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第124話 オン・ステージ

 家庭科室で時間を潰して、マイが移動するタイミングで僕も2年5組へ行った。黒沢とか郡司に乱入されたら守ってあげないといけないし、その後が僕の出番なので、どうやっているのか見ておきたいというのもあった。


 「ご主人さま、お帰りなさいませ! 萌え萌え〜きゅん!」


 マイはノリノリでメイドをやっていた。


 なんだよ、僕以外の男子に萌え萌えきゅんとか言うな! 猛烈に嫉妬する。


 ちなみに2年5組のメイド喫茶は撮影禁止である。生徒のプライバシーに配慮してという理由だ。そりゃ、そうだろう。だが、デカデカと黒板に「撮影禁止」と書いているにもかかわらずスマホを取り出すやつが後を絶たないので、座席間を巡回して「やめてくださいね」と何度も注意した。そんなことをしていたので、朱嶺の金曜午前のステージを見そびれてしまった。まあ、仕方がない。



 金曜午後からは僕もメイド喫茶にメイドとして参加する。こんなサイズがあるんだなと言う大きなメイド服に袖を通し、ホワイトプリムを装着する。スカートの下は短パンを履いている。当たり前だ。


 「うわっ、まあくん、ちょっと待って!」


 教室をパーテーションで半分に区切って、廊下側を店に、窓側を生徒の控え室に使っている。マイは、控え室から出ようとする僕の腕を捕まえて引き戻した。


 「写真撮るから」


 そう言ってスマホを取り出す。お客がメイドを撮影するのは禁止だけど、同じクラスの生徒同士で撮り合うのは問題ない。僕もマイを撮っておこう。幸いなことに、マイはまだ着替えていない。


 「恥ずかしいよ。早くして」


 「なんかポーズ取ってよ」


 「え……。ポーズって?」


 「ほら、萌え萌えきゅん!とか」


 マイは両手でハートマークを作る。


 「こう?」


 「そう。萌え萌えきゅん!って言って!」


 写真でしょ。言わなくてもいいじゃん。


 だが、ここは仕方あるまい。


 「萌え萌え〜きゅん!」


 一応、要望に応えた。だって、これから店に出て、これやらなきゃいけないんだもの。


 「おお〜。いいね。意外なほど似合うわ」


 マイはもうやめてというくらい、僕のメイド姿を撮影した。同じ時間帯を担当する鯖江が控え室にやってきた。すでにメイド服に着替えている。2年5組を代表する長身男子2人がメイド服で並んでいる。異様だった。


 「2人で撮ってやろうか?」


 鯖江は手を差し出してきた。


 「あ、鯖江くん、ええの?」


 「ええよ。最高の記念写真じゃん」


 「えへへ、ありがとう」


 マイはスマホを鯖江に渡すと、僕の隣にやってきた。


 「背景がみすぼらしいのが、もったいないなあ」


 鯖江は独り言を言いながら、近づいたり少し離れたりしている。そうだな。ここは控え室なので、僕らの荷物がそこかしこに散らかっている。


 「じゃあ、撮るぞ」


 「まあくん、一緒に萌え萌えきゅんしよう」


 「わかったよ」


 2人でハートマークを作って、撮ってもらった。その後の僕の担当時間は、実に平穏に過ぎていった。陰キャの自分が接客なんて、しかもメイド服を着てやれるのかと思ったが、相手が殴りかかってくる試合に比べれば、はるかにマシだ。むしろ途中で慣れて恥ずかしくなくなり、普通に萌え萌えきゅんしてしまった。



 さあ、午後こそダンス部のステージを見に行かないと。着替えているとマイがやってきて「一緒に回ろう」と言う。構わない。だが、朱嶺のステージだけは見にいくぞ。


 「この時間からダンス部のパフォーマンスだから、体育館に行くよ」


 「あ、カレンちゃんの出番やね。ええよ」


 やきもちを焼いて不機嫌になるかなと思ったけど、予想外にスッとOKが出た。


 体育館はパンパンになるくらいの観客が詰めかけていた。ダンス部の前は演劇部の出演で多少の入れ替わりがあるだろうと思っていたのだが、誰も出て行かない。そして、次々に新たな観客が入っていく。僕らもその人波に乗って会場に入った。


