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第107話 黄崎真依の告白・本編

 高校2年の夏にもなると、嫌でも受験を意識せざるを得なくなる。マイが予備校に行ったこともそうだったし、夏休みの終わりには母さんの強い勧めというか命令もあってマイ、鈴鹿、明科といういつものトリオと一緒にオープンキャンパスなるものに行った。要するに大学見学だ。模擬授業を受けてきたけど、思ったほど難しくなかった。むしろ、高校の授業よりわかりやすくて面白い。


 やることが多すぎて脳みそが沸騰しそうだった。息抜きに明日斗を誘ってカラオケに行ったら、あっという間に夏休みは終わった。


 忙しかったけど、充実していたな。欲を言えばもう一度、朱嶺と遊びに行きたかった。何を言っているのかと思うかもしれないが、美術館に行った後、「また遊びに連れていってほしい」というLINEをもらって、それに胸が躍った。しかし、家族旅行中だったり、先に明日斗とカラオケに行く約束をしたりしていて、日程が合わなかった。


 マイに告白して以来、朱嶺のことを考えると微妙な罪悪感を覚えるようになった。まずいでしょう。彼女がいるのに、他の女の子のことを考えるなんて。しかも、その女の子が僕に好意を抱いていて、僕も憎からず思っているのだから始末が悪い。だけど、朱嶺を僕の頭の中から追い出すことはできなかった。それくらい大きな存在になっていた。


 新学期が始まれば、受験生の西塚さんと米沢さんは基本的に部室に来なくなる。ということは部活は毎回、朱嶺と2人きりだ。


 想像しただけで、体が熱くなる。


 いやいやいや、ダメでしょ! 何を熱くなっているんだ、僕は!


 おかしい、ダメだと自分の思いを押さえつけながらも新学期初日、僕はちょっとウキウキした気分で制服に腕を通した。


 「おはよ〜」


 玄関を開けると、ちょうどマイも玄関から出てきたところだった。


 「おはよ」


 「カップルになって初めての登校日やね」


 駆け寄ってきて、僕の腕に手を回す。


 和歌山から戻ってきてから、改めてどこまで了承を得ずに触れていいかという話をした。


 「全部、全然、ええんとちゃうの? いちいち『大丈夫?』がなくてもええのんが、カップルなんとちゃうの?」


 例によって夕食後の僕の部屋だった。マイは気にしていないようだったけど、僕は気にしていた。


 「いや、だって。すぐセクハラとか言われる時代やし」


 「彼氏相手にセクハラとか言わんって」


 真剣に話をしているのに、髪をいじりながら僕のボディビルの雑誌を見ている。筋トレの参考になるかなと思って購入したのだ。


 「でも、おっぱいとかお尻とかはヤバいでしょ」


 やっとこっちを向いた。


 「そら、胸とかお尻はあかんよ」


 当然のことを聞くなと言わんばかり、目をむいている。


 「じゃあ、どこまでOKか、はっきりさせておこうよ」


 「ほんま真面目やなあ。だから、そんなんええって。アウトやったらアウトって言うし」


 また雑誌を読み始めた。グラビアしか見ていないのか、ページをめくる手が早い。ムキムキの男の写真しか載ってないのだけど、興味があるのだろうか?


 「そんなこと言うなら、腕を組んだ拍子に胸が当たったらアウトなの? セーフ?」


 「胸がって? ウチの胸が?」


 「そう」


 マイは一瞬、キョトンとしてから、プッと吹き出した。


 「あはは」


 「なんで笑ってんの」


 「だって、オモロいから。ちょっと待って。めっちゃ笑う」


 お腹を押さえて笑い始めた。


 「そんなオモロかったかな」


 「いや、だって……うふふ……だって、そんな状況……あはは……」


 涙まで流し始めた。


 「だって、腕組んで胸が当たったって、それってまあくんのせいじゃないやんか」


 「そう?」


 「そうやん。女子から行かへんと、そんな状況にならへんよ」


 朱嶺とよくなる状況なんだけど。僕はその状況を結構、狙っている。朱嶺が腕を組んできたら、体を寄せるようにしている。結果的に巨乳の感触を味わうことができている。それでも僕のせいではないというのだろうか。


 あー、笑う……ほんま笑うわと言いながら、マイは涙を拭いた。


 「まあ、あんまり気にせんといて」


 「僕は気になるんだけど」


 鷹揚といえば聞こえはいいが、僕からすればマイはいろいろと緩いのだ。油断しすぎというか。


 「それより、ウチもまあくんに言うとかなあかんことがあるわ」


 雑誌を閉じると突然、思い出したように僕の方を向いた。


 「なんなん」


 「ちょっと恥ずかしいことやねんけど、彼女になった以上、隠してられへんし」


 眉根を寄せて、唇を尖らせる。


 「変態やって思わんといてね?」


 「いや……内容次第なんじゃ……」


 マイはすうっと息を吸うと、僕の言葉を無視して続けた。


 「あんな、ウチ、匂いフェチやねん」


 ほおが見る見るうちに赤くなる。目を逸らして斜め下を向くと、意を決したように声のトーンを上げた。


 「それでな、まあくんの匂いが……まあくんの匂いが、めっちゃ好きやねん!」


 「あ、そうなんや」


 即答した僕の反応が予想外だったのか、こっちを向いて目を見開いた。


 「え」


 「え、って何」


 「いや、反応、薄いなって」


 「薄い? そうかな?」


 僕の匂いが好きと言われたのは、初めてではない。以前、朱嶺にも言われたことがある。だから、驚きはなかった。というか、マイもそうなのかと思った。いい機会だ。聞いてみよう。


 「どんな匂いがするの?」


 朱嶺はなんて言ってたっけ。甘酸っぱいとかだったかな。


 「え? なんていうか、その…甘酸っぱいというか……なんか、たまらんいい匂いが……」


 恥ずかしがって、モジモジし始めた。それが、すごくかわいい。


 「で、それでな」


 「ん?」


 「これから彼女になったんやし、いつでも遠慮なく、まあくんを嗅ぎたいなって」


 「嗅ぎたい?」


 「うん」


 嗅ぎたいって、何?


 あ!


 突然、ある風景が甦った。


 去年の冬、マイが僕のパーカーを持って帰ってしまったことがあった。その時、めちゃくちゃパーカーを吸ってたな。


 「もしかして、僕のパーカーを借りたのって……」


 「あー! あー! あー!」


 マイは突然、真っ赤になって大声を上げた。


 「それ、思い出さへんでええから!」


 「僕の匂いが嗅ぎたくて……」


 「わー! わー!」


 マイは僕に飛びつくと、手で口を塞いだ。


 「むぐっ」


 「それ以上、言わんといて!」


 珍しいな。こんなに動揺しているマイを見るのは、初めてかもしれない。


 そんなこんなで僕はマイに気軽にタッチしていいし、マイは遠慮なく僕を吸っていい(僕は猫か)ということで合意した。彼氏彼女でも、わきまえるところはわきまえておかないといけない。親しき仲にも礼儀ありって言うじゃない?

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