駅と電車内では、ほとんどしゃべらなかった。なんだか話ができる雰囲気ではなかったからだ。電車を降りて駅を出てから、ようやく僕から口を開いた。前から聞きたかったことだ。隠しごとなしと言うのなら、僕もこれについては隠してほしくなかった。
「僕と黒沢を比べることって、ないの?」
我ながら下衆な質問だと思う。だけど、知りたかった。
「え?」
マイは一瞬、言葉に詰まった。
「僕と黒沢を」
「え、ないよ」
質問が悪かったかな。
「じゃあ、黒沢と比べて、僕はどう?」
「え、なんでそんなこと、聞くん?」
不安な顔をしている。
「だって、知りたいから」
「え〜っ……」
マイは口元を押さえて困っている。困らせてごめん。正直、男らしくないと思う。元彼と比べてどうか知りたいだなんて。
「黒沢のことが好きだったから、付き合い始めたんでしょ?」
意地悪だなと思いながらも、質問することを止めらない。
「うん、まあ、それは否定できへん」
マイは「気の迷いだったけどね」と言いながら、自分の手に目を落とした。
「最初は楽しかった。毎日、みんなで遊びに行って。高校生になったなって思った」
小さな声だった。
ごめん。こうなるんじゃないかと思っていたけど、やはり負担をかけてしまったみたいだ。まだ黒沢のことを聞くべきではなかった。もういいよと言いかけたところで、遮られた。
「だけど、2人きりになると、思っていたのと違ったよ。カップルって、もっとイチャイチャして、楽しいものだと思っていたし」
どういろいろ違ったのか、知りたい。
「ひどいやつだった、ざっくりまとめて言うと。わーっと騒がしくて、みんなを引っ張っていくカリスマ性があるだけ。彼氏としては自分勝手で、ひどいやつだった」
マイは所在なさげに自分の指を触った。
「それに比べれば、まあくんはすごく優しいよ。明るく楽しくって感じじゃないし、パリピ感は全くないけど、一緒にいると、すごく安心する。きっと、あいつとは違う世界を見せてくれるんじゃないかって、思う」
ほめられているのか、けなされているのか、微妙。マイは目を上げた。僕を見る。
「うまく伝わったかな?」
もう少し聞いてみたかったけど、これ以上、マイの心をえぐる必要はないと思った。
「うん」
「ウチは、まあくんに隠しごと、せえへんよ。全部、一緒に背負ってもらうから」
少し秋の気配が漂う風に吹かれて、ワンピースの裾がフワッと広がった。
「まあくんの隠しごとも、そのうち全部、しゃべってほしいな」
こちらを向くと、やっとホッとするような穏やかな笑みを浮かべた。
◇
なんだか微妙な雰囲気で僕が帰ってきたので、夕食の時に母さんにいろいろ根掘り葉掘り聞かれた。「まさか、マイちゃんを泣かせたりしてないでしょうね?」と鋭く突いてきたので、味噌汁を吹きそうになった。
食事が終わると、マイがやってきた。着替えていて、上下とも水色のスウェットだ。母さんが「マイちゃん、きょうは楽しかった?」と聞くと、あっけらかんと「めっちゃ楽しかったです!」と言い放った。
女って怖い。
部屋に行く。
「で、さっきの続きやけど」
マイはちゃぶ台を出すと、いつものポジションに正座した。自分の隣の床をポンポン叩いて、座るように促す。マイといい、朱嶺といい、なぜ女の子は座らせるときにポンポンと床を叩くのだろうか?
