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第139話 共同戦線

 12月に入ると急に周囲が騒がしくなってきた。なるほど。昨年は当事者じゃなかったから全く気にしなかったけど、今年はわれわれ2年生は当事者なわけだ。


 そう、生徒会長選挙である。


 学校によって、生徒会長は2年生が務めるところもあるらしい。3年生は受験で忙しいからだ。だけど、清栄学院は12月に選挙があり、全学年の投票で2年生から生徒会長を選ぶ。彼または彼女が翌年の12月まで、生徒会長を務めるのだ。


 自分が会長候補に選ばれるわけではないので、他人事のように同級生がざわついているのを見ていた。少し気にしていたのは、同じクラスの鯖江が立候補しそうだったからだ。鯖江とは修学旅行で一緒に行動した仲だし、立候補したら応援してあげよう。ただ、本人はバレーボール部の次期キャプテンに指名されていて、掛け持ちができるのかどうか不安なようだった。周囲から「よろしく頼むね」と声をかけられても「できるかな……」と言葉を濁しているシーンを、よく見かけていた。


 他にはどんな候補者がいるのだろう。誰に聞いたら知っているかな。また梅野に聞いてみようか。そんなことを考えながら休み時間にボーッとしていたら、誰かが机の前に立ち止まった。顔を上げると、茶髪に染めたふわふわのロングヘアと、バキバキに化粧したギャルの顔が目に飛び込んできた。郡司じゃん。何しに来たんだ? 僕の視界に入ってきたのは、修学旅行以来だった。


 「話があんだけど」


 郡司は相変わらず不機嫌そうな顔で、ボソッと言った。きょうは連れがいないなと思って周囲を見回すと、教室の入り口に高松がいた。なんだ、やっぱりいるじゃないか。


 「話ならここで聞くけど」


 僕は郡司を見上げて、平静を装う。内心では、また厄介ごとに巻き込まれるのではないかとヒヤヒヤしているのだが、そんな格好悪いところをこいつに見せるわけにはいかない。


 「あんまり聞き耳立てられたくない話やねん。だから、教室の外で」


 郡司は高松のいる方へあごをしゃくった。僕はこれ見よがしに、ため息をついた。


 「どうせ面倒な話なんでしょ?」


 そうだ。そうに違いない。


 「いや、そんなに面倒じゃない」


 郡司は何が面白かったのか、鼻先だけでフンと笑った。


 行かないと解放してくれそうになかった。修学旅行の経験からいくと、こいつはなかなかしつこい。ここでダラダラして受け流したとしても、次の休憩時間にまたやってくるだろう。僕はまたため息をついて立ち上がった。郡司について教室を出る。出たところで高松以外にもう一人、女子の取り巻きがいた。


 「まあくん!」


 郡司らに取り囲まれて北校舎に向かって歩いていると、後ろからマイが追いかけてきた。僕の背中にほぼ衝突する感じで追いつくと、郡司との間に割り込んできた。


 「何やねん。まあくんに何の用?」


 早くも喧嘩腰だ。眉を吊り上げて怒っているし、声のトーンも高い。


 「ああ、城山経由で頼もうと思っていたんやけど、本人が来たんなら、その方が話が早いわ」


 郡司は足を止めない。チラッとマイを見て、そのまま北校舎へ向かう。


 「話ならここでせえや」


 マイの口調が乱暴になっている。


 「だから〜。あまり聴かれたくない話って言ったやろ? 聞いてへんかったんか?」


 郡司は馬鹿にしたように、手をひらひらさせて言った。それ、僕は聞いたけど、マイは聞いていないぞ。


 北校舎の廊下に着いた。郡司とその取り巻きが振り向く。加勢がいるのかと思っていたけど、これで全部だった。相手は合計3人。全員女子なので、乱闘になっても何とか逃げ出せそうだ。


 「生徒会長選挙、誰を応援すんの?」


 郡司は相変わらずぶっきらぼうに言った。黒沢の前ではキャピキャピしていたのに、この落差は何なのだろうか。どっちが地なのだろう。こっちが本来の郡司だとすれば、すごく鬱陶しい女だなと思う。


