分厚い。これを握ってできる拳は、どんな大きさになるのだろう。ボウリングの球くらいあるのではないか。


 手を握っただけで、ビビってしまった。背筋が冷たくなる。


 「お互い、頑張りましょう」


 帆足選手はイカつい顔に似合わぬ愛嬌のある笑顔を見せると、自分の待機スペースに戻って行った。


 「雅史、相手のペースに乗るなよ」


 代表が僕の背中を小突く。


 「でも、手がめちゃくちゃでかくて」


 ゾッとした。さっき握られた手の感触は、今でもはっきりと残っている。象だ。象に人間のような手はないが、形容するならば、象の手だった。


 「どんだけ拳がでかくても、当たらなけりゃ一緒なんだよ」


 代表が僕の背中をポンポンと叩く。


 やばい。急にお腹が痛くなってきた。


   ◇


 「赤、城山選手、白、帆足選手」


 コールがかかり、主審が試合場に入るように目で合図する。ふうと一つ息をつくとポンポンと二度、軽くジャンプをする。


 大丈夫。ちゃんと動く。


 「押忍!」


 帆足選手の元気な声が聞こえる。こちらも「押忍」と言いながら十字を切って一礼すると、小走りに開始線へと向かった。


 「まあくん、頑張れ〜!」


 「先輩、ファイト〜!」


 帆足選手と目が合った。軽く笑っている。楽しむ余裕があるんだな。そりゃ、これだけデカけりゃ、余裕もあるでしょ。高校生離れしている。視線は同じくらいの高さだが、横幅が全然違う。


 もしここが戦場ならば、僕は軽く蹂躙されるだろう。マイと朱嶺は涙を流して悲しむかもしれない。帆足選手はこの薄笑いを浮かべたまま、そうだな、むっちりしているから朱嶺の方から先に犯す。きっと。


 「正面に礼! 主審に礼!」


 そんな妄想をしていたら、それがひどく鮮明な映像になって、僕の脳裏に浮かんだ。


 「お互いに、礼!」


 そんなこと、させてたまるか。


 「構えて!」


 ぶっこ◯す。朱嶺を守ってみせる。


 「始め!」


 主審の掛け声とともに、踏み込んだ。お互い大きいので、一歩踏み込んだだけで突きが当たる間合いになった。


 「相手はでかいから、真正面からの攻撃は手応えはあっても、あまり効かない。パンチもキックも回転系。前蹴りは前進している時以外はやめとけ。あと、足を止めるな」


 頭に血が上っているのに、代表のアドバイスをはっきりと思い出すことができる。


 胸元へ左フックを放つ。当たった。分厚い胸板に、僕の拳がめり込むのを感じる。打ち返してこない。続けてボディーへ右フックを打ちながら、ステップ。さらに左ハイキック。


 さすがにディフェンスされた。


 左ハイキックはこの大会に向けて、強化した技だった。ミユちゃんの得意技をパクった。左手を前にして構えるスタンダードなスタイル同士なら、フィニッシュとして非常に使える技だ。ただ、僕は手足が長いせいかモーションが大きく、スパーリングでもなかなか当てることができなかった。


 それでもガードの上から蹴るだけで、上段への攻撃を警戒させることができる。早い時間帯に一発、左ハイを蹴って「こんな技もある」と相手に思わせるのが、作戦だった。上段があるとわかれば、警戒して突きの連打を出しにくくなる。


 もう一歩、横にステップして再び左フックから右ボディー、次はインロー。これもミユちゃん風に膝の内側、関節のすぐ下を蹴る。


 足が太い!


 蹴った自分の足が痛い!


 「雅史、回って、回って!」


 代表の声が聞こえる。え、なぜ? おかしいな、回っているはずだけど。


 「待て!」


 主審に止められて、初めて場外に出ていたことに気がついた。


 相手には何もされていない。なのに、コンビネーションを2度、繰り出しただけでここまで押し込まれるのか。もっとコンパクトに回らないと、また押し出されてしまう。


 開始線に戻りながら、早くも自分の息が上がっているのに気づいた。急にドッドッと心臓の鼓動が聞こえる。まぶたについた汗のしずくを親指で払う。もうびしょびしょだった。


 なんだ? なぜ、こんな短期間でこんなに疲れているんだ?


 「続行!」


 試合が再開する。今度は少し押し込み気味に行ってみたが、これは失敗だった。間合いが詰まったことで、帆足選手の反撃が僕に当たり始めた。


 うわあ、すごい。思った通り、すごい突きだ。ボウリングの球で突き上げられるような衝撃。ガードした腕の骨ごとへし折る勢いで、連打する。腰が浮くほどの威力だった。


 わわっ、まずいまずいまずい


 衝撃が強すぎて、ガードを解けない。このままでは、また押し込まれてしまう。


 「雅史、足、足!」


 代表の声が聞こえる。ああ、そうだった。


 突きの衝撃に驚いて固まってしまって、足が止まっていた。弱々しい右のボディーフックを当てて、なんとか真正面から脱出する。


 どんどん前進してくる選手は強い。翔太がそんなタイプだが、帆足選手も同じだった。しかも体が大きいのだから、手に負えない。ええい、どうする。どうすればいい。防御一辺倒になる。帆足選手の突きが僕の体を揺さぶるたびに、顔から汗が飛び散った。


 このままでは朱嶺が犯されてしまう。


 「待て!」


 気がついたら、また場外だった。


 「次に出たら、注意を与えますよ」


 主審が僕に向かっていう。


 やばい。ポイント取られちゃうじゃん。どうすればいい?


 「城山!」


 その時、観覧席からひときわ甲高い声が聞こえた。ミユちゃんだ。目を上げると、手すりに捕まって、身を乗り出していた。


 「前に!!出ろ!!!」


 相手を指差して、叫んだ。


 そうだ。前に出る選手は強い。


 ならば、帆足選手よりも前に出ればいい。いや、出るしか突破口はない。


 「構えて!」


 帆足選手は笑みを絶やさない。その薄笑いのまま、朱嶺の柔肌を舐め回すつもりだろう。そうはさせない。


 「続行!」


 踏み込むと、渾身の力で分厚い胸板に突きを叩き込む。相手の突きも降ってくる。僕の薄い胸板に当たるたびに、肋骨がギシギシと悲鳴を上げる。背骨が軋む。それでも下がるわけにはいかない。足の指で畳をつかむと、力を振り絞って前進する。


 負けてたまるか!


 「雅史、足、足!」


 代表の声が聞こえる。だけど今更、足を使ってどうなる? また押し出されるだけだ。


 突きに加えて下段回し蹴りも飛んできた。まるで電信柱がぶつかってくるような蹴りだ。いや、電信柱をぶつけられたことはないんだけど。でも、普通の人の何倍も太い足で蹴られている気がする。


 強烈なインローを受けて、足が流れる。


 あと何秒ある?


 2度の場外という劣勢を覆せるのか?


 「雅史、足を動かせ! 回れ!」


 いや、わかってます。だけど、これだけ壮絶に打ち合っていると、横に動けない。


 息ができない。腕も足も、パンパンだった。


 朱嶺を渡すわけにはいかないという一心だった。最後まで動くんだ。相手よりも手数を出すんだ。


 勝つんだ


 絶対に一歩も引かない!


 「やめ、やめ!」


 主審が間に入ってきた。


 はっ はっ 


 帆足選手の汗まみれの顔が見える。笑っていない。険しい顔だった。


 あ、試合、終わったのか。


 「元の位置に戻って、はい、正面」


 開始線の上に自然体で立つ。勝ったのか、負けたのか?


 「判定取ります、判定!」


 なんとなく負けた気がした。


 すまん、朱嶺。いや、すまんでは済まない。


 「副審、白、1、引き分け、1」


 副審の判定は割れた。


 「主審、白! 勝者、白!」


 ……負けた。

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