「続きって何の?」
隣に正座する。
「まあくんの悩みの話やんか」
しぶといな。だが、それがマイらしい。
「ほら、デート中のロマンチックな雰囲気ではよう言えんかったやろうけど、帰ってきてリラックスしてたら、話せるんとちゃう? ほら、ウチなんかスウェットやで。スウェット」
スウェットと何が関係あるのかさっぱりわからないが、胸のところをつまんでパタパタさせている姿がかわいいので、よしとする。
うーむ、しかし。どうしよう。何か話さないと解放してくれそうもない。少し考える。そうだ、こんな話なら無難かもしれない。
「実は」
「実は?」
マイは身を乗り出す。真剣な表情だ。
「最近、マイでイケなくて」
口から出まかせだった。昼間の悲しい雰囲気を一掃したくて、嘘をついた。こんなちょっとエッチな話題なら、気分もガラリと変わるはずだ。
「うん、うん。うん?」
「それで悩んでいるというのは、ある」
「ん? え?」
もっとはっきり描写しないとわからないのか。これ以上、詳しく話させないでくれ。恥ずかしいじゃないか。マイは不思議そうな顔をして、自分の唇を触っている。
「???」
「あのほら、わかる?」
マイはしばらく沈黙していたが、見る見るうちに顔が赤くなってきた。
「え!」
「わかった?」
「え! まあくん、ウチを想像しながら、そんなことしてるの?」
そんなことって言うな。
「え、うん。だけど、最近はしてない。というか、できない。それで困ってる」
「え! してるのはいつから?」
そこから蒸し返すか。
「えっと、中学の頃から……」
自分から振っておいて、だんだん恥ずかしくなってきた。顔が熱い。マイは真っ赤になったままわなわなと震えていたが、絞り出すように「変態っ」と言った。
「いや、変態じゃないでしょ。好きな子のことを考えながらそういう行為をするのって、変態じゃないと思う」
なぜこんな話を真顔でしているのか。
「だって、まあくんのエッチ!」
マイは平手で僕の腕をペシッと叩いた。それからもう一度、手を振り上げて、ちょっとためらってから僕の横面をはたいた。手加減しているので大して痛くはないけど、嫌というくらいマイの動揺が伝わってくる。
うん、まあ、そうなるよね。でも、ここまで話しちゃったら、もう止められないぞ。
「話が進まないので進めさせてもらうけど、最近、マイでイケないので悩んでいます」
「しれっとした顔で言わんといて!」
今度は拳でポカポカと僕の胸を叩き始めた。一応、腕を上げて防いではいるけど、本気ではないので痛くはない。善意で受け止めれば、照れ隠しだろう。たぶん。そうじゃなかったら困るんだけど。マイはひとしきり僕を叩いて、はあはあと息を切らせた。そこまで動揺しなくてもいいんじゃない?
「え、じゃあ、勃たないってこと?」
「いや、勃つには勃つよ。でも、最後までイケないんだ」
「え…」
いやあ、本当はそんなこと全然ないんだけど。
「それで、ウチは、どうしたらええの?」
お、そう来るか。なんだかちょっと楽しくなってきた。
「え、お願いしていいの?」
「えっ」
マイはビクッと後退りする。
「悩み解消に付き合ってくれる?」
僕は身を乗り出した。
「いや、それはもちろん付き合うけど」
マイはスウェットの裾をいじりながら、もじもじし始めた。
「じ、じゃあさ」
うわあ、ちょっと待ってくれ。われながら嘘八百な話から、どうしてこんな展開になってしまったんだ。だけど、チャンスだ。もうカップルなんだし、普通ならば絶対に頼めないことを、頼んでしまおう。
「マイの、その、セクシーなところが見たいんだけど」
「はぁ?!」
マイは素っ頓狂な声を上げた。
前から思っていた。マイはかわいいけど、セクシーという感じではない。水着姿ですらかわいいが先に立って、性的な興奮が後回しになってしまう。だからこそセクシーな一面を知りたかった。朱嶺に興奮するのは普段はクールなのに時々、かわいい面を見せるからだ。マイの場合は、その逆に違いない。
「ええっ。ちょっと待って。セクシーって、どんな感じ? え? マジでわかんない」
マイは真っ赤になってうろたえている。目が泳いでいた。
「なんかほら、チラ見せとかあるじゃん。あんな感じはどうかな?」
自分でも何を言っているのか、わからなくなってきた。
「え、マジで恥ずかしい。ほんま恥ずかしいわ」
とか言いながら、マイはスウェットの上着に手をかけると、おもむろに胸の下あたりまで引き上げた。薄いグレーの下着が目に入る。
「こ、これでどう……かな?」
ん……?
