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第122話 ライバル宣言

 文化祭が近づいてきた。


 まずい。最後の1枚が仕上がっていない。部活の日ではなかったけど、放課後に美術準備室に行って絵を描いていたら、大きな紙袋を抱えた明科がやってきた。


 「城山くん、入っていい?」


 後ろにマイもいる。


 「え、いいけど。どうしたん?」


 「ありがと」


 僕のどうしたのかという質問には答えず、明科はマイを連れて入ってきた。机の上に紙袋を置くと、中からいろいろと取り出す。


 「ほら、マイ」


 座りながら、明科はマイの横っ腹を突いた。


 「あ、ああ! ええと、手芸部の作業を、ここでやらせてほしいなって。なんて……」


 マイはもじもじしながら、そんなことを言った。


 「ああ、別にええよ」


 うちの手芸部は、校内のあちこちに出没する。部活の拠点は家庭科室なのだが、部員数が多いせいで、中庭や自分の教室で創作活動にいそしむメンバーは多い。グラウンド脇のベンチや、僕がいつも新田と会う土手でも編み物や刺繍をしている部員を見かける。


 ただ、他の部の部室に来るのは、珍しいんじゃないかな。


 文化祭が近いとあって、美術部以外のクラブも本来の部活動でない日も活動していた。朱嶺も毎日のように美術準備室を掃除してから、ダンス部の練習に行っている。戻ってくるのはいつも通りなら、下校時間直後だろう。どうせ僕しかいないので、自由に使ってもらっても構わない。


 マイは明科と並んで、小さなトートバッグの仕上げを始めた。手芸部は毎年、文化祭で部員の作品を販売して、部費の足しにしている。布地や糸などの材料を買うのだ。


 「あんな、城山くん」


 明科がニヤニヤしながら話しかけてきた。


 「なに」


 集中しているので話しかけないでくれ。


 「マイはな、実は監視しに来てんで」


 「コハ! そんなん言わんでええから!」


 マイは手を止めて明科をにらんだ。


 「あ、そう」


 絵に集中していて、気のない返事をした。


 「あ、そう、やなくて」


 「コハ、わざわざ言わんでええから」


 「城山くんがカレンちゃんと2人っきりでいるのが、気になるんやって」


 「こら!」


 マイは机をドンと叩いた。


 うん。ん?


 絵の世界から、現実に引き戻される。マイを見ると、ほおを膨らませて怒っていた。僕に対してではなく、明科に。たぶん。


 「そうなん?」


 やきもちを焼いているのか? マイ本人か明科か、どっちに聞けばいいのかよくわからなくて、2人の中間あたりに向かって話しかけた。


 「え、だって、そりゃそうやん? 彼氏が学校屈指の美少女と、放課後に美術準備室で2人きりやねんで。そんなん、何もないわけないやん? 彼女としては気になるやろ?」


 明科はおそらくマイが思っていることを、スラスラと口にした。


 「朱嶺はずっとダンス部の練習に行っていて、下校時刻直前まで戻ってこないよ」


 「え、そうなん?」


 と言ったのは、マイではなく明科だった。


 「なんや。監視しに来る必要、なかったな」


 明科は手を止めてマイの肩を叩いた。マイは赤くなって下を向いている。


 「監視って」


 鼻で笑ってみたが、付き合い始めてからは控えているけど、ここで朱嶺にキスされたこともあるし、いつもおっぱいやお尻を見て眼福と思っているので、本当は笑えない。


 「でも、マイは気になるねんて」


 第三者な明科は、無邪気にニコニコと笑いながら一人でしゃべっている。


 「知ってるよ。気にしているのは」


 本人から聞いたこともあるし。


 「城山くん、浮気したらあかんで。マイちゃんはあんたが思っている以上に、やきもち焼きやからなあ」


 「もう、コハ!」


 マイは手を止めて、明科の腕をピシャリと叩いた。


 「あいた! えへへ、でも、そうやろ?」


 「……」


 マイはまた赤くなって下を向く。それでも手は止めない。それ、ミシンでやった方が早くね? それとも細かいところは、ミシンではできないのだろうか。手芸部じゃないからわからないけど。


