そうか。これがやりたかったのか。
朱嶺の提案で、午後は映画を見に行った。館内が暗くなると、僕の右側に座った朱嶺は、手すりに乗せた僕の手をずっと握っていた。指を絡めて、まるで恋人同士みたいだ。
いつも淡々としているのに、びっくりするシーンで力が入ったり、しんみりするシーンでは僕の指を撫でたり、朱嶺の指先は表情豊かだった。途中で自分の太ももの上に僕の手を持っていこうとしたので、さすがに手を引いた。だって、そんなところ触っちゃったら、映画どころではなくなってしまう。
それでなくても、さっきからガチガチに膨張したままなんだ! 映画の内容が全く頭に入ってこない。
「面白かった! 面白かったですね!」
館内を出るや否や、目をキラキラさせながら聞いてくる。
「ああ、うん。面白かったよ」
朱嶺はまだ手を離そうとしない。指と指を絡めた、恋人繋ぎ。うれしい。
まだ解散するには少し時間が早かった。
どこかでお茶するか。とはいえ午前に美術館、午後に映画館とはしごして、僕の財布の中身はピンチだった。
くっ、こういう時、庶民は辛いな。
「これからどうしよう?」
なんとなくつぶやいて、朱嶺を見る。背が高いので、目線があまり変わらないのがいい。ほぼ真正面から、見据えられる形になる。
「まだ解散するには早すぎませんか?」
朱嶺は悪戯っぽく微笑んだ。
「でも、どこかでゆっくりお茶するほど、時間もない気がするなあ」
「あ、それなら!」
朱嶺は声のトーンを上げた。
「私、先輩のお家に行きたいです」
そう言って、甘えて体を寄せた。ポロシャツの下の巨乳が、腕に押し付けられる。
うわあ、柔らかい。……むっ、ちょっと待てよ。
僕の家ならばお金はかからないし、部屋に連れ込めばキスだってできるぞ。朱嶺がどうして僕の家に行きたいのか理由を聞くまでもなく、心はもう決まっていた。
「え、それでいいの? 何もないよ?」
何もないよと言いながら、心臓はもうバクバクだった。JRと地下鉄を乗り継いで、僕のうちまで戻ってきた。
「ただいま」
「お邪魔します」
誰か出迎えたわけでもないのに、玄関できちんとお辞儀をする。
「狭いところでごめんね」
朱嶺をリビングまで連れてくると、キッチンから母さんが出てきた。
「あ、うちの母です」
「初めまして。美術部の後輩で、朱嶺カレンと申します。よろしくお願いします」
突然、現れたセクシー美少女が深々と頭を下げたものだから、母さんは目を丸くして固まった。
「ちょっと部屋に上がってるんで。別に飲み物とか要らないからね」
口をパクパクさせている母さんを残して、僕は朱嶺を2階の自分の部屋に連れて行った。
「めちゃくちゃ狭いところですが…」
いつもマイが使っているちゃぶ台を片付けて、スペースを空ける。
「これが先輩の部屋なんですね」
朱嶺は部屋の中央あたりで正座して、周囲を見回していた。
「飲み物、取ってくるから。待ってて」
急いで1階に行くと、母さんがリビングで麦茶を用意しているところだった。部屋に来るつもりだったんじゃないか! キスしている最中に入ってこられでもしたら、何を言われるかわかったもんじゃない。
「母さん、僕が持って行くから」
コップをお盆ごと奪い取ろうとすると、母さんは僕の腕をすごい力でつかんだ。
「雅史、誰よ、あの子」
般若のような怖い顔をして僕をにらむ。
「言ったじゃん。美術部の後輩だよ」
「それはさっき聞いたわよ!」
声をひそめて、僕の耳を引っ張った。
「いてて。痛い」
「あんた、マイちゃんという人がいながら、これはどういうことなの?」
「どういうことって、どういうこと?」
「浮気じゃない!」
「いや、浮気じゃないし!」
押し問答している場合ではない。朱嶺を送っていくことを考えれば、母さんに事細かに説明している時間はなかった。
「ただの後輩だって!」
「こら、雅史!」という声を背中に受けながら、お盆を手に2階へと急いで上がる。ドアを開けると、朱嶺は正座をしたままベッドをしげしげと見つめていた。
