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第104話 賢者タイム

 そうか。これがやりたかったのか。


 朱嶺の提案で、午後は映画を見に行った。館内が暗くなると、僕の右側に座った朱嶺は、手すりに乗せた僕の手をずっと握っていた。指を絡めて、まるで恋人同士みたいだ。


 いつも淡々としているのに、びっくりするシーンで力が入ったり、しんみりするシーンでは僕の指を撫でたり、朱嶺の指先は表情豊かだった。途中で自分の太ももの上に僕の手を持っていこうとしたので、さすがに手を引いた。だって、そんなところ触っちゃったら、映画どころではなくなってしまう。


 それでなくても、さっきからガチガチに膨張したままなんだ! 映画の内容が全く頭に入ってこない。


 「面白かった! 面白かったですね!」


 館内を出るや否や、目をキラキラさせながら聞いてくる。


 「ああ、うん。面白かったよ」


 朱嶺はまだ手を離そうとしない。指と指を絡めた、恋人繋ぎ。うれしい。


 まだ解散するには少し時間が早かった。


 どこかでお茶するか。とはいえ午前に美術館、午後に映画館とはしごして、僕の財布の中身はピンチだった。


 くっ、こういう時、庶民は辛いな。


 「これからどうしよう?」


 なんとなくつぶやいて、朱嶺を見る。背が高いので、目線があまり変わらないのがいい。ほぼ真正面から、見据えられる形になる。


 「まだ解散するには早すぎませんか?」


 朱嶺は悪戯っぽく微笑んだ。


 「でも、どこかでゆっくりお茶するほど、時間もない気がするなあ」


 「あ、それなら!」


 朱嶺は声のトーンを上げた。


 「私、先輩のお家に行きたいです」


 そう言って、甘えて体を寄せた。ポロシャツの下の巨乳が、腕に押し付けられる。


 うわあ、柔らかい。……むっ、ちょっと待てよ。


 僕の家ならばお金はかからないし、部屋に連れ込めばキスだってできるぞ。朱嶺がどうして僕の家に行きたいのか理由を聞くまでもなく、心はもう決まっていた。


 「え、それでいいの? 何もないよ?」


 何もないよと言いながら、心臓はもうバクバクだった。JRと地下鉄を乗り継いで、僕のうちまで戻ってきた。


 「ただいま」


 「お邪魔します」


 誰か出迎えたわけでもないのに、玄関できちんとお辞儀をする。


 「狭いところでごめんね」


 朱嶺をリビングまで連れてくると、キッチンから母さんが出てきた。


 「あ、うちの母です」


 「初めまして。美術部の後輩で、朱嶺カレンと申します。よろしくお願いします」


 突然、現れたセクシー美少女が深々と頭を下げたものだから、母さんは目を丸くして固まった。


 「ちょっと部屋に上がってるんで。別に飲み物とか要らないからね」


 口をパクパクさせている母さんを残して、僕は朱嶺を2階の自分の部屋に連れて行った。


 「めちゃくちゃ狭いところですが…」


 いつもマイが使っているちゃぶ台を片付けて、スペースを空ける。


 「これが先輩の部屋なんですね」


 朱嶺は部屋の中央あたりで正座して、周囲を見回していた。


 「飲み物、取ってくるから。待ってて」


 急いで1階に行くと、母さんがリビングで麦茶を用意しているところだった。部屋に来るつもりだったんじゃないか! キスしている最中に入ってこられでもしたら、何を言われるかわかったもんじゃない。


