しかし俺は少し驚いた。このブルーホース・ハイロードという男はかなり気丈な男なのだろう。
無理に笑顔を作っているのが分かる。それとも、俺らに心配をさせまいと思っているのだろうか。
「ああ、初めまして……。ところで君らはミアが連れてきたそうだが、一体どういうご関係なのかな?」
「お父様。わたくしは彼らが信頼に値する人物と思っています。ルソン村のラズ・グリフィル村長も同じ意見でした」
「ふむ……。分かった。どうかね君達? いつまでも村の空き家に住んでいる訳にもいかんだろう。この館に住んではどうかね?」
ハイロード伯爵はさも当然、といった風にといった風に提案してくるが……。
「……実は俺とリリムはある目的があり…」
「いや、構わんよ。何も『ずっといてくれ』と言っている訳じゃない」
「どういう事ですか?」
俺が質問すると、伯爵は真剣な顔になる。
「ミアから聞いているとは思うが、この国では辺境で起こる問題に対処する為の人員が不足していてな……。そんな時にミアが君達を連れてきたという訳だ」
リリムが俺の脇腹を肘で突く。
「ハイロード・ブルーホース伯爵は嘘をついていません」
俺は少し考えた。
「なるほど。つまりミア…さんのように伯爵も、俺達に警備隊に入れ、と」
「……ああ。なんなら君達の後見人には私がなってもいい。如何かな?」
これは悪い話ではない。何も知らないこの世界、後ろ盾は少しでも多い方がいいだろう。
「リリムも賛成です」
「分かりました。伯爵の提案を受けさせていただきます」
俺とリリムの一言に、伯爵は嬉しそうだ。
「ありがとう! 本当に助かるよ……ゴホ、ゴホ…ッ」
「!?」
やはり伯爵はあまり容態がよろしくないようだ。
「お父様、やはり寝ていなくては……」
「ああ……。すまないミア。書庫で探し物を頼まれてくれないか? その間にこれからの事を、彼らと話しておきたいんだ」
伯爵がそう言うと、ミアは心配そうな顔をしながらも
「分かりましたお父様。ではわたくしはこれで失礼します」
「ありがとう、ミア」
ハイロード伯爵に一礼して、ミアは退室する。そして俺とリリム、伯爵だけが部屋に残されたのだった。
「さて、エイジくんと言ったね。君も私と同じ世界から来たようだね?」
「………ええ。確かに俺は、この異世界とは違う世界から来た人間です」
他の世界から勇者と呼ばれる者が召喚されるのは村長も村人達も、ミアも知っている。
なんならバイレーン帝国の兵士もだ。ただ、それが俺の住んでいた世界と同じ世界に来た、とは限らないが。
しかし伯爵は、俺とリリムが
「……疑問のようだね。私の本名は
「に、日本人!?」
「ああ。まあ、戸籍上は既に死亡扱いだろうがね」
リリムが補足説明をしてくれる。
「高道青馬氏の死亡届は受理されていました」
「……しかし。伯爵も日本人だったとはな……」
「私も驚いたよ……。まさかこの異世界に私と同じ境遇の人間がいたとはね」
俺は少し考える。どうも青馬さんの歯に物を詰めたような言い方が気になるのだ。
「伯爵、いや青馬さんか。あんた、何か隠してないか?」
「……隠しちゃいないよ。ただ君たちとは違い、私を召喚した女神の期待に応える事は出来なかった。ここでもう30年になる」
驚くべき伯爵、いや青馬さんのカミングアウトだ。まさか日本人がここに来ていたとは。
「青馬さん。あなたは私たちの世界からこの世界に召喚する人物をご存じなのですね?」
「ああ。この世界を統べる女神サーラ。私の意志に関係なく召喚された。この世界で勇者をやってくれ、とね」
「女神サーラ…」
これは貴重な情報だ。少なくとも青馬さんも、サーラの本性を知らないという事なのだから。
「しかし私はサーラの望む結果を得られず、髪を染めブルーホース・ハイロードを名乗り、必死に成り上がったという訳さ…」
「その女神は何を企んでいるのですか?」
リリムが敢えてカマをかけてみる。
「……分からない。彼女は『この世界を平和にしたい』そうだが、現実はバイレーン帝国のような軍事国家が出来たりと、混沌に陥っている」
「ふーん…。世界を平和にしたいって割には、結果が伴ってないんだな女神サーラのやる事は…」
間違いない。女神マーヤこと神堂摩耶からの情報通りだ。サーラはこの世界を玩具にしているだけだ。
「バイレーン帝国はサーラを特に信奉しているようです」
「そうか……。まあ、戻れなくなった私は、この異世界で生き続ける事を選んだという訳さ」
「何故だ? 青馬さんは元の世界に帰りたくはないのか?」
俺が質問すると青馬さんは首を横に振る。
「……先ほども言ったろう。私は女神サーラの期待に応えられなかった、と。それに向こうの世界の妻と娘は、とっくに死んだそうだ」
「!?」
その女神サーラとやらから聞いたのか?
いや、そもそも「あなたの妻と娘はもう死んでます」とか告げるか普通?
『姉は他人が困っている姿を見るのが好きな異常者です』
摩耶さんの台詞を思い出した。どうやら生粋のサイコパスみたいだな、サーラは。
「今はこの世界の娘のミアだけさ、私の家族は…ゴホ、ゴホ…」
「青馬さん!」
咳き込む伯爵に、俺は思わず近寄る。
「青馬さんの病状はかなり進行しているようです。私たちの世界でいうCOPD…慢性閉塞性肺疾患に酷似した病状です」
「薬はないのか? 青馬さん?」
「残念ながら。魔法薬はバイレーンが独占してるんでね……ゴホ、ゴホ……。この国がバイレーンの拉致・誘拐に強く出れないのは、それもあるのさ…」
くそ、薬がいれば治せるかも知れんというのに……! いや待てよ? バイレーンにある?
「青馬さん。バイレーン帝国に、魔法薬があるんだな?ついでにまだ子供達もたくさん誘拐されたままなんだな?」
「……ああ。だがそれは……」
「……エイジ。まさか」
リリムが俺を止めようとする。しかし俺には考えがあった。
「青馬さん。俺に任せてくれないか」
感情がないはずのリリムが、呆れたような表情を浮かべたように見えたのは気のせいか。
「幼児誘拐という言葉に人一倍敏感なあなたに、これ以上言っても無駄でしょうから、リリムは何も言いません」
「その通りだリリム、俺はやる。幼児誘拐なんて平気でする国に慈悲はない」
またリリムには迷惑をかけるだろうが、俺は引き下がる訳にはいかないのだ。
「エイジの決めた事です。あなたに従いましょう」
リリムは諦めたように溜息をついたのだった。
「……しかし、本当にやるのかね?」
青馬さんが確認するように言う。当然だろう?
「ああ、やってやりますよ。今夜にでも出発する予定です」
「エイジが行くならリリムがついていきます」
「ありがとう、リリム」
そう言うと俺は青馬さんを見て言う。
「それじゃあ早速準備にかかります、青馬さん」
「ああ……気をつけてなエイジくん……」
リリムが敬礼をしたので、俺も敬礼をして部屋を出る。