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第136話 その認識は間違っているよ

 4日目。午後の飛行機で大阪に帰る。それまでは自由行動だ。とはいえ完全に個別行動ができるわけではなく、5人程度のグループになって、先生にきちんと行き先を告げてから学校が手配した貸切タクシーで行く。


 中学時代の修学旅行にこんな自由行動なんて時間があれば、僕はどこのグループにも入れてもらえず途方に暮れていただろう。しかし、今回はありがたいことに、マイが早々に僕を捕まえてくれた。もちろん鈴鹿と明科がセットで付いてくるのだが。


 「マンザモウに行こう。マンザモウ」


 スケジュールが発表された時点で、マイは僕を同行者に指名した。


 「マンザモウって何?」


 「これやんか!」


 見せてくれたスマホの画面には、海に突き出した岩壁が映っていた。大きな穴が開いている。いわゆる奇岩ってやつだ。


 「何、これ?」


 「え? いや、すごない? こんな景色、生で見たくない?」


 いや……。どっちでもいい。それより自由時間があるのなら、沖縄の伝統空手を体験しに行きたい。しかし、当然のことながらそんなことをマイに言い出せるわけがなく、万座毛(こんな字だということも初めて知った)観光に付き合うことが、沖縄に到着するずっと前から決まっていた。


 だから、エディと会う時間も、もちろん取れそうにもなかった。そもそも、インスタで『みどりエディ』と検索しても出てこない。


 くそっ、適当な中学生め。


 4日目の朝、ホテルの前で貸切タクシーを待ちながら、なんとかコンタクトする方法がないかと思案していた。


 と、ポンと肩を叩かれた。振り向いてみると、鯖江の瓜実顔があった。僕をじっと見つめている。


 「なんか用?」


 「いや、さっきから名前を呼んでいるのに全然、気がつかないから」


 呼ばれていたのか。考えごとをしていて、全く気づかなかった。


 「鈴鹿から聞いたんだけど、城山たちは万座毛に行くんだろ?」


 鯖江は真顔で聞いてきた。


 「そうだけど」


 「急で悪いんだけど、俺も一緒に連れて行ってくれん?」


 何を言っているんだ? 人気者の学級委員長が、なぜ一人ぼっちになっている? キョトンとするって、こんな感覚なんだろう。


 「え、なんで?」


 聞けば、もともと男子バレー部の仲間たちと万座毛に行く予定だったのだが、鯖江を除く他のメンバーが昨夜、急に予定を変更して国際通りに行くと言い出したらしい。


 そりゃあ、普通の高校生なら万座毛より国際通りの方が楽しいと思うよね。


 どうしても万座毛を生で見てみたいという人間は、マイ以外にもいた。鯖江だ。ここまで来た以上、どうしても行きたい鯖江は泣く泣く仲間と別れて急きょ、万座毛に行くグループ、それも貸切タクシーに同乗させてくれる余地のあるグループを探した。それが、僕たちだったというわけ。


 「いいんじゃない? もう一人、乗れるんでしょ? 無駄がなくていいじゃん」


 鈴鹿は即座にOKした。明科も「学級委員長が一緒やなんて、心強いやん」と歓迎ムード。拒否する理由もない。貸切タクシーはワゴン車なので、5人まで乗れる。いつもの鈴鹿&明科&マイトリオに僕、鯖江という顔ぶれで、万座毛を見に行った。


 生で見た万座毛は、確かにすごかった。迫力がある。奇岩の上に人がいるけど、あんなところに登っていって怖くないのだろうか。ただ、曇っていたせいか海があまりきれいに見えず、なんとなく、くすんでいた。


 「晴れている日は海がそれはそれはきれいで、芝が生えるんだけどねえ」


 ガイドを兼ねる貸切タクシーの運転手さんは、少し申し訳なさそうに言った。


 「ウチら観光運ないんかな? 一昨日の夜も星、全然見えへんかったし」


 マイがぼやいている。観光運なんて運勢があるのか。初めて聞いたぞ。


 思った以上に早く見終わってしまったので、僕らも集合場所である空港に向かうついでに、国際通りへ行くことにした。移動は引き続き貸切タクシー。最後尾の座席に鯖江と座る。クラスというか、学年でもトップクラスののっぽ二人が並んでいるのだから、ちょっとした見ものだ。