 「母さん、僕が持って行くから」


 コップをお盆ごと奪い取ろうとすると、母さんは僕の腕をすごい力でつかんだ。


 「雅史、誰よ、あの子」


 般若のような怖い顔をして僕をにらむ。


 「言ったじゃん。美術部の後輩だよ」


 「それはさっき聞いたわよ!」


 声をひそめて、僕の耳を引っ張った。


 「いてて。痛い」


 「あんた、マイちゃんという人がいながら、これはどういうことなの?」


 「どういうことって、どういうこと?」


 「浮気じゃない!」


 「いや、浮気じゃないし!」


 押し問答している場合ではない。朱嶺を送っていくことを考えれば、母さんに事細かに説明している時間はなかった。


 「ただの後輩だって!」


 「こら、雅史!」という声を背中に受けながら、お盆を手に2階へと急いで上がる。ドアを開けると、朱嶺は正座をしたままベッドをしげしげと見つめていた。


 「床に直接で、ごめんね」


 麦茶のコップを置く。


 「あ、いえ。どうぞお構いなく」


 気のせいか、ほおが少し赤くなっている。


 「今更だけど、どうして僕の部屋に?」


 隣に体育座りして聞いた。


 「特に深い意味はありません。一度、先輩の部屋に行ってみたかっただけです」


 朱嶺はそう言いながら、壁際に転がっていたボクシンググローブに触れた。


 「格闘技だらけなんですね」


 言われてみれば、この部屋には美術部っぽい匂いがしない。せいぜいスケッチブックが本棚に突っ込んであるくらいだ。衣装ケースに入りきらないグローブやサポーターが床に散らかっているので、パッと見た感じでは格闘技やっている子の部屋にしか見えない。


 僕は麦茶を一気に飲み干した。


 よし。


 さっきから心臓が弾けそうだった。


 胸だけじゃない。顔や手の平まで脈打っている感じがする。朱嶺も麦茶に口をつけた。コップの淵に触れる唇。ふっくらとして、ピンク色で柔らかそう。


 「朱嶺」


 膝立ちして、朱嶺を見下ろす。今、怖い顔をしているかもしれない。冷静になれ。必死な顔では、嫌われてしまうぞ。


 「はい」


 朱嶺はコップを置いて僕を見上げた。


 ああ、かわいい。カールした髪が、緩やかなカーブを描くほおにかかっている。おっぱい、大きい。キュッと引き締まったウエスト、色っぽい。今はロングスカートで見えないが、その下に肉付きのいい生足があることも知っている。


 目の前に正座した。


 「キスしていい?」


 言った


 言ってしまったああああああ


 朱嶺は一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑むと「はい」と言って目を閉じた。軽く唇を突き出す。


 うわああああああああ


 余裕でOKだった! 思った以上に簡単にOKだった! 焦る気持ちを必死に押し殺して、朱嶺の肩に手をかける。


 い、いただきまぁす!


 そっと、唇を重ねた。


 この前は、朱嶺から唇を寄せてきた。今後は、僕からだ。


 貪りたくなるのを必死に抑えて、自分の唇で朱嶺の上唇、下唇を甘く噛むように吸う。朱嶺の熱い吐息が僕のあごを伝わって、喉仏のあたりで温かな渦を作った。


 肩から手を離し、ほおに手を添える。少し強めに、唇を押し付けた。朱嶺も両手を僕のほおに添える。舌を唇の間に割り込ませると、朱嶺は僕の舌を吸った。そして、待ちきれないように舌と舌を絡ませる。


 うわあああ、たまらん気持ちいい


 もう我慢できない。


 僕は朱嶺を抱き寄せると、夢中で唇を吸った。舌を這わせ、朱嶺の口内をまさぐり、唇の表も裏も隅から隅まで舐め尽くした。


 「あ…はぁン」


 朱嶺が切ない喘ぎ声を漏らす。


 床の上はまずい。コップがある。


 朱嶺を抱き上げると、ベッドに押し倒した。


 「あっ」


 朱嶺は驚いた顔をしたが、抵抗しなかった。目を潤ませて、ほおを赤く染めている朱嶺は、その表情だけでイッてしまうほど色っぽかった。16歳の色気じゃない。


 カチカチになった股間が、朱嶺の下腹部に当たっている。朱嶺は以前にも僕の屹立を体感している。今更、隠す必要はない。布越しでも、朱嶺の弾力のあるお腹を感じることができた。こすれあう度に、僕の分身は敏感に反応した。


 「せんぱい……」


 朱嶺は普段の口調からは想像もつかないほど、甘ったるい声を出した。


 「朱嶺……」


 名前を呼んで、もう一度、唇を重ねる。湿ったいやらしい音が漏れる。


 「この前みたいに突然、賢者タイムに入らないでくださいね」


 朱嶺は僕からほとんど唇を離さずに、ささやいた。どこで賢者タイムなんて言葉を覚えたんだ。


 「え」


 今更、この体勢で許可をもらうも何もないような気がしたが、一応、聞いてみた。


 「いいの?」


 朱嶺は真っ赤になってうなずいた。


 「初めてだから、優しくしてください……」


 うわあああああ


 エロ漫画で見たセリフを、リアルで言われたあああ!


