駅に着くと、改札口の手前の柱のところに鈴鹿、明科と朱嶺が待っていた。
「おはよ!」
「おはー」
「おはようございます」
マイは組んでいた腕を離すと、鈴鹿と明科の間に割り込んでいった。明科は夏休みの間に明日斗に告白されて、OKしていた。鈴鹿は1年生の時から、剣道部の1学年上の先輩と付き合っている。これでこのトリオは、みんな彼氏持ちということになった。
朱嶺が僕のことを見ている。視線を感じるけど、意識的に受け止めないようにした。
勘のいい朱嶺のことだ。僕とマイの関係が変わったことなど、一瞬で見抜いただろう。どのタイミングで聞いてくるだろうか。部室で2人きりになれば、確実に聞かれる。
「どうかしましたか?」
「うえっ!」
電車に乗って、マイが鈴鹿と明科とおしゃべりを始めたタイミングで声をかけられたので、心の準備ができていなくて、思わず変な声が出た。
「どうかって、何が?」
「いえ。いつもと雰囲気が違ったので」
朱嶺は吊り革をつかんだまま、じっと僕の目を見つめている。
サラッと言ってしまったらどうか。マイと正式に付き合い始めたと。だが、朱嶺と最後に2人きりで会った時の終わり方がアレだったのだ。サラッと言って終わりでは、あまりに薄情ではないか。
というか、そんな真剣な目で見ないでくれ。
僕は思わず、朱嶺から目を逸らした。今すぐ土下座して謝りたかった。すまない。あそこまでやっておいて別の人と付き合い始めたなんて。朱嶺はどう思うだろう。信じられない気持ちなのではないか。
「雰囲気、違ったかな?」
車内はクーラーが効いている。冷や汗が背中を流れて、それがひんやりと冷たかった。
「はい。黄崎先輩と何かありました?」
ほとんど表情を変えずに、いきなり核心に切り込んできた。言葉に詰まった瞬間に、顔を寄せて声をひそめ、真剣な顔で畳み掛けてくる。
「もしかして、やりましたか?」
「こら!」
思わず声のトーンが上がる。
「女の子がやったとか言っちゃダメ!」
周囲に聞かれないように、声をひそめる。
「やったんですね?」
朱嶺も声のトーンを下げた。
「やってない! そもそもやったって何をだよ」
「恋仲の男女がやるといえば、アレしかないでしょう」
朱嶺は僕からスッと離れた。
「まあ、後でゆっくり聞きますので、今はもういいです」
自分で勝手に話を終わらせた。
怒っているのかな?と思ったけど、そうではないらしい。むしろニヤニヤしている。この表情は、僕を含めてごく親しい人の前でしかしない。今日は始業式だけなので、部活はない。それが救いといえば救いだった。
◇
野球部やサッカー部の連中がいつも以上に日に焼けて真っ黒になっていた以外、クラスの様子は1学期とそれほど変わった感じはしなかった。
僕は2年生になっても、クラスのグループLINEに参加していなかった。梅野とは別のクラスになったし、1年の時に不登校になっていた時期があったこともあって、マイ以外に親しい生徒がいなかった。だから、1学期が始まってすぐに学級委員長の鯖江に誘われても、のらりくらりと言い訳をして、加わらなかった。
鯖江は男子バレー部の中心メンバーで、宮崎先生のお気に入りだ。面長で平安貴族みたいな顔をしている。成績もそこそこ優秀で、学級委員長をやっているだけあって、気配りができて面倒見もいい。
「城山、LINE教えてくれへん? クラスのグループに入れとくから」
サラッと勧誘に来たけど、スマホを忘れてきたとか適当なことを言って断った。ありがたいことに、割とあっさりと引き下がってくれた。
クラスのグループLINEって入ったことないけど、大して親しくない連中同士であることないこと言い合う、ろくでもない場所というイメージが僕にはあった。実際、1年生の時にはグループLINE内であることないこと言われていたわけだし。
2年5組には元1年1組の生徒もいて、僕が黒沢の標的になっていたことを知っている連中もいた。グループLINEに参加すれば、そういうやつらを通じて、僕の近況が黒沢に漏れる可能性があった。1年1組で黒沢と仲がよかった連中の結束は強く、2年生になっても自分たちのことを〝黒沢組〟と呼んで、よく一緒に遊んでいると伝え聞いていた。
黒沢とは、できる限り接触したくない。同じ学校でも、できることならもう知らない者同士になりたかった。だから、夏休みの間に同級生に何があったかなんて知らないし、興味もなかった。
ただ、妙な予感がして下校時に校舎裏の土手に行った。マイには少し待っててとLINEしておいた。
やはり、いた。
川の方を向いて、土手の斜面に座っていた。髪を短く刈り込んでいるが、あの後ろ姿は間違いない。僕の気配に気づいて立ち上がる。振り向くと、以前よりも少しふっくらとしていたが、間違いなく新田だった。