「ありがとうございます、エイジ様」
村長は深々と頭を下げた。
「じゃあ早速だが村長さん。先ほどの条件を言っていいか?」
「はい、どうぞ…」
村長は少々真剣だ。
「この村に留まっている間、俺とリリムに食料と寝床を用意してほしい。それだけだ。食材さえあればリリムが料理してくれる」
「分かりました。丁度近くに空き家があります。手の空いている者にすぐに掃除させますので……」
村長は立ち上がり、手招きをするように俺とリリムについてくるように促した。
「あ、村長。その前に鏡はあるかい?」
この世界に鏡があるかは疑問だが、あるなら自分の姿を見ておきたい。
「はい。ご用意出来ます」
なるほど。鏡はあるのか。文化レベルは俺の世界でいう19世紀くらいまではあるとみていいな。
「リリムもエイジの容姿を自分で確認すべきと判断します」
鏡を覗いた俺は、リリムが『かなり若くなっている』という言葉に納得した。顔は18歳前後だろうか?
ただ安心したのは体つきも細身ながら、筋肉質はあまり落ちていないのが確認出来る。
「エイジ。あなたの今の身長は175cmです」
「ああ。以前計った時は182だった。縮んでるな」
「先ほどの戦闘からリリムの分析では、あなたの身体能力は衰えていません。筋肉は多少のトレーニングですぐに回復出来ます」
あの子供達が俺を「お兄ちゃん」と呼んでいたのはお世辞ではなかったのか。しかし肉体が18歳の時にまで若返ったのは何故だ……?
こちらの世界に来た影響か?
「あの……」
村長が俺に話しかけてきたので、俺はリリムとの会話を一旦中断する。
「ん? どうした村長さん?」
「宿の掃除が完了したようです」
俺は村長の後ろを付いていく。そして一軒家に到着した。
「ここです」
「ありがとう、村長さん。しばしの間よろしくな」
リリムが家の扉を開ける。リリムは掃除の度合いが不満なのか『リリムが掃除し直します』と言って家の奥へ入っていった。
俺はとりあえず椅子に腰をかける。
「さて……」
ここが本当に異世界なのはもう間違いない。正直半信半疑な俺だったが、さすがに認めざるを得ない。
「……逆にいえば。ここでアイランドの追手を気にする必要はない。風呂にでも入って寝るか…」
「エイジ。リリムはエイジのあとで結構です」
「ああ、そうか」
リリムが奥から戻ってきたので俺は立ち上がり風呂場へ向かう。
「……しかし、本当に異世界に来ちまうとはな……」
服を脱ぎ、浴室へ入る俺。俺もリリム同様風呂は「頭と体を綺麗にする場所」という認識しかない。長々と浸かる主義はない。
浴室の隅にあった白い物体。少し透明だが、これ石鹸か?
「ふう……」
体や頭に石鹸をつけ、それをお湯で流しながら考える。
暫くこの村に滞在しながら、何とか元の世界に戻る方法を考えなくちゃな…。
俺とリリムは寝室のベッドですぐに眠りこけた。
◇◆◇◆◇◆◇
───誰かいる。
殺気は感じないが、俺に気取られず寝室に忍び込んでくるとは只者ではない。
「………誰だ?」
「初めましてエイジ。私は女神マーヤ。
……女神だと?
ひょっとして勇者候補と称して元の世界から人間を召喚しまくっているのは、この女か?
俺はゆっくりと首を傾ける。声の主は確かにオーラのような後光がさし、神を名乗るにふさわしい衣を纏ってはいるが、何か違和感を覚えた。
そう。おかっぱというかボブカット気味の髪の色は黒。そして俺と同じく、目も黒いのだ。
「随分和風な神様だな。金髪に天使の輪でもつけてると思ったが」
そう尋ねると、女神マーヤは微笑んだ。
「でしょうね。私も貴方と同じ世界からきた日本人ですから」
はぁ!?
「なら何故だ? 何が目的で俺とリリムをこの世界に呼んだ……?」
「それは……エイジ。貴方に一つ頼まれてほしいのです」
「あんたが俺を何を頼むんだ? 魔王かドラゴンでも倒してくれっていうのか?」
女神マーヤは微笑む。
「いいえ……。打倒してほしいのは私の姉である女神サーラと、勇者達です」
「なに……?」
おいおい、女神ってのは何人もいるのか? というか何だその想定外の回答は……。