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第123話 文化祭、開幕!

 その夜、晩ご飯が終わるか終わらないかという頃にマイがやってきた。いつもは食べ終わってひと休みした頃に登場する。早い。


 「まあくん、ほら、早く」


 僕を引っ張って部屋に行く。あらまあ、仲良しね、オホホという母さんの芝居がかった笑い声が追いかけてくる。もうどっちの部屋なのかわからない。僕の部屋のはずなのに、マイが自分の部屋のように使っている。


 「ああ、もうあかん!」


 部屋に入るなり、ベッドにダイブした。


 「何があかんのよ」


 ちゃぶ台を出す。勉強道具を持ってきていないので、単に話をしにきただけみたいだ。


 「あかん、あかんよぉ」


 枕に顔面をこすりつけている。大方、また僕の匂いを堪能しているのだろう。好きなだけ吸えばいいと思って、放っておいてスマホを見ていた。


 「ちょっと、なにスマホ見てんの」


 マイは枕から顔を上げると、怒った表情で僕をにらんだ。


 「あ、もう話する気になった?」


 「なった?ってさっきからなってるって」


 「枕、吸ってんのかと思ったわ」


 「いや、それもあったけど」


 マイはベッドの上であぐらをかいた。


 「あんなんがライバルやったら、勝ち目ないわ」


 「朱嶺のこと?」


 同じことを前も言っていた気がする。


 「それ以外に誰がおるん?」


 ギロリと怖い目でにらんできた。


 「勝つも負けるも、僕はマイの彼氏やん」


 「そりゃ、今はそうやけど!」


 ちょっと、ここに来よし!と自分が座っている横のスペースをペシペシと叩く。立ち上がってベッドに腰掛けた。


 「カレンちゃんが本気で誘惑したら、まあくん、抵抗できへんやろ?」


 「うーん。そりゃあ、本気で来られたらできへんやろなあ」


 もうすでに本気で来られたことがあるし、何なら今も本気で迫られている。そして、実際に抵抗できていない。


 「やろ? そうやろ? ウチはあんなスタイルよくないし、巨乳やないし、お尻も大きくないし、顔だって負けてるやん? どこで勝てばええの?」


 一気にまくし立てた。思った以上に危機感があるようだ。確かにその通りだけど、マイだってお尻はプリッとしているし、太もももムチッとしていい感じだと思うよ。顔はそもそも系統が全然違うので、比べようもない。だが、マイはマイですごくかわいい。


 「じゃあ、マイは、なんで僕がマイを選んだと思う?」


 逆に聞いてみた。


 「え? 知らん」


 マイは素の顔で即答した。白旗上げるの、早っ。


 「それは、マイがかわいいからですよ。朱嶺とは全然違う魅力があるからなんですよ」


 「え? そうなん?」


 「うん」


 マイは視線を逸らすと、はあとため息をついた。


 「ウチの魅力ってなんなん?」


 そう言いながら、股の辺りで両手を組んで、指をモゾモゾしている。そんなに自信ないのかな。僕より前に2人も告白されているのに。僕は両手でマイのほおを包んで、こちらを向かせた。


 「すごくかわいい。それで十分ちゃう?」


 「え…」


 マイは目を丸くして、ほおを赤くして固まった。かわいいなあ。こういう顔するところが本当に好き。


 「まあくん」


 「何?」


 「もしかして今、キスしようとしてる?」


 「え?」


 いや、そんなつもりは全然なかったけど。だが、確かに言われてみれば、このままキスしてもおかしくない体勢だ。そう思うのは不自然ではない。


 「いや、え? キス?」


 「え? するの? え? 今?」


 マイは僕の手首をつかんでキョドり始めた。ちょっと待ってくれ。君も黒沢とキスしたことあるんだろう? なぜそんなにうろたえているのか。


 激しいうろたえっぷりを見ていると、そのままキスする気が失せてしまった。


 「ああ、あの、まだしない」


 「え? まだって、どういうこと?」


 マイはムッとした。


 「いや、だから、今はしないって」


 「え、してもええんやけど」


 どっちやねん! 


 結局、その夜はキスしなかった。


   ◇


 文化祭当日がやってきた。


 清栄学院の文化祭は金、土曜日と2日間に渡って行われる。保護者や他校生も入場可能で、多くの人が訪れてにぎわう。


 「じゃあ、じゃんけんで勝ったやつから、好きなところを選ぶんでええな」


 「いいっすよ」


 「望むところじゃ」


 「じゃあ、じゃんけん、ぽん!」


 僕と西塚さん、米沢さん、そしてなぜか神戸先生も交えて、すでに展示準備を終えた美術準備室でじゃんけんをしている。


 「よっしゃ! 俺が一番!」


 ガッツポーズしたのは西塚さんだ。


 「じゃあ、俺、金曜日の午前。今からな」


 「じゃあ、ワシは土曜日の午前で」


 2番目は神戸先生だった。


 「仕方ないなあ、じゃあ、金曜日の午後」


 米沢さんが3番手。


 「……」


 僕がビリだった。土曜の午後だ。


 何をしているのかというと、美術部準備室の留守番を決めているのだ。3年生も含めて部員の力作を展示したので、やはり誰かが見張り番をしていないといけない。


 扉から入って左側の壁の一番、目立つところに朱嶺の肖像画が4枚、並んでいる。夏合宿で西塚さん、米沢さん、僕、神戸先生で描いたものだ。その後、持ち帰ってそれぞれ彩色して、額に入れて持ってきた。


 正直、これはなかなか壮観である。


 同じテーマの作品が並ぶと、こうも迫力が出るのかと思う。モデルがいいということもあるのだろう。4人それぞれに妄想を爆発させて朱嶺を描きあげた。普段、まともな絵を描いていない西塚さんと米沢さんも、さすがとうなる肖像画に仕上げてきた。西塚さんのは少し上目遣い。西塚さん視点での朱嶺なのだろう。逆に米沢さんは見下ろす感じ。おっぱいが強調されて、実にエロい。


 神戸先生は朱嶺が当日、着ていたワンピースではなかった。白いノースリーブである。生脇が見えているし、こちらもおっぱいを強調していてエロすぎる。このエロ教師め!