「床に直接で、ごめんね」
麦茶のコップを置く。
「あ、いえ。どうぞお構いなく」
気のせいか、ほおが少し赤くなっている。
「今更だけど、どうして僕の部屋に?」
隣に体育座りして聞いた。
「特に深い意味はありません。一度、先輩の部屋に行ってみたかっただけです」
朱嶺はそう言いながら、壁際に転がっていたボクシンググローブに触れた。
「格闘技だらけなんですね」
言われてみれば、この部屋には美術部っぽい匂いがしない。せいぜいスケッチブックが本棚に突っ込んであるくらいだ。衣装ケースに入りきらないグローブやサポーターが床に散らかっているので、パッと見た感じでは格闘技やっている子の部屋にしか見えない。
僕は麦茶を一気に飲み干した。
よし。
さっきから心臓が弾けそうだった。
胸だけじゃない。顔や手の平まで脈打っている感じがする。朱嶺も麦茶に口をつけた。コップの淵に触れる唇。ふっくらとして、ピンク色で柔らかそう。
「朱嶺」
膝立ちして、朱嶺を見下ろす。今、怖い顔をしているかもしれない。冷静になれ。必死な顔では、嫌われてしまうぞ。
「はい」
朱嶺はコップを置いて僕を見上げた。
ああ、かわいい。カールした髪が、緩やかなカーブを描くほおにかかっている。おっぱい、大きい。キュッと引き締まったウエスト、色っぽい。今はロングスカートで見えないが、その下に肉付きのいい生足があることも知っている。
目の前に正座した。
「キスしていい?」
言った
言ってしまったああああああ
朱嶺は一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑むと「はい」と言って目を閉じた。軽く唇を突き出す。
うわああああああああ
余裕でOKだった! 思った以上に簡単にOKだった! 焦る気持ちを必死に押し殺して、朱嶺の肩に手をかける。
い、いただきまぁす!
そっと、唇を重ねた。
この前は、朱嶺から唇を寄せてきた。今後は、僕からだ。
貪りたくなるのを必死に抑えて、自分の唇で朱嶺の上唇、下唇を甘く噛むように吸う。朱嶺の熱い吐息が僕のあごを伝わって、喉仏のあたりで温かな渦を作った。
肩から手を離し、ほおに手を添える。少し強めに、唇を押し付けた。朱嶺も両手を僕のほおに添える。舌を唇の間に割り込ませると、朱嶺は僕の舌を吸った。そして、待ちきれないように舌と舌を絡ませる。
うわあああ、たまらん気持ちいい
もう我慢できない。
僕は朱嶺を抱き寄せると、夢中で唇を吸った。舌を這わせ、朱嶺の口内をまさぐり、唇の表も裏も隅から隅まで舐め尽くした。
「あ…はぁン」
朱嶺が切ない喘ぎ声を漏らす。
床の上はまずい。コップがある。
朱嶺を抱き上げると、ベッドに押し倒した。
「あっ」
朱嶺は驚いた顔をしたが、抵抗しなかった。目を潤ませて、ほおを赤く染めている朱嶺は、その表情だけでイッてしまうほど色っぽかった。16歳の色気じゃない。
カチカチになった股間が、朱嶺の下腹部に当たっている。朱嶺は以前にも僕の屹立を体感している。今更、隠す必要はない。布越しでも、朱嶺の弾力のあるお腹を感じることができた。こすれあう度に、僕の分身は敏感に反応した。
「せんぱい……」
朱嶺は普段の口調からは想像もつかないほど、甘ったるい声を出した。
「朱嶺……」
名前を呼んで、もう一度、唇を重ねる。湿ったいやらしい音が漏れる。
「この前みたいに突然、賢者タイムに入らないでくださいね」
朱嶺は僕からほとんど唇を離さずに、ささやいた。どこで賢者タイムなんて言葉を覚えたんだ。
「え」
今更、この体勢で許可をもらうも何もないような気がしたが、一応、聞いてみた。
「いいの?」
朱嶺は真っ赤になってうなずいた。
「初めてだから、優しくしてください……」
うわあああああ
エロ漫画で見たセリフを、リアルで言われたあああ!
