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第140話 郡司のことが嫌いな理由

 「はあ、ごめん。ほんま、ごめん」


 昼休み。僕は購買にホットドッグを買いに行くつもりだったが、マイがぜひにと言うので、一緒に弁当を食べることになった。といっても、僕はすでに早弁済みなので弁当はない。購買に行ってホットドッグを2つ買って、戻ってきた。


 鈴鹿と明科が一緒だ。いつもの仲良し3人組。女子だけで積もる話もあるだろうから、普段はここには来ない。マイたちは外で食べられる時期には中庭のクスノキの木陰に行くのだが、さすがに12月で外は寒く、2年5組の教室の一角に集まっていた。「お邪魔します」と言って、マイの隣に座る。着席するなり、マイが僕に向かって手を合わせて謝った。


 昼間の郡司との一件のことだろう。


 「いや、別にええけど」


 マイがカッカしやすいことは、よく知っている。あんなもんだと思っているから、それほど驚かない。だが、郡司のことをあんなに嫌っているのはなぜだろう? 黒沢と一緒にいた頃に、何かあったのだろうか。


 「ちょっとエキサイトしてしもた。ほんまにごめんね」


 マイはまだ謝っている。食べ始めるのを待っていたのか、弁当箱は蓋を開けていたが、まだ手をつけていなかった。きょうは炒り卵と鶏そぼろの二色ご飯に、ちくわの磯辺揚げ、ブロッコリー、そしてごぼうのきんぴらと思しきものが入っている。


 「なんかあったの?」


 もう食べ始めている鈴鹿が、ソースカツを口に運びながら聞いてきた。


 「いや、ちょっと郡司とね」


 マイは手を合わせて「いただきます」と言って、ブロッコリーから食べ始めた。


 「けんかしたの?」


 明科が聞く。文化祭の後夜祭では、明科の目の前でマイは郡司と大立ち回りを演じたのだ。いや、大立ち回りというより、一方的に痛めつたけと言ったほうがいいかもしれない。


 「けんかってわけじゃないんだけど。ちょっとカッカして、言い争っちゃって」


 マイは罰が悪そうな顔をした。


 「なんか言われたん?」


 鈴鹿が聞く。


 「変なこと言われたわけじゃないねん。ただ、生徒会長選挙で、黒沢の邪魔をしてくれって頼まれて」


 「「え!」」


 鈴鹿と明科は同時に声を上げた。


 「え、黒沢って生徒会長に立候補するん?」


 鈴鹿は口元を手で押さえた。まだ口にソースカツが入っているのだろう。


 「するらしいわ」


 マイは続けてきんぴらに箸を伸ばした。


 「あの子が生徒会長になったら、気が休まらん学校になるんとちゃう?」


 明科が心配そうに言う。ちなみに明科の弁当はサンドウィッチだった。男子が持ち歩いているような大きな弁当箱に、ビッシリと具材たっぷりのサンドウィッチが詰め込まれている。今、口に運んでいるのは卵だ。これも具がこぼれんばかりに入っていて、めちゃくちゃ美味そうだった。


 正直、一切れほしい。


 「気が休まらんって、どんな感じに?」


 鈴鹿は明科に聞いた。


 「それは、よくわからへんけど……。なんかあの子、落ち着きないやんか。ほら、それこそ学校にクラブ作っちゃいそう」


 「クラブ? 部活?」


 「違うよ。そのクラブじゃなくて。ほら、お酒飲んで踊るクラブってあるじゃん」


 「ああ、そっちのクラブね」


 鈴鹿と明科のやりとりを聞いていたマイは、箸を止めるとハァ〜とため息をついた。


 「黒沢がどんなにひどいやつか、女子の間に広めてほしいってさ」


 「そんなん、わざわざ広めんでも、知ってる子は知ってるんとちゃうの」


 鈴鹿は続いて小ぶりのおにぎりをほおばる。ムッ、それも美味そうだな。パンよりもご飯派の僕には、輝いて見えた。


 「城山くん、お腹空いてるの? サンドウィッチ、一つあげようか?」


 僕のもの欲しげな視線に気がついたのか、明科が声をかけてきた。


 「え、いいの?」


 「いいよ。その代わり、ホットドッグ半分と交換でどう?」


 明科が大きな弁当箱を差し出してくる。そのボリューミーなサンドウィッチと交換なら、ホットドッグ半分なんて安いものだ。僕は喜んでまだ口をつけていない2本目のサンドウィッチを半分にちぎって、明科に手渡した。


 「おすすめは卵ね」


 「いやあ、さっきから美味そうだなって思ってたんだ。ありがとう」


 一つもらう。ずっしりと重い。焦る気持ちを抑えて、中身をこぼさないようにそっとかぶりつくと、口内から鼻にかけて、ふわんとマヨネーズのいい香りでいっぱいになった。


 「美味しい!」


 「でしょ?!」


 「ちょっと、真剣な話してんねんけど」


 マイが僕と明科をキッとにらんだ。2人してすみません……と肩をすくめる。


 「そりゃあ、知ってる子は知ってるかもしれへんけど、黒沢ってうまいこと印象操作してるやん? 2年生でも知らん子もいるし、ましてや1年生や3年生は知らんやろ」


 マイは口をとがらせる。


 「そうかなあ。でも、剣道部の女子の間では、黒沢の女遊びは有名やで」


 鈴鹿はサラッと恐ろしいことを言った。そうなんだ。マイや郡司以外にも被害者がいるのか?