 かわいくて愛おしくて、また唇を貪った。まだ服も脱いでいないのに、朱嶺の足を開かせると、その間に割って入った。朱嶺の下腹部が僕に当たる。夢にまで見た女の子のあそこを、ズボン越しに感じる。


 うわああ、たまらん気持ちいいッ。我慢できなくて思わず夢中で擦り付けた、その瞬間だった。


 「あ……!」


 朱嶺が切ない声を上げたのと同時に……。


 うっ あああ


 「……?」


 僕が突然、静止したことに気づいて、朱嶺が体を起こす。


 「先輩、大丈夫ですか?」


 「あ、あ、うん。大丈夫。大丈夫」


 く、くそっ。何もしてないのに、出てしまった! 熱気が急速に収まっていく。


 「先輩」


 「ご、ごめん。本当にごめん」


 「もしかして」


 「ごめん。もう出ちゃった」


 泣きたい気分だった。


 朱嶺は少し沈黙した後、顔を寄せてきて僕のほおにキスをした。それから、改めて唇にキスをした。先ほどまでの貪るようなキスではなく、そっと触れる優しい口づけだった。


 「ごめん。ごめんね」


 恥ずかしくて、朱嶺の顔を見られない。朱嶺が僕の肩に手を回してくるのを感じた。


 「ううん。いいんです。先輩が私でこんなに興奮してくれて、うれしいです」


 そのまま抱きしめられる。朱嶺の豊満な胸に顔を埋める形になった。


 「いや……。本当にごめん」


 恐る恐る目を上げると、すぐそばに朱嶺の顔があった。優しい笑顔。まるで、女神さまみたいだ。


 「いいんですよ、いいんです」


 女神さまは、また僕にキスをした。


 「これって先輩の初体験なんですか?」


 顔をのぞき込みながら、聞いてくる。


 「どうだろう。出ちゃったという意味ではそうかもしれない……」


 「でも、私はまだ処女ですよ」


 あ、そう……。そうだね。そう。完全に据え膳だったのに。いただきそびれた。


 復活するのではないかと思ってもう一度、キスしてみたが、出てしまった後では無理だった。窓の外は暗くなり始め、送っていかないといけない時間になっている。


 朱嶺にあっちを向いてもらっている間に素早く着替えた。振り向くと、しっかりこっちを見ていたので思わず「ひぇっ」と声が出た。


 「お尻、見ました」


 「見ないでよ」


 宵闇が降り始めた街を、2人で歩く。とても気まずい。


 家を出る時、母さんがすごい怖い顔でにらんでいた。エッチなことをしていたのが、バレたのかもしれない。


 朱嶺に、かける言葉がなかった。


 「大丈夫です。日を改めましょう」


 地下鉄の車内でも、駅を出てからも、僕と腕を組んで、励ましてくれた。


 いや、またの機会って言っても。きょうは年に何度かあるかないかの、マイがいない日だった。そんな貴重な日に初体験をやり損ねたって、男としてどうよ?  覚悟を決めてくれた朱嶺に、恥をかかせてしまったような気もした。マンションの前に到着した頃、ようやく股間は元気を取り戻し始めた。腕に触れるおっぱいが気持ちいい。


 「じゃあ先輩、また誘ってください」


 朱嶺はそう言うと、僕が何か言う前にほっぺたにチュッとキスをした。そして小さく手を振ると、優しい笑みを残してエレベーターの向こうに消えた。


 ああ、何やってるんだろう。本当、何をやってるんだろう。


 家に帰ると、母さんがものすごく怖い顔をして待っていた。


 「雅史、夕食後に話があります」


 食事後、マイがいかにいい女の子か、僕にとっても城山家にとっても欠かせない女性かということを、懇々と説かれた。そして、浮気は絶対に許さないと釘を刺された。


 浮気って、まだマイと付き合ってないし。


 「なんだ、雅史に彼女ができたのか」


 隣で聞いていた父さんは楽しそうだ。竜二もニヤニヤしている。だけど、母さんはかなり真剣に怒っていた。ガミガミ言われている間、僕の頭の中は朱嶺でいっぱいだった。


 その夜、やり損ねた初体験を妄想しながら、僕は抜いた。終わった後、ものすごい虚無感に襲われた。


 一体、何をやっているんだ。

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