「サーラは私と違って、ゲーム感覚で人間や物を召喚するんです。牛や馬も召喚したり、ある時は工業都市を丸々一つ召喚した事もありました」
「……その部分だけで、あんたの姉さんのイカレぶりが分かるな」
この世界に馬や牛がいる事に納得した。そして俺が共感した事で、マーヤ様とやらは少し安心したらしい。先ほどとは違い、明らかに微笑みが自然だ。
「ええ。エイジは理解が早くて助かります。私の本名は
マジかよ……。
「姉は子供のころから、他人が困っているのを見て喜ぶ性格でした。私の神力が弱まったと分かるや、今のような凶行に走ったのです……」
なるほど、それで俺をこの世界に呼んだのか。
「……それで。エイジとリリムには、相応の見返りはあるのでしょうね?」
隣で寝息を立てていたはずのリリムが、いつの間にか目覚めていた。
「それは勿論。元の世界に戻し、
なるほど。さすが400年も女神やってるだけはある。俺にとっては最大の交渉カードを切ってきた。
「……摩耶さん。ただ神堂沙羅…人を別の次元、異世界に召喚するような女を、俺にどうにか出来るのかい?」
「大丈夫です。私の神力はもう衰えましたが、私も、そして姉も、元々は人間です。頭や心臓に致命傷を受ければさすがに生きていられません」
「そうかい。俺がアイランドを脱走した理由も知っているなら、交渉は成立だ。その取引、受けるぜ」
「エイジ。まだ話は終わってません」
リリムが俺に話しかけてきたので、首を傾ける俺。
「どうした? リリム」
「女神マーヤ。一つ聞きたい事があります」
リリムが口を開くと、今まで微笑んでいた女神マーヤの表情が変わった。
「……なんでしょう?」
「女神マーヤ。あなたはこの
俺は目を丸くした。そういやそうだ! 他に異世界から人間を召喚しているのは女神サーラだという事しか聞いていない。
「……先ほどもいったように。姉は最初は私に意見出来ませんでした。私の方が神の力はずっと上だったので。この世界に時間や距離の概念や文明をもたらしたのも私なのです」
なるほど。メートル法とか時間の概念も、この人が教えたのか。
「しかしあんたの力が衰えてしまった、と」
「はい。そして異世界から人間を召喚しては、悪行に利用し、次々と召喚しては使い捨てていたのです。つい最近も進学校の生徒をクラスごと、工業高校の愚連隊…今でいう半グレグループ、といえば分かりやすいでしょうか。そういった不良グループも丸ごと召喚しました。
当然彼らも勇者の力で、この世界で好き勝手始めています」
いや、進学校は分かるけど。どういう理由で半グレ不良グループなんて呼ぶんだ…。ああ、サイコパスだからか。
「そうですか……。ではマーヤ。もう一つ確認したい事があります」
リリムもマーヤに提案があるようだ。
『サーラはあなたの姉、肉親ですよね? 生物学的な意味での生命活動を止める事になりますがよろしいですか?』
言いたい事は良く分かる。俺もリリムもそんな女を相手に、手加減出来るタマじゃない。
「…覚悟しています。そのために貴方達を呼んだのです」
「分かりました。ではリリムもあなたの要求を受け入れましょう」
「ありがとうございます…」
とは言ってもだ。そのサーラの居場所が分からないのでは話にならない。
「摩耶さん。肝心のサーラはどこにいるんだ? 元が人間なら天界に住んでるとかじゃないんだろう?」
「はい。姉はこの世界のどこか……大陸のどこかにいます」
…不覚にも俺はずっこけそうになった。
「ちょっと待ってくれ。ひょっとして俺らに『自分らで探してくれ』とでも?」
「申し訳ありません。しかし私が姉の思念を追おうとすれば、姉もそれを探知して即移動するようです」
言われてみればその通りだ。サーチに対する逆サーチみたいなものか。
「分かった。ただし最低半年は時間をくれよ? あんたがサーラの居場所を知らないのなら当然だろう」
「勿論です。それとエイジ。貴方に力を授けましょう」
「……いや、別にいらんけど」
ぶっちゃけこの世界の連中なら、ハンデつけて片手だけ使って倒せと言ってもやれる自信はある。
「エイジ。もらっておきましょう。役に立つ能力ならあるに越した事はありません」
「……あいよ。じゃあ頼むぜ」
摩耶さんが俺の額に手をかざすと、俺の体が光り出した。
「これは……?」
「超粒子加速。貴方達の世界でいうアクセラレートと言えば分かりやすいでしょうか」
「ああ、分かるぜ。今世界中の物理学者が光速に近づこうと、躍起になっているな」
「念じたら数秒間だけですが、貴方の体は光速に近い速さになります」
なるほどな……。しかし俺は少し不安だった。
「なあ摩耶さんよ」
「なんでしょう?」
「確かに凄い能力だが、どうすれば発動するんだ? 呪文がいるのか? まさか“動け”だけじゃないよな?」
「いえ。本当に念じるだけで構いません。但し最初は訓練がいるかもしれませんが」
……要するに訓練してくれ、って事か。
「エイジ。どの道サーラを打倒しなければ元の世界に戻れないのです。選択の余地はないようです」
AIであるリリムも、摩耶さんに協力するのが近道を考えてるのか。
「分かったよ。但しちゃんと約束は守ってもらうぜ? サーラをブッ倒したら、必ず元の世界に帰してくれよ」
「勿論です」
摩耶さんも頷いた。よし、じゃあ早速この能力を試してみるか。
「お願いします…どうか姉を…」
それだけ言い残すと、マーヤ、いや、神堂摩耶は。ホログラムのように消えていった。