 マイがスラックスのポケットからサイリウムを取り出した。


 「え、それどうしたの?」


 「ん? これ? コハに貸してもらったんだよ。ダンス部の応援には必須なんやって」


 周囲を見回すと、ほとんどの生徒がサイリウムを手にしている。なぜみんなこんなに準備がいいんだ。紫が多い。紫は確か朱嶺のイメージカラーだったはずだ。


 「まあくん、持ってへんの?」


 「うん」


 「ふーん」


 なぜかうれしそうに、ニヤッと笑って僕を横目で見る。何かおかしいかな?


 フロアいっぱいに椅子が出してあるのだけど、ほぼ全て埋まっていて立ち見だらけだった。僕は背が高いので立ち見でも構わないのだが、マイは「もっと舞台が見えるところに行こう」と言って僕をあちこち連れ回した。


 とかやっているうちに、ステージが始まった。乗りのいい音楽とともにスポットライトが灯り、ダンス部のメンバーが舞台へと駆け出してくる。朱嶺も出てきた。背が高いのですぐわかる。センターの隣だった。


 うわあ、マジか。


 ダンス部の演技を見るのは初めてだった。正直、驚いた。高校生でこんなに本格的に踊ることができるのか。女子が踊るんだから、おっぱい揺れたりするんだろうなとかエロいことを考えていたのだが、そんなことを考えていたことを恥じるくらいの圧巻のパフォーマンスだった。メンバーの呼吸がピタリと合った一糸乱れぬステップに、美術作品と同じ衝撃を受けた。


 そして朱嶺は美術部員のはずなのに、ずっと前からこのメンバーで踊っていたかのようなハーモニーを見せた。いや、ハーモニーではない。存在感が際立っていた。やっぱりこの子、ただ者ではない。普通に立っているだけでも存在感があるのに、衣装を着てステージで踊ると観客の視線を釘付けにしてしまう。


 趣の異なる計3曲を踊り、途中で歌も披露したりなんかして(朱嶺は登場せず)、最後にアンコールに応えてもう1曲踊って、割れんばかりのスタンディングオベーションの中、ダンス部のステージは終了した。


 「すっ、すごかった! とんでもない後輩やと思っていたけど、もっととんでもない後輩やった!」


 マイは途中から、サイリウムを振る手が止まっていた。サイリウムを唇に当ててポーッとした表情で舞台を見つめていた。


 「うん、そうね。とんでもない後輩や」


 そうだ。朱嶺はとんでもないのだ。そうだろうとは思っていたけど、改めて絵を描く以外の分野でもこうして豊かな才能を目の当たりにすると、その思いを強くする。


 これで金曜の体育館での出し物は終了だ。みんな立ち去り難いのか、なかなか体育館から出て行かない。それでもしばらくすると、人の波は出口に向けて動き始めた。僕らも移動を開始する。


 「うぐぐぐ」


 マイがうなっている。


 「どうしたん」


 「あんな子にライバル宣言されてたんや」


 「光栄やんか」


 マイは腕を組んで、うーんとうなった。


 「あんな、ライバル宣言された時、正直、ちょっとイラッとしてん」


 「そりゃイラッとするでしょ」


 堂々と恋敵と言われたのだから、不愉快に思うのも無理はない。


 「でも、カレンちゃんはウチがまだ学校に行くのが怖かった時に、サキやコハと並んで支えてくれた、優しい後輩やってんで」


 なんだ、そんなふうに思っていたんだ。なんとなく僕らのグループに入ってきて、いつの前にか一緒に登下校していたので、マイにしてみれば「なんだコイツ」くらいの感じだったのではないかと思っていた。


 「後輩やってんでじゃないわ。今もそう」


 「そうなんや」


 「だから、そんな子相手にイラッとした自分が、すごい嫌やってん」


 「そうですか」


 「そういうのって、嫌じゃない?」


 マイは少し怒ったような顔をして、同意を求めてくる。


 「うーん、ごめん。よくわかんない」


 「えーっ」


 えーっと言われても。

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