 「派手に女遊びしていて、逆にそれがカッコいいみたいな捉えられ方をしてるやん? それって始末におえへんと思わへん?」


 明科が割って入る。


 「それや」


 鈴鹿が真顔で応えた。


 「それがカッコいいと思っている連中が、意外にたくさんいるというのが、問題やねん」


 僕は明科からもらったサンドウィッチを食べ終えた。行儀悪いなと思いつつ、指先についた卵をなめ取る。ふと目を上げると、鈴鹿と目が合った。


 「城山、ウチのおにぎりも食べる? さっきからめっちゃ見てるやろ?」


 鈴鹿は僕に向けて、弁当箱を差し出した。なんだ、気がついていたのか。


 「え、いいの?」


 「ええよ。代わりはいらんわ。ウチはまた部活が始まる前に食べるから」


 鈴鹿は弁当箱から最後の一つとなったおにぎりをつまみ出すと、僕に手渡した。ありがたく受け取って、ひと口で放り込む。噛み締めると、柔らかめに炊いた米の甘みが口いっぱいに広がって、思わずニヤリとした。


 「まあくん!」


 マイが僕の太ももをピシャリと叩く。


 「ンゴ! え、なに?」


 「真剣な話をしているときに、次から次へと人からお弁当、もらわんといて!」


 眉根を寄せて、怒っている。いや、そんなこと言われても。確かにもの欲しそうにはしたけど、こっちから積極的にくれと言ったわけじゃないし。


 「まあ、そういうことなら、剣道部からも発信しておくけど。黒沢は女遊びが激しくて、生徒会長になったらろくなことにはならんって」


 鈴鹿はデザートのリンゴを口に運びながら言った。


 「手芸部でもそっと広めておこうか。ねえ、マイちゃん」


 明科も最後の一切れを食べ終わる。


 マイは弁当箱を持ち上げて、二色ご飯をかきこんだ。最後の一粒まできれいに食べ終えて、トンと弁当箱を机に置く。


 「ありがとう。でも、なんか釈然としないなあ。あの郡司の言うことを聞いてやっているということが、なんか嫌やわ」


 またはあ〜とため息をつく。


 マイだけ、最後まで何もくれなかった。


 「なんで郡司とあんなに仲が悪いん?」


 すでに弁当箱を片付けた鈴鹿は、頬杖をついてマイに聞いた。


 「仲が悪いというほど、話をしたこともないんやけど。なんやろ。嫌いやねん」


 マイはナプキンで弁当箱を包みながら、ボソボソと言った。


 「マイちゃんが大変な時に、何食わぬ顔をして後釜にしれっとついたのが、気に食わないんとちゃうの?」


 僕がそうじゃないかと想像していたことを、明科がサラッと言ってのけた。


 「うーん……。まあ、それもあるけど」


 マイは後片付けの準備が終わった弁当箱を、まだ触っている。


 「〝軍団〟におった時、ライバルやったとか?」


 明科はアハッと笑った。軽く聞くなあ。僕ならとてもそんなふうに聞けない。もっと深刻になってしまう。


 「嫌な言い方するなあ」


 マイはジロッと明科をにらんだ。ただ、怒っているわけではなさそうだ。むしろ痛いところを突かれて、居心地の悪さを感じている。そんなふうに見えた。


 「ごめ〜ん。でも、そうかなって」


 明科は悪びれた様子もない。


 「まあ、もうウチは黒沢のことは、なんとも思ってないで。なんとも思ってない大前提での話やけど」


 マイは僕の方を困惑した顔でチラッと見た。言うべきか、はぐらかすべきか、迷っているような表情だ。


 「あいつ、ウチが黒沢と付き合っていた時に、黒沢と寝とったからね」


 「「ええっ!」」


 鈴鹿と明科が同時に声を上げた。


 「まあ、なんというか、その……。泥棒猫? ウチにとっては、そんな感じなんよ」


 なぜか恥ずかしそうに目を伏せた。


 「もう黒沢のことは本当になんとも思ってないのに、あいつを見るとホンマに腹が立つんよ。なんでやろ。せっかくまあくんと幸せにしているのに、ウチらの生活に図々しく踏み込んでくるからかなあ」


 そう言って、宙に目を彷徨わせる。


 「早く謝りたくて来てもらったのに、こんな話聞かせて、ごめん。不愉快だよね」


 マイは僕を横目で見ながら言った。


 「え、いや……。まあ、別にええよ」


 どう言えばいいのかわからなくて、なんとなく言葉を濁してしまった。僕にとってみれば、悪いのは郡司ではない。一番悪いのは、マイという彼女がいながら、郡司にも手を出していた黒沢ではないか。結局、黒沢が一番、悪いんだ。


 久々に僕の胸の奥に、黒い炎が燃え上がるのを感じた。

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