リリムの言葉で、俺は男達の馬車を拝借し、子供達について行く事にした。
もしかしたら近くの村や集落で、物資などを補給出来るかも知れないからだ。
しかし道中───俺はささやかながら、馬車を運転しているリリムに疑問を尋ねる。
「なあリリム。この馬車を引っ張っている動物。どう見ても馬だよな?」
「はい。あれは97%の確率で、哺乳綱奇蹄目ウマ科ウマ属に分類される生物かと思われます」
……少なくとも俺達の世界と同じ『馬』がいる世界なのか…。
「…リリムがこの世界について、何か知っている事なんてないよな?」
「何故かリリムの脳内には、この世界のデータが流れ込んできています」
「…はあ?」
ちょっと待て。リリムにデータが…?
この世界には電子ネットワーク文明があるのか?
「まず我々の世界とこの異世界には時間の概念は同じです。しかし一日の時間は32時間です。注意して下さい」
「なるほど。ただ朝・昼・夜と分けている部分は同じなのか?」
「その通りです。大気成分の構成も全く変わりません。さらに…」
ここまで言いかけてリリムは黙り、少々険しい表情になる。
「敵です、エイジ。武装しておりこの子達の脅威となり得ます」
やれやれ。
「リリムはその子達を守っててくれ」
俺は馬車から飛び降りた。
目の前に立っているのは、子供くらいの背の、短剣や手斧を持った緑色の皮膚の、耳が尖り牙も見える生物だ。
明らかに人間ではない。そして俺達に対して敵意を剥き出しにしているのが分かる。
「ファンタジー小説やゲームに出てくる、ゴブリンというモンスターです。単体の戦闘能力は高くありませんが、群れで行動する場合が多く、集団戦闘を仕掛けてくる場合がほとんどです」
「なるほど」
俺は目の前の小鬼をどう処理するかを考える。
「ギギギ…。殺シテヤルゾ人間…」
リリムはこの子供達を守っていて動けないし、殴るだけでは殺しかねない。かといって手加減出来るほど俺の腕前に自信がある訳でもない。
ならば───!
俺は右腕を大きく振りかぶる。
「ほあたぁ!」
俺の
リリムのような細かい分析能力はない。しかし彼女に“データ”があるように、俺にも蓄積された“データ”がある。それは───
「ゴギャ!?」
そう、俺はアイランドにいた時、実戦訓練と称して熊や虎とも戦わせられた人間だ。脱走してからも世界中でアイランドの刺客と、文字通りの殺し合いをしてきた。
俺はこの異世界で最初に出会ったゴブリン達と、格闘戦を繰り広げる。だが敵は小柄でスピードもあるとはいえ、俺の比ではない。さっきの兵士共同様、すべてスローモーションに感じる。
「グギャア!」
「はあっ!」
俺の右脚での横蹴りで顔面を捉える。そしてそのまま地面に叩きつけた。
「ギ……ギ……」
「エイジ、生命反応はどんどん低下しています」
「じゃあほっておいても大丈夫だろう。時間が惜しい、先に進もう」
俺が馬車に戻ると、リリムが子供達に撫でられていた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃんは?」
「大丈夫だ。この通りなんでもない」
「安心して下さい。その男は滅多な事では死にません」
リリムの冗談か本気か分からない言葉にも慣れたものだ。俺は馬車に乗り込むと、そのまま進むよう指示した。
それから1時間後くらいか───
子供達によると村はもう目と鼻の先らしい。
「お兄ちゃん、、お姉ちゃん、ありがとう!」
10人中9人が無邪気に感謝の言葉を口にし、一番年長らしい少女は俺の右手を握りながら礼を言ってきた。
「本当にありがとうございます」
「ああ。すまん。ついでにこの村の一番偉い人に会わせてくれないか? この世界について色々聞きたい事があってね」
俺がそう言うと、子供達は全員キョトンした顔をする。
先ほどの人さらい兵士。ゴブリンとかいう化け物。それにあの兵士共は俺を「女神に召喚された勇者」と言っていた。
アイランドが罠でこんな大仕掛けをするとは思えないし、どう考えてもここは俺がいた世界ではない。
「そこで待っててお兄ちゃん!」
女の子が一人、元気よく走りだす。
そして───俺は彼女の後を付いて歩く。
「なあリリム……言っちゃ悪いが、俺はこんな世界に留まっているつもりはない」
隣を歩いているリリムにこっそり話しかけた。
「それは理解していますエイジ。あなたがアイランドを脱走したのはルーツを探す為というのを……。私も女神などという荒唐無稽な存在など認めません」
「だよな」
俺の返答にリリムは当然と言わんばかりの返事をする。
「ところでエイジ。先ほど言いそびれてましたが…」
「どうした?」
「その……。あなた、10歳以上若返っています」
…………はあっ!?