「バイレーンが…。でも、そう言われると確かに半年前からおかしくなったフシはあります」
死体の後片付けをする警備隊を指揮しながら、ミアは納得の表情を浮かべる。
「そうよね……。あの収容所にしても、急にこんな事をするなんて不自然でしたわ」
「問題は連中がなんの人体実験をしていたか、だ」
警備隊や村人に、俺は尋ねた。だが……。
「い、いえ。我々は子供たちから何も聞かされてはおりません」
警備隊の隊員達の答えが返ってきた。まあ当然か……。バイレーン帝国の兵士達も知らなかったのだから。
しかしそうなると、ますます謎が深まるばかりだな。
するとリリムが俺に話しかけてきた。
「エイジ! ハイロード伯爵がお話があるそうです」
青馬さんが? 説教ではないだろうが。リリムに直接頼むとは何か急な用なのかな。
「分かった。すぐに向かう」
俺は村人達に一礼してその場を立ち去ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「すまないねエイジくん。ゴホ、ゴホ…」
「いえ。それより用というのは?」
俺は青馬さんの自室に招かれていた。彼の部屋にはメイドが2人待機しており、青馬さんは元の世界では病気の人に使う上体を起こせるベッドに横になっていた。
「エイジくんに頼もうと思っていた事なのだがね……ゴホ! ゴホ!」
どうやらかなり病状が悪いみたいだな……。このまま喋らせるワケにもいかないか。
「お気になさらず。まずは休んでください」
俺の言葉を聞いて安心したのか、青馬さんは体を起こそうとするのを止める。
「御覧の通りだエイジくん。せっかくポーションを持ってきてくれたが、私の症状は思ったより進んでいるようだ…」
「みたいですね…」
「そこでだ、エイジくん…。私がまだ生きているうちに、ハイロード家の家督をキミに譲ろうと思う」
「家督!?」
いきなりの申し出に驚いた。確かに俺はハイロード家のお世話になったが、ポーションを青馬さんに届けただけだぞ? それに……。
「お気持ちは嬉しいのですが……。俺にはリリムという仲間がおりますので……」
ここは丁重にお断りしておこうと思った。しかし……。
「その事なのだがねエイジくん」
……一体なんだろう?
「どうだろう? リリムさんもメイドという形でハイロード家に雇い入れては…」
「は?」
俺は耳を疑った。リリムをメイドとして雇う? 一体どういう意味だ?
「理解は出来ないだろうが…。キミもリリムも、苗字無しの根無し草のでこの世界で過ごすのかね? ここは江戸時代の日本と一緒だ。姓のない者は卑しき身分として扱われるぞ?」
…摩耶さんも、こういうことは最初から教えてほしいもんだな。
「分かりました。リリムには俺から話しておきます。但し…」
俺は青馬さんの前にしゃがんで、その手を握った。
「俺はいつ元の世界に戻るか分かりません……。あなたも必ず治してください」
今度は俺が頼み込んだ。やはり彼は俺にとって掛け替えのない恩人だ。助からないにしても、何かして一日でも寿命を延ばしてあげたいのが俺の気持ちだ。しかし……。
「すまぬエイジくん……。ゴホ! ゲホッ!!」
咳き込む青馬さんを見て、見てられず俺は立ち上がった。
「こちらこそすいません……。では失礼します」
もうこれ以上の話は無理だ。俺は青馬さんに一礼して、彼の部屋を出た。
◇◆◇◆◇◆◇
「あらエイジ? お父様とのお話は終わったの?」
廊下にはミアと、メイド服に着替えたリリムが部屋の