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2年生・秋

第116話 暗雲

 ようやく梅野と郡司について話せたのは、10月になろうかという時期だった。野球部で副キャプテンになって、何かと忙しいらしい。


 「ああ、声ならかけられたで。というか、1年生の時のグループLINEで、どっちにつくねんみたいな話を郡司がしたんだよ」


 なるほど。僕はグループLINEに入っていなかったから、個別に来たんだな。


 「大変やで。今も元1年1組は結束が強いからな。ただ、今回に関しては黒沢の所業がひどすぎると言うことで、女子がドン引きや。その子らが郡司チームの中心になってんねん。で、その彼氏とか、前から黒沢をよく思ってなかったやつとかが、郡司の味方になったってわけよ。もう組を割いての大混乱や」


 南校舎の端、自動販売機のそば。梅野とはいつもここで話しているような気がする。梅野は紙パックのフルーツ牛乳を飲みつつ、呆れたような薄笑いを浮かべながら知っていることを話してくれた。


 そんなことになっていたのか。全然、知らなかった…。


 「それで、戦争って、何をやらかすつもりなの?」


 「修学旅行の時にそれぞれの組から代表を選んで、タイマン張るって話やけどな」


 自分が代表に指名されていないのか、梅野は他人事のようだった。


 「なんで修学旅行先でそんなことせなあかんの?」


 さっぱり意味がわからない。


 「地元でやったら警察沙汰になった時に面倒だし、じゃあ、旅先でやったらいいんじゃね?ってことなんじゃないの」


 いいんじゃね?じゃないだろう。


 「恥はかき捨てって言うしな」


 梅野はアハハと笑って、紙パックのフルーツ牛乳をひと口飲んだ。


 「黒沢と郡司だけでやればいいじゃん」


 僕は口を尖らせる。


 「いや、郡司は女だからさ。腕力では黒沢に敵わへんやん? そこで、郡司の代わりに黒沢と戦うやつを募集しとるわけよ」


 それに新田が名乗りを挙げたんだな。


 「誘われたんやろ? LINEでは城山がどっちにつくか、えらい話題になっとったで」


 「え!」


 ドキッとした。


 「なんしろ新田をKOした男やからなあ。今では元1年1組勢では、黒沢に続くけんか上手やっていうもっぱらの評判なんやで」


 「僕が?」


 「そう」


 ちょっと待ってくれ。注目選手みたいに取り上げられるのは、とても迷惑なんだけど。


 だから、グループLINEって嫌いだ。


 「じゃあ、僕が郡司側についたら、僕が黒沢とタイマン張らなきゃいけないの?」


 「そうなんちゃう? もしかしたら、黒沢も誰かけんか自慢を立ててくるかもしれへんけど」


 むしろ、その可能性の方が高いだろう。


 黒沢は自分の手を汚さないやつだ。暴力は大好きだけど、自分が一方的にやっつけることができて、後から誰にも責められない場合に限られている。ノックダウンが警察沙汰になったのは、誤算だっただろうけど。


 だから、わざわざ僕を勧誘しに来たのか。


 黒沢自らが新田と戦うのは、リスクが大きい。新田は長いこと入院していて、全盛期ほどの体力はないだろう。それでも、1年生の頃は黒沢組の切り込み隊長として学校中に名を馳せた狂犬だ。簡単にはやっつけられない。


 ならば、僕を新田と戦わせればいい。僕なら新田に勝った実績がある。


 だけど、そう何度もうまくいくとは思えない。新田との試合を思い返す。ラッキーだった面がないとはいえない。もう一度、戦っても勝てるという自信はなかった。


 僕がもし郡司側についたら、黒沢側は誰を立ててくるだろう。柔道部か? 空手部か? いやいや、単にけんかが強いというのであれば、そういう武道系の部活にいないやつでも構わない。


 「まあ、やらなきゃいいじゃん。誰も修学旅行先で、けんかなんかしたくないやん?」


 梅野はあっさりと言った。その通りだ。全力でそうだと思う。だが、やらないで許してくれるだろうか。


 修学旅行中に、マイを人質に取られたら、どうしよう。郡司組にも黒沢組にも女子がいる。僕の手の届かないところで、マイに危害が及ぶ可能性はゼロではない。


 どうしよう。先生にチクるか。それが一番、いいような気がした。


 岩出の件の時、宮崎先生や香川先生はどこまで知っていたかはともかく、ざっくりと何があったかは把握していたようだ。タレ込んだ生徒がいたに違いない。今回も事前にこういう動きがあると耳に入れたら、なんとかしてくれるかも知れない。


 モヤモヤする。本来なら楽しいイベントが続く2年生の秋なのに、ウキウキワクワクで過ごすはずだった時期なのに、なぜこんなに不安にさいなまれないといけないのか?


 全て、やつらのせいだ。自分の心の中に、ドス黒い何かが広がっていくのを感じた。

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