 「え。わからんけど、鯖江が立候補したら応援しようかなと思ってる」


 何となく手持ち無沙汰だ。僕は自分の指先をいじりながら、答えた。


 「芳樹が立候補するって知っとる?」


 郡司は眉根を寄せて、不機嫌な顔をさらに不機嫌そうにして言った。


 「はあ?」


 マイが驚いた声を上げる。


 「ああ、そうなん。知らんかった」


 郡司が僕のところにやってきた以上、たぶん黒沢絡みの話なんだろうなとは思っていたけど、実際にその名前が出てきてドキッとした。また厄介ごとだ。どうして静かに放っておいてくれないのか。緊張で鼓動が少しずつ早くなるのを感じる。


 「あんなやつ、生徒会長にしたらあかんやろ」


 僕が思っていたことを、マイが先に言った。


 「それやん。だから、阻止するねん。と言うわけで、協力して」


 僕らの飲み込みが早かったせいか、郡司は薄笑いを浮かべた。


 「協力って、何するの?」


 「ちょっと待って!」


 マイが割り込んできた。手を上げて僕を制すると、郡司をにらみつける。


 「なんでウチらがあんたに協力せなあかんの?」


 「だって、お互い芳樹の被害者やんか。あいつが生徒会長になって嫌なのは一緒やろ? それなら協力せえよ」


 郡司の態度は、お願いしているそれではなかった。胸を張ってマイを見下ろして、むしろ女王さまが命令しているように見える。


 「はぁ? 協力せえよとちゃうやろ? 協力してくださいとちゃうの?」


 マイの方が背が低いのだが、負けじと郡司をねめ上げる。どちらからともなくジリジリと近づいて、顔が接するくらいの距離になった。ヤバい。放っておいたら、またつかみ合いになるかもしれない。


 「お前、誰に口きいとんねん!」


 僕がマイを引き離す前に、高松が郡司とマイの間に割って入った。胸を張って、マイを押し戻す。


 「うっさいわ! 引っ込んどれや!」


 「なんやと!」


 2人とも今にも噛みつきそうな勢いだった。


 「ああ、ちょっと待った!」


 僕はマイの腰に手を回すと、高松から引き離した。2、3歩後退して距離を取る。マイは頭に血が上って、ふうふうと息を荒くしてブルブル震えていた。


 「ここでやり合っても、しゃあないやろ。ウチら、利害は一致しているんやから」


 郡司が呆れた顔をして言う。


 その通りだ。黒沢が生徒会長になって、何をするかはわからない。ただ、僕らにとっては嫌なやつで、そんなやつが生徒会長になるのはできれば避けたい。黒沢が嫌いな者同士で喧嘩をしても、何一ついいことはない。


 「それで、どうしろっていうのさ」


 マイが何か言い出さないうちに、口を切った。郡司は腕を組むと「城山は話がわかるなあ」と言って、真剣な顔になった。


 「女子の間で話を広めてほしい。芳樹がどんなひどいことをしてきたかってことを。黄崎はよく知ってるやろ?」


 「ああ?!」


 またマイが突っかかろうとするので、お腹に腕を回して必死になって止めた。


 「芳樹は全校の女子からの支持を一斉に失うくらい、ひどいことをしてる。表向きのよさでそれを隠しているけど、本当のことを知ったら、あいつのことを応援する女子なんて、校内に一人もおらんようになるわ」


 郡司はあごを引くと、フンと鼻を鳴らして冷酷な笑みを浮かべた。


 「そんなもん、なんでウチらがあんたに協力せなあかんねん!」


 マイが怒鳴った瞬間、チャイムが鳴った。


 「お、もう時間や。伝えたで。じゃあ、ちゃんと広めといてや」


 郡司はそう言い残すと、取り巻きを連れて南校舎へと駆け出し始めた。僕らも少し間隔を開けて、小走りで後を追った。

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