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第119話 デートしよう

 釘を刺したとはいえ、あの程度で新田が言うことを聞くとは思えなかった。もう一度、呼び出して言い含めた方がいいか。それとも放っておいて直前に改めて言った方がいいか。


 正直、新田とそんなに度々会いたくなかった。骨抜きになったとはいえ、狂犬時代の印象は強い。そもそも一度、戦って(勝ちはしたけど)怖いイメージは今でも強い。それに誰かに見られている可能性もあるわけで、つるんでいると思われるのも嫌だった。


 ああ、困った。


 あんなやつのために、どうして僕がこんなに頭を悩ませなければいけないのか?


 朱嶺のおっぱいを見て気を紛らわせたかったけど、ダンス部の練習に行っていて、じっくりと鑑賞している機会がなかった。今更ながら、いかに朱嶺が僕のメンタルの安定に大きな役割を果たしているか、しみじみと感じる。気がついたら、ため息をついていた。


 夜、僕の部屋だ。例によってマイが隣で勉強していた。手を止めて、僕の顔を見る。


 「何、ため息ついてんの?」


 マイには言えない。


 黒沢と郡司のけんかに巻き込まれて、また戦わなきゃいけないかもなんて、とても言えない。心配するだろうし、まず絶対にやめろと言うだろう。そして阻止するために、郡司や黒沢に直談判しに行きかねない。


 マイのためにノックダウンで戦ったことも、まだ話していなかった。


 「いや、いろいろ考えることがあって」


 適当にごまかした。


 「文化祭のこと? 進んでへんの?」


 「まあ、それもある」


 嘘じゃない。


 「それとも進路のこと?」


 「うん、まあ、それもかな」


 こっちも嘘じゃない。


 マイはしばらく僕の顔を見ていた。眉毛に力が入っている。怖い。目力が強い。


 「まあくん、嘘ついてるやろ」


 また見抜かれた。本当に悩んでいるのは、それじゃない。だけど、言えない。


 「いや、嘘じゃないって」


 いつものことながら、鋭いな。


 「本当に、嘘じゃない。ちょっと、それ以外にもいろいろあって」


 黒沢とか郡司とか新田とか。12月の試合のことも、チラチラと考える。次は上級で出る。通用するんだろうか? 総合を勧められたのに一度優勝したいと、こだわって出る試合だ。希望を飲んでもらった以上、優勝しなければいけない。そのプレッシャーもあった。


 それに、マイのことも。


 正式に付き合い始めたのに、ろくにデートもしていない。なんだかほったらかしにしているように思えて、申し訳なかった。


 「マイ」


 「ん? 何?」


 勉強に戻ろうとしていたマイは、シャーペンを置いて顔を上げた。


 「今度の日曜日、デートしない?」


 「え?」


 突然の提案だったせいか、驚いた声を上げた。そして、見る見るうちにほおを染めた。


 「え……。で、デート?」


 語尾が上がる。


 「うん。そう。僕ら、正式に付き合い始めたのに、一度もデートしてないでしょ」


 「い、言われてみたら、そうだね」


 なぜこんなに照れているのか、よくわからない。顔を真っ赤にして下を向いている。


 「どっか行こうよ。映画とか」


 「え、映画!」


 パッと顔を上げる。


 「なんでそんなに動揺してるの?」


 「え、だって。めっちゃ急だったから!」


 うん、かわいい。いいぞ、この脇の甘さというか、油断しているところが、いかにもマイらしい。髪を触ったり、Tシャツの裾を触ったりして落ち着かない。


 「行く?」


 「え! うん、行く、行く!」


 そうだ。朱嶺ばかりに頼っているわけにはいかない。何より、僕にはマイというれっきとした彼女がいるのだ。マイと遊びに行って、パッとストレス発散しよう。くよくよ考えているばかりでは、煮詰まってしまう。


   ◇


 日曜日の朝、迎えに行くと言ったら、マイは頑なに「ウチが行くから」と言って断った。


 「女の子は準備に時間がかかるねん。迎えに来られたらせっつかれてる|(急かされている)みたいで、焦るやんか」


 なるほど。


 街に出るんだから、僕もきれいな格好をしていこうと思ったが、思った以上にそういう服を持っていなかった。いつものネイビーのポロシャツに、持っている中で一番、きれいなジーンズという服装になってしまった。


 だっさ!


 自分の姿を洗面台の鏡で見て、嫌になる。着るものとか、髪型とか、もう少し何とかならないものか。全然、まとまってくれないバサバサの髪をいじっているうちに、チャイムが鳴った。


 「あ、お、おはよう」


 玄関を開けると、おしゃれに着飾ってきたマイがいた。


 何これ、かわいい! ちょっと待って、マジでこれがマイ?!


 薄黄色のふわっとしたワンピースに、鮮やかな水色の夏用ジャケット。足元は白いサンダルだ。つばの広い、麦わら帽子をかぶっている。表情は少し戸惑い気味だった。


 「ねえ、これ、大丈夫? この帽子、変じゃない?」


 「え! 全然、大丈夫だけど!」


 普段、制服姿かTシャツにジーパンという格好しか見ていないので、久々に……というか初めてじゃないかな……見たマイの女の子らしい服装に、ドキドキする。言葉が出ない。


 帽子が気になるのか、何度もかぶり直す。


 「ちょっと待って」


 玄関に降りて靴を履いている僕の隣をすり抜けて、勝手にうちに上がる。洗面所の鏡をのぞきこんで「うーん」とうなっている。


 「やっぱり、やめ。やめとこう」


 そう言うと靴箱の上に帽子を置いた。


 「そう? かわいいと思うけど。よく似合ってるよ」


 「いや、なんか違う。なんかおかしい」


 なぜかプリプリしながら否定する。本人がそう言うなら、いいけど。

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