 「俺、城山のこと、誤解してたわ」


 次に沖縄に来るのはいつになるだろうな、エディと再会できるのかなと、そんなことを考えながら窓の外の海を見ていたら、ふいに鯖江が話しかけてきた。まじめな顔だ。


 「誤解?」


 「そう」


 「どんなふうに?」


 「もっと危ないやつかと思ってたわ」


 よく聞いてみると、鯖江の知っている城山雅史という人物は、こんな感じだった。岩出を締め上げてレイプ。新田をボクシングの試合で流血KO。駅のホームで他校の生徒と大立ち回りを演じ、首を絞めて病院送り。そんな僕を黒沢がずっと諌めていたが、あまりにも言うことを聞かないので、黒沢の方がメンタルをやられてダウン。ダウンしている間に、黒沢の彼女だったマイを強奪。


 「ちょっと待って。全然、事実と違う」


 「だよな。そんなやつとは思えへんわ」


 ずっと真顔で説明していた鯖江はやっと少し笑って、ホッとした表情を見せた。


 「どこでそんな話になってるんだよ」


 「1年1組のグループLINEらしいぞ」


 だから、グループLINEって嫌い!


 「黄崎もだいぶヤバいって噂を聞いていたから、学級委員長として問題が起きないように、よく見ておかないといけないなと思っていたんだよ。でも、全然違ったわ」


 そりゃそうだろ!


 鯖江はマイに聞こえないように、少し声をひそめて話してくれた。いわく、マイは黒沢の彼女だったが、手のつけられない淫乱で、岩出を誘惑して童貞を奪った。岩出はそのショックで不登校に(なんでだよ!)。さらにそのショックで黒沢がダウン。マイはそんな黒沢を捨てて、僕に乗り換えた……。


 「いや、おかしくない? おかしいでしょ、その話。全ておかしい」


 頭に来たけど、声を上げるわけにもいかない。僕は必死で声を殺した。


 「俺も実際に接してみて、絶対にそんなことするような子じゃないなと思ったのよ」


 鯖江も顔を寄せて、ささやくように言う。


 「全て、おかしいよ」


 国際通りに到着し、マイたちは引き続きおしゃべりに夢中だったので、1年生の頃のことを話せる範囲で鯖江に伝えた。


 「全然違うやん!」


 鯖江は細い目を見開いて驚いていた。


 「その間違ったストーリー、どれくらい広まってるの?」


 「さあ、どうやろな。でも、1年1組じゃなかったやつは結構、この筋書きで伝わっているみたいだぞ。知らんけど」


 知らんのかい。


 マイともども、そんな悪役にされているとは知らなかった。だけど、考えようによってはその方がいい。僕らのことをよく知っている人間以外、近寄ってこないだろうから。


 「まあ、おかしいなあと思っていたんだよ。だってこのトリオ、すごく仲良さそうじゃん? こんなに仲のいい子たちが、そんな悪女なわけないじゃんって思うじゃん?」


 鯖江は前を歩く女子3人を指差す。鈴鹿が振り返った。どうやら聞き耳を立てていたようだ。


 「鯖江くん、その認識はおかしいで」


 「うん。鯖江くんは人を見る目があると思っていたけど、まだまだやね」


 明科も振り向いて同調する。なんだこいつら、みんな聞いていたのか? いや、どうやらマイだけは別のようだ。突然、鈴明が振り向いたので、何事かと驚いている。


 「えっ、どういうこと?」


 不思議そうな顔をしている鯖江の前に、鈴明コンビがにじり寄る。


 「あんな、このグループは、ウチらトリオが中心なんとちゃうねん。このペアが中心で、ウチらがおまけやねんで」


 鈴鹿はそういうと、マイを僕の方に押し付けた。マイは照れながら「いややわぁ」とか言っているけど、まんざらでもない表情をして僕にしがみついた。


 「え! そうなん」


 鯖江はまた目をむいた。いや、そこ、そんなに驚くところ? 見ててわからへん?


 国際通りは人でいっぱいだった。空港へ行く途中に寄る修学旅行生が多いのだろう。僕たち以外にも清栄学院の生徒がたくさんいた。大阪に帰れば、数日後に進路面談がある。どうしよう。僕はいまだに進むべき道を決めかねていた。

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