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コスパやタイパ『ライパ』をめざせ

 効率化の時代となりました。


 いかに安くできるか、いかに短時間でできるか、それらを追求してく言葉として『コスパ、タイパ』なんて言われる。


 ほかにもいろんな『〇〇パ』があるっぽいけどオッサンは不勉強なもので、ええ。まあこのふたつさえ覚えときゃいいかな? もし「〇〇パは覚えといたほうがいいよ」って方はコメントで教えていただければ幸い。


 ただねぇ、テレビやらネットやらで「〇〇はコスパいいから~」みたいな形で紹介されとるツールだったりスタイルだったりを見てると、まあなんというか「それはアカンやろ」みたいな感想を抱いたりする。こともある。知らんけど。


 なんだったっけなぁ、なんか『貧乏人はこうやってコスパを追求する!』みたいな番組があってね、そんなかで米が取り入れられててソッコーで「いやそれはないだろ」って感じた系。


 わたしワケあって節約生活してた身なんですけどね? マジでお金ナッシングでコスパを求めていくというのなら、たぶんおそらくパスタを選択すると思います。いやまあ、わたしゃド田舎暮らしなので都会や古今東西の物価状況知りませんが。


 業務用のヤツをドンと買って、それをちまちま食ってくだけでメタクソ安く過ごせる。もちろん材料燃料代も追求してくので茹でる工程もトコトン削る。どうやって?


 パスタをあらかじめ水につけとく。そうすっとふやけて柔らかくなり、茹で時間はんぶんくらいで済むようになる。レンチンでもすぐに温まる。まあ、ながーいパスタを収納する鍋が無かったのでイタリア人が目ぇ見開き罵詈雑言を浴びせてくるであろう"ポキン"してお皿に直接入れとくやり方だったけど。


 味付けなんてもちろんノンノンよ。ほんとうに食費を詰めたいならこのやり方が一番だと思う。米は高い、いや農家さんに適切な取り分が入ってくる約束があるならもっと高くすべきなんだろうけどね。


 スーパーだって夜の時間帯ならガッツリ割引されてる。あの店はなにが余って割引率はどんくらいだってのを覚えとくとさらに良し。これぞコスパってもんよな?


 キミもキミでいろんな『〇〇パ』を追求してるでしょう。すばらしい! その志を今後もぜひぜひ継続していけるよう応援してます。


 ただ昨今、それらに気を取られてイチバン大事な『〇〇パ』が蔑ろにされてるような気もするのです。それはいったいなにか? どうすれば良くなるのか? 今回はそんな話をしていきましょう。






:すべての〇〇パはなんのため?:


 コスパは対費用効果が高いこと。タイムパフォーマンスは時間効率が良いこと。それらの根本的な目的は本来かかりそうだった費用を抑えること。


 うんすばらしい。わたしそういうの好きです。じゃあもうちょっと深堀りしましょう。そのさらに根本的な目的はどこにあるのだろうか?


 100円かかるなにかを10円でできたとする。そうすっと90円ぶんオトクになって、つまり自分の手元に本来使われるはずだった90円が残ったということになる。


 で、コスパを気にする方は得てして『その90円でなにかをする』っていう野望をもってる。金額が大きくなれば旅行に行く費用になるかもしれないし、好きなアニメグッズでも友人や家族、もしくはひとりでパーっとやるためのマネーになるかもしれない。


 すべての節制はこの瞬間のため。そうでしょ?


 タイパを気にして1時間でやらなきゃいけないことを10分でできた。つまり50分をなにかの時間として確保できる。


 なにする?


 これらはすべて『自分がしたいこと』が最終目的になるはず。わたしはこれを『ライフパフォーマンス』と勝手に命名しました。国のキャンペーンで別の意味に使われてっけどわっちはこの使い方をするのだ。


 すべては『自分の人生ライフ』をより追求するため。そのためにコスパを気にしてタイパを気にして、いろいろ極限までがんばって確保したリソースを、すべて自分の人生の充実化に注ぎ込む。


 だからこそのライパ。ただただ流行りだからやってるじゃつまんないし意味がないしやりがいもない。その先になにがあるか妄想したほうが興奮するに決まってるだろ!


 社会にはいろんな話題があって流行があって娯楽がある。ぜーんぶ楽しく生きていくために利用する。それが最も賢い生き方なんだろう。それができる人を尊敬するし、うらやましく思うし、そうありたいと願う。


 キミの人生はキミのためにあるんだから。






:よりよい人生ってなんだろう?:


 幸せとは主観的なもの。ただし社会のなかでは一定の法則がある。


 経済力、住居環境、交友、心身の状況……それらの中でひとは「わたしはしあわせだ」と感じる。


 その瞬間がある。瞬間が連続して実感となり、伝播していく。幸せな瞬間を積み重ねてこそ、人のウェルビーイングは向上する。


 客観的なデータで幸せを推し量ることもできる。国際連合WHOが行う幸福度調査ではこんなデータを用いる。


① 社会的支援

② ひとりあたりの国民総生産GDP

③ 健康寿命

④ 選択肢の自由

⑤ 寛容さ

⑥ 腐敗の有無


 ふわっとした指標よね。①はじぶんの"仲間"がいるかどうか。②はそのまんま。③は寿命じゃなく健康的な。寝たきりとかじゃなくしっかり生活できる健康的な寿命。


 ④は奴隷に生まれたら最後まで奴隷とかじゃなく、どんな職業にもなれたりあっちこっち旅行したりゲームしたりなんだったりできること。⑤は慈善団体に寄付してるとか社会貢献活動してるか。⑥は政治的、社会的、あるいは身近な関係の間でいろいろ・・・・あるかどうか。


 ちなみに2022~2024年までの平均幸福度スコアはフィンランドが1位、日本は55位だった。147か国中だから、まあそこそこなんじゃない? ちなみに最下位はアフガニスタンね。


 まあ、これはWHOが調査した結果ということでひとつ。この調査が完全に正しいとは限らないし間違いとも限らない。


 いちおう、主観的 & 客観的しあわせの指標としてこれらが考えられてる。ちなみに日本は健康寿命がトップで、寛容性が最下位レベルだそうです。みんなもっと寄付しよ?






:幸か不幸か? ゼロヒャク理論:


 キミは何をしてるときに"しあわせ"を感じられる? どんな瞬間にライパが最高潮に達したと感じられるかな?


 そういった感情は脳のあれこれ。キミが感じてる幸福は、その程度の差こそあれど「しあわせだ」と感じる信号があった証拠。


 その逆に「ふこうだ」と感じる信号もある。そういったジェットコースターを毎日経験してると、そのうち『幸か不幸か』の2択しか考えられなくなってしまう時がある。


 それは罠。世の中には幸せか不幸せしかない、という考え方は罠。言うなれば、野球においてホームランか三振かの2択しか考えてないのと同じ。


 コスパ、タイパ、それらにつながる幸せを追求するのはすばらしい。けど、幸せに目が行き過ぎた結果、日常の"ふつう"を感じられなくなってしまうのはもったいない。


 もっと日常すべてを感じ取ってみましょう。そうすると、日常がわりと幸せレベル1とかレベル3くらいだったりすることに気づく。


 もちろん、不幸せレベル1もあるかもしれない。レベル8とかもあるかもしんない。


 けど、キミの傍にはたくさんのカケラ・・・がある。それをギュッと抱きしめて、実感してください。


 キミの人生に幸あれ!

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