「マイ」
「何?! これ以上、無理!」
顔を真っ赤にして目をつぶっている。
「シャツが見えてるだけなんやけど」
「それ、ブラトップっていうの!」
ああ、なるほど。シャツとブラジャーが一体化しているやつがあるのね。
「どう?」
頑張って見せてくれたけど、お腹の部分しか見えていなくて、セクシーさのかけらもない。
「いや、ごめん。ダメだわ」
「え……!」
マイは上着を直す。
「じ、じゃあ、下はどう? 前がええ? それとも後ろ?」
わななきながら聞く。
「いや、もうそんなに嫌なら、ええけど」
「あかん、あかんって! 最後までやる! それで、前なん? 後ろなん?」
なぜそんなに意固地になっているのか。
「マイはどっちがええの?」
「まあくんが見たい方でええって!」
扇情的なのは前だろうが、普通に考えれば後ろの方が精神的な負担は少ないような気がする。
「じ、じゃあ、後ろで」
「わ、わかった」
とんでもないことになってしまった。本人公認で生尻が拝めるとは。ごくりと唾を飲む。マイは僕にお尻を向けると、スウェットのズボンに手をかけた。きれいな丸いお尻だ。これは素晴らしいと思う。お尻は朱嶺に負けていない。マイはスッとズボンをお尻の半分くらいまで引き下ろす。グレーのパンツが少しだけ見えた。
「あああああ、恥ずかしい」
プルプルと震えている。
「マイ、そんなに辛いのなら、もうやめておこう!」
ごめん。悪ノリした。なんだかマイがかわいそうになってきた。
「いや! やる! やるって!」
マイはもう少しだけズボンを下ろした。
いわゆるハミケツになった。なんだかだらしない感じがする。すごくかわいそうになってきた。それに、こんなに一生懸命にやってくれているのに今、申し訳なくて勃ってない。でも、こっちに無防備にお尻を向けている姿が、かわいくもあった。
僕はマイのお尻を触ってみた。
「ひゃん!」
マイは驚いて飛び上がると、振り向きざまに僕の頭を平手でペシッと叩いた。
「エッチ!」
真っ赤になっている。
「で、どうなん?」
はあはあと息を荒げながら聞く。
「ごめん。ちょっと勃つ以前の問題やった」
ごめん。ちょっとからかいすぎたかも。マイは肩を落とした。僕の隣に座る。
「ウチ、そんな魅力ないかなあ?」
僕はマイを抱き寄せた。髪に顔を埋める。ちょっと汗臭いけど、いい匂いだ。なんだかホッとする。
「そんなことない。十分、魅力的やって」
ほおを寄せると、マイの体温を感じた。とても気持ちいい。安心する温かさだった。
「ほんまに?」
マイも僕の胸に顔を埋めた。
「まあくん、ウチのこと、お姉ちゃんかなんかと思ってない?」
「中学生の時はそう思っていたけど、今はそんなことないよ」
「じゃあ、なんであかんのかな」
マイは不意に僕の股間に触れた。
「うわあ! ちょっと、何すんの?!」
タッチしたという感じではない。グッとつかんだ。真剣な顔をして僕の股間をまさぐる。
「ちょっとちょっと、くすぐったい」
「え、マジで? 現役JKに触られてるのに、何も反応ないん?」
「いや、ちょっと待って! くすぐったいって!」
僕は身をよじってマイから逃れた。
はあはあはあはあ
ドキドキしている。思わぬ反撃だった。マイはほおを赤く染めて、僕を見ていた。
あ、キュンとする。ちょっと反応する。マイはおっぱいとかお尻とかより、そういう表情で僕を刺激する。
「大丈夫。頑張ってもう一度、イケるようにするから」
ごめん。全部嘘なんだけど。
「え、ほんま? 大丈夫かなあ」
珍しく嘘だって気がつかない。だけど、さっきまでの深刻な雰囲気は、もうなかった。珍しく僕の嘘がバレずに、なおかつうまくいった。本当に珍しいな。こんな日もあるんだな。