途中で馬を止める。
「ミア、ここで間違いはないよな?」
「ええ。地図によると国境ですわ。この壁の向こうはバイレーン帝国の領土となります」
俺はふーん、と呟き国境の壁を見やる。
バイレーン帝国は、俺が前にいた世界で例えると弱小国を挟んでいる国だ。差し詰めアンデルシアは中国とロシアとアメリカに囲まれてる感じか。
「……監視はないようだな」
「そうですね。……でも、油断は禁物です」
しかしリリムはそういうものの、電子機器のない国境など容易いものである。
こんな世界である以上魔法による検知もありそうだが、どうやらそれも杞憂だったようだ。
児童を誘拐し、監禁する収容所も国境の近くらしい。歩かなくて助かる。
リリムの案内で俺は、その収容所に忍び込む事にした。
「どうやって侵入する?」
「見取り図によるとこの収容所は看守達の住む別館と、収容所の本館とに分かれているようです。それとリリムは見取り図は完全に記憶しました。ミア、地図はお返しします」
敷地内の見取り図を把握したリリムが、それを一緒に来たミアに返しながら言った。さすが人工知能、こういう判断は早いな……。
「じゃあ行くぞリリム。ミアたちはここで待っててくれ」
「ええ、気を付けてね」
馬車できたミア達を残し、俺たちは国境の壁をジャンプで飛び越える。着地すると当然ながら、バイレーン帝国領内だ。
しかし警備兵も見張りもいないとは不用心な。いや、ある意味好都合か?
「エイジ。まずは別館の看守を始末するのがいいと思います」
リリムの提案に俺も同意する。本館からいきなり入っていくと騒ぎになってしまうだろう。
「じゃあ早速だが……」
「ストップエイジ!」
俺が本館に行こうとすると、リリムが俺の肩を掴んだ。
「……どうした?」
「エイジは武器も持たずにどうするつもりですか? まさか素手で殴り込むつもりじゃないですよね?」
「武器は持ちたきゃリリムだけ持ってろ。やっぱり俺は素手でいい」
「エイジ、それはダメです。ここはリリムの言う通りにしてください」
リリムが俺を制止する。だが……。
「分かった分かった。じゃあ念の為これを持っていくよ」
俺はそう言うと懐からグロック17を見せる。勿論爆発して異世界に飛ぶことになった
「……エイジ……」
呆れた様子で俺を見るリリムをスルーし、俺は別館に向かう。
リリムも「はぁ……」と溜息を吐くと本館に向かっていった。
◇◆◇◆◇◆◇
「ごあぁっ!?」
別館の看守をあっという間にリリムが無力化し、俺は児童のいる部屋まで来た。おい、看守死んでないだろうな…?
「大丈夫か皆? 俺らは怪しいもんじゃない。君たちを助けに来た!」
俺が部屋に入ると、そこには子供たちがいた。それにしてもこの収容所、衛生的とはいえんな。
アイランドですらもっとマシだったが。
「エイジ、ここら辺一体全て子供たちの収容所です」
「よし、全部救い出すぞ」
リリムの報告に俺はそう答える。
「ですがこの収容所は広大です。それに子供たちの人数も多い」
「……分かってる。でも子供は一人残らず連れて帰るぞ。この数はもうルソン村だけの話ではあるまい」
「そうですね。では引き続き、救出作業をしましょう」
リリムはそう言うと部屋から出て行く。
「おいリリム! 単独行動は……」
俺がそう言いかけた時には、リリムの姿はもう無かった。
「やれやれ行っちまった。んじゃ、俺はここのエライ奴の面でも拝みにいくか」
リリムが向かったのは本館。俺は別館を順繰りに回る事にした。
「おい! 貴様何者だ!? ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
リリムと別れ、児童がいる部屋を全部回った後、本館に入ると早速警備兵に呼び止められる。
しかし……。
「……ん? どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
俺がそう返すと警備兵は顔を真っ赤にした。
「き、貴様! さてはラミサル王国の間者か!? 侵入者だ捕まえろ!」
警備兵が叫ぶと、俺はたちまち囲まれる。やれやれ……。
「な? だから言っただろリリム。ここは別々に分かれて行動しよう、って」
「大丈夫ですエイジ。ミア達が子供を全員連れ出しました。ここからはリリムも加勢しましょう」
リリムはそう言うと懐からグロック17を取り出す。
そしてそのまま発砲したのだった。
「え? ちょ、ちょっとリリム!?」
俺は慌ててグロック17の発砲をやめるように言う。だがリリムはというと、銃口から立ちのぼる硝煙を無表情で見つつ言う。
「大丈夫ですエイジ。死体はちゃんと処理します」
リリムは俺の制止も聞かずに警備兵を次々と射殺していく。おいおい!
「おいリリム! やめろ! もういいから大将首を探そうぜ!」
「エイジ。リリムは子供達の安全確保のため、警備兵を全員始末します」
「な……!」
リリムのその言葉に俺は絶句する。
「お、おい……冗談だろ……?」
だが俺の言葉も聞かず、リリムはグロック17を乱射し出した!
「……あ……」
リリムが発砲した弾が、警備兵の頭を直撃した。
まるで「やってしまった……」とでも言いたげな表情で俺を見るリリム。
「お、おい……リリム……?」
「し、仕方ないのです。これは子供達の安全のためです」
いや……それは分かるけどよ……。
「総員に次ぐ! 本館に侵入者だ!」
リリムの発砲音で異変に気付いたのか、別館から本館に移動すると警備兵や役人が騒ぎだす。
「エイジ、リリムは子供たちの安全のため、この収容所の首謀者を始末しに行きます」
「ダメだ!」
俺はリリムの腕を掴んで止める。
「……何故ですか?」
リリムは無表情だが少し不満そうな目で俺を見る。
「ここにはドンパチやりに来たんじゃない。リリムの最優先は子供らを全員連れ帰るのを優先だ」
「エイジ、リリムは子供の安全確保が第一です」
それで首謀者を始末するとか言ってたのか。おいおい……。
「……その通りだ。子供らを危険に晒すのが目的じゃないだろ? リリムなら分かってくれるよな?」
「分かりました。ではリリムはミアと一緒に子供達を連れて行きます」
「ああ、頼んだ」
ようやくリリムも納得してくれたようだ。
「よし、じゃあミア達と先に戻っててくれ。収容所のエライ人とは俺が話をする」