 僕は、少し斜め横から見た朱嶺を描いた。こちらを向いて、軽く笑っている。普段、クールな彼女した見たことがない人には、新鮮だろう。まあ、控えめに言って、僕の描いた朱嶺が一番、かわいいな。


 前日に準備した時に、どういう順番で並べるのか、ひとしきりもめた。結局、右から神戸先生、西塚さん、米沢さん、僕と年齢と肩書き順に並べた。その下に、朱嶺が夏合宿で描いた神戸先生と男子部員3人の肖像画を展示した。


 僕らがわいわいがやがややっているのを、朱嶺はすごく冷静な顔で見ていた。


 「どう? どう思う?」


 西塚さんが聞く。


 「はい。実物以上に素敵に描いていただいて、光栄です」


 「誰のが一番、朱嶺くんに似ている?」


 神戸先生も黙っていられない。


 「もちろん城山先輩のです」


 「ガッデム!」


 西塚さんが叫んだ。神戸先生も頭を抱えている。


 「じゃあ、誰のが一番、うまい?」


 米沢さんも加わってきた。


 「もちろん城山先輩です」


 野郎3人が僕をにらんでいるが、正直ざまあみろという感じだ。神戸先生は別にして3年生2人が引退した後、僕が朱嶺のお色気攻撃に一人で耐え抜いているのだ。これくらいのご褒美があっても、然るべきだろう。


 で、冒頭に戻る。


 なぜ店番でこんなに真剣にじゃんけんをしているかというと、ダンス部のステージをいつの時間帯で見るかということに関わってくるからなのだ。ダンス部は金、土曜日ともに体育館で吹奏楽部や演劇部などとともに出演する。一番、盛り上がるのはファイナルの土曜日の午後。みんな、そこの店番は避けたいというわけだ。


 で、じゃんけんで一番、負けた僕が、そこの担当となったわけ。まあ、仕方がない。金曜の午前と午後、土曜の午前は見に行けるわけだし、そこで見に行ってやろう。


 「みんな、これは忘れていないだろうな」


 米沢さんは鞄からサイリウムを取り出した。アイドルのライブなどで観客が応援のために振る、棒状のライトだ。


 「え、そんなん要るんですか」


 「何言ってんだ、城山。ダンス部のライブに行く時には必須なんだぞ。ちなみに朱嶺のイメージカラーは紫だ。なんで朱嶺って名前なのに、紫なんだろうな」


 知らんかった。


 ちなみに、2年5組はメイド喫茶をやっている。女子はもちろん、男子もメイド服を着てお客さま……ではない。ご主人さまをお迎えするのだ。僕の出番は金曜午後の前半と土曜午前の前半。マイは金曜午前の後半と、土曜午後の前半だ。かぶっていない。


 今頃、手芸部の展示にいるかもしれない。朱嶺の出番が来る前に、見に行ってやろう。


 家庭科室は大小のトートバッグやマフラー、アクセサリーなどが展示されて、ちょっとしたフリーマーケットみたいになっていた。販売コーナーでマイは明科と並んで座っていた。


 「あ、まあくん」


 「来たよ」


 「なんか買うてって」


 ニコッと笑って立ち上がる。


 二言目にそれかよ。彼氏が来てやったんだから、何かもっと気の利いたことは言えないのか?と思いつつもニヤニヤしてしまう。だって、マイはもうメイド姿なんだもの。


 かわいいっ


 くそう、改めてこんなにかわいいのが僕の彼女でいいのかと思ってしまう。黒いドレスに白のエプロンがメイド服のスタンダートだと思うが、2年5組のそれは濃いネイビーだ。カチューシャ…プリムっていうの?が、よく似合っている。


 「すごい似合ってるじゃん」


 「そう? ちょっとスカート短くない?」


 マイは例によってくるり、くるりと右左に回ってみせた。確かにスカートは短めだ。長らくマイのミニスカート姿を見ていないので、すごく新鮮な感じがする。


 「いや、いいよ。すごくいい」


 「まあくん、なんか目つきがやらしいよ」


 思い切り鼻の下が伸びていた感じがしたので、さすがに気づかれたか。マイは怒った顔をして、僕のお腹をつついた。


 「罰として、何か買ってください」


 「はいはい、もとよりそのつもりです」


 清栄学院の文化祭は、現金での売買はしない。生徒会が金券を販売していて、事前にそれを購入する形式だ。昨日のうちに2000円分を準備していた。


 「マイが作ったのはどれ?」


 「えっと、これと、これと…」


 結構、たくさん作っている。小さめのトートバッグがほしかった。ちょっと出かける時に財布とスマホを入れておけるような。マイが作ったトートバッグはファンシーなものばかりで、ウサギとか猫のマスコットがついていたりして、どう見ても女子用ばかりだったが、その中からこれなら男子が持っていてもおかしくないだろうというのを買った。


 「これにする」


 「え、それ、女の子用に作ってんで?」


 「じゃあ、男子用はあるの?」


 「ないけど」


 ないんかい!

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