 「まあ、否定はしない」


 少し怒った顔をして言うと、チラッと目を上げて僕を見た。


 「何よ」


 「なんもない」


 僕らのやりとりを聞いていた明科が、プッと吹き出した。


 「何、笑ってんねん」


 「だって、面白いもん。いやあ、まさにアオハルやわ。面白すぎ」


 口元を押さえて、くすくす笑っている。


 「明科は明日斗と付き合ってるんでしょ? そういうのはあるの?」


 いつまでもやられっぱなしではいられない。ちょっとこちらからも反撃してやろう。


 「あるよ。でも、あっくんの周りにはカレンちゃんみたいなライバルはおらんから」


 「学校、別やねんで。そんなん、わからへんやん」


 ちょっと意地悪につっこんでみる。


 「いやあ、わかるよ。だって、女っ気ないもん。コハのライバルはね、わかる? 城山くん」


 「え、なに? わからん」


 「コハからあっくんを奪っていくのはね、格闘技なんよ」


 明科はちくちくと針を進めながら、笑顔のままで何やらかっこいいことを言った。


   ◇


 午後5時前になって、朱嶺が戻ってきた。


 「あら、どうされたのですか?」


 マイと明科を見て、独り言のように言う。


 「カレンちゃん、お邪魔!」


 明科が明るくあいさつすると、マイも「お疲れ」と続いた。2人とも根を詰めて縫い物をしていたので、少し疲れ気味だ。


 「よし。僕らも帰る準備をしよう」


 彩色途中の絵を棚に仕舞って、後片付けを始める。マイと明科もトートバッグを紙袋に詰め始めた。朱嶺は部屋の隅でジャージーの上から制服のスカートを履く。


 「なぜ黄崎先輩と明科先輩が?」


 体操服の上にブレザーを羽織りながら、僕に聞いてきた。


 「手芸部は校内のあちこちで活動してるでしょ。その一環だよ」


 マイが僕と朱嶺を監視するために来ただなんて、口が裂けても言えない。朱嶺はふーんと言って、わかったのかわからなかったのか微妙な表情をした。


 「もしかして、監視ですか?」


 「えっ!」


 僕より先に声を上げたのは、マイだった。


 「いや、違う! それは違うよ、カレンちゃん!」


 明らかに動揺している。マイは剣道部だったのに、動揺がすぐ顔に出る。剣道って武道だから、簡単に動揺を表に出してはいけないんじゃないのか?と思わなくもない。


 「違うのですか? それならいいのですが」


 「うん! うん、うん!」


 ものすごい勢いでうなずくマイ。隣で明科が苦笑いしながら、一緒にうなずいている。


 「てっきり私と先輩が2人きりで何かよからぬことをしているのではないかと思って、見にこられたのかと思いました」


 丁寧な口調なのだが、ズバズバとマイの胸に突き刺さるようなことを言う。そして、朱嶺はニコッと妖艶に微笑んだ。


 「ほら、もういいから。早く出よう」


 これ以上、しゃべらせると、何を言い出すかわかったものではない。僕は後片付けを終えた3人を、美術準備室から押し出した。施錠して、マイたちは下駄箱のところで待たせて、鍵を職員室に返しにいく。


 あ、一応、今、僕が部長なので。


 下駄箱に戻ってくると、まだ先ほどの話をしていた。


 「どう見ても、これはマイが様子を見に来たって状況やんか。言い逃れできへんで」


 明科よ、どっちの味方だ。


 「ごめん、カレンちゃん! ほんまはちょっと監視したろって気持ちはあった!」


 マイは朱嶺に手を合わせてペコペコと頭を下げている。


 「いや、普通にそうじゃないかと思っていました。だから謝っていただかなくても全然、構いません。仮に私が先輩の彼女だとしても、先輩が他の女子と一つ屋根の下にいるようなことになれば、監視しに行きますから」


 「え!」


 マイは驚いて顔を上げた。


 「じゃあ、これまで空手の試合についてきていたのって」


 「いや、そこは誤解しないでください。純粋に応援に行っていました。ただ、監視する気持ちが全くなかったわけではありません」


 「ひい〜、やっぱり」


 僕にいち早く気づいたのは、朱嶺だった。しばらく僕の顔をじっと見ている。スッと目を逸らすと、マイの方を向いた。


 「黄崎先輩」


 「なに?」


 「あの。こんなこと言うのも何ですけど。せっかく先輩もいらっしゃるので、一つはっきりさせておきたいのです」


 朱嶺はまた僕の方を向いた。先輩も聞いておいてくださいねと言いたげな顔だ。


 「私、別にお二人を引き裂こうという気は、全くありませんから」


 いや、あんなベロチューしといて、それはないだろう。心の中で思わずツッコんだ。


 「え、そりゃあ、引き裂かれたら困るよ」


 マイは妙におろおろしている。


 「ただ、私も先輩のことが好きなんです」


 「え!」


 マイは大きな声を上げた。そうだろうと思っていたことを目の前で本人からズバリと言われたので、驚いたみたいだ。


 「でも、でも、まあくんはウチの彼氏なんやけど」


 マイは少し尻込みしている。完全に朱嶺に圧倒されている。


 「知っています。でも、私も先輩を諦めたわけではありません。先輩は今は黄崎先輩の彼女ですが、将来はどうなるかわかりません。まあ、せいぜい頑張って捕まえておいてください。少しでも手を離すようなことがあれば、私が容赦なく先輩をいただきに行きます」


 「すごぉい! 宣戦布告や!」


 明科が目をむいて興奮している。


 「宣戦布告ではありません。ライバル宣言と言っていただきたいです」


 朱嶺はマイの鼻面に、人差し指を突きつけた。


 「黄崎先輩、私、負けません」


 「ひいい」


 震え上がっているマイの肩を抱く。


 「朱嶺、もうその辺にしておいてくれへんか。マイが怖がっている」


 朱嶺は手を引っ込めた。


 「すみません。少しやりすぎましたか」


 「君は自分が思っている以上に迫力があるから」


 「そうですか?」


 朱嶺は荷物でパンパンに膨れ上がった補助バッグを担ぎ直す。その勢いで巨乳がブルンと揺れた。


 「こんな漫画みたいな三角関係、リアルに見れるとは思ってなかったわ!」


 明科がニヤニヤしている。マイは「他人事だと思って」とムッとしていた。

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