かわいくて愛おしくて、また唇を貪った。まだ服も脱いでいないのに、朱嶺の足を開かせると、その間に割って入った。朱嶺の下腹部が僕に当たる。夢にまで見た女の子のあそこを、ズボン越しに感じる。
うわああ、たまらん気持ちいいッ。我慢できなくて思わず夢中で擦り付けた、その瞬間だった。
「あ……!」
朱嶺が切ない声を上げたのと同時に……。
うっ あああ
「……?」
僕が突然、静止したことに気づいて、朱嶺が体を起こす。
「先輩、大丈夫ですか?」
「あ、あ、うん。大丈夫。大丈夫」
く、くそっ。何もしてないのに、出てしまった! 熱気が急速に収まっていく。
「先輩」
「ご、ごめん。本当にごめん」
「もしかして」
「ごめん。もう出ちゃった」
泣きたい気分だった。
朱嶺は少し沈黙した後、顔を寄せてきて僕のほおにキスをした。それから、改めて唇にキスをした。先ほどまでの貪るようなキスではなく、そっと触れる優しい口づけだった。
「ごめん。ごめんね」
恥ずかしくて、朱嶺の顔を見られない。朱嶺が僕の肩に手を回してくるのを感じた。
「ううん。いいんです。先輩が私でこんなに興奮してくれて、うれしいです」
そのまま抱きしめられる。朱嶺の豊満な胸に顔を埋める形になった。
「いや……。本当にごめん」
恐る恐る目を上げると、すぐそばに朱嶺の顔があった。優しい笑顔。まるで、女神さまみたいだ。
「いいんですよ、いいんです」
女神さまは、また僕にキスをした。
「これって先輩の初体験なんですか?」
顔をのぞき込みながら、聞いてくる。
「どうだろう。出ちゃったという意味ではそうかもしれない……」
「でも、私はまだ処女ですよ」
あ、そう……。そうだね。そう。完全に据え膳だったのに。いただきそびれた。
復活するのではないかと思ってもう一度、キスしてみたが、出てしまった後では無理だった。窓の外は暗くなり始め、送っていかないといけない時間になっている。
朱嶺にあっちを向いてもらっている間に素早く着替えた。振り向くと、しっかりこっちを見ていたので思わず「ひぇっ」と声が出た。
「お尻、見ました」
「見ないでよ」
宵闇が降り始めた街を、2人で歩く。とても気まずい。
家を出る時、母さんがすごい怖い顔でにらんでいた。エッチなことをしていたのが、バレたのかもしれない。
朱嶺に、かける言葉がなかった。
「大丈夫です。日を改めましょう」
地下鉄の車内でも、駅を出てからも、僕と腕を組んで、励ましてくれた。
いや、またの機会って言っても。きょうは年に何度かあるかないかの、マイがいない日だった。そんな貴重な日に初体験をやり損ねたって、男としてどうよ? 覚悟を決めてくれた朱嶺に、恥をかかせてしまったような気もした。マンションの前に到着した頃、ようやく股間は元気を取り戻し始めた。腕に触れるおっぱいが気持ちいい。
「じゃあ先輩、また誘ってください」
朱嶺はそう言うと、僕が何か言う前にほっぺたにチュッとキスをした。そして小さく手を振ると、優しい笑みを残してエレベーターの向こうに消えた。
ああ、何やってるんだろう。本当、何をやってるんだろう。
家に帰ると、母さんがものすごく怖い顔をして待っていた。
「雅史、夕食後に話があります」
食事後、マイがいかにいい女の子か、僕にとっても城山家にとっても欠かせない女性かということを、懇々と説かれた。そして、浮気は絶対に許さないと釘を刺された。
浮気って、まだマイと付き合ってないし。
「なんだ、雅史に彼女ができたのか」
隣で聞いていた父さんは楽しそうだ。竜二もニヤニヤしている。だけど、母さんはかなり真剣に怒っていた。ガミガミ言われている間、僕の頭の中は朱嶺でいっぱいだった。
その夜、やり損ねた初体験を妄想しながら、僕は抜いた。終わった後、ものすごい虚無感に襲われた。
一体、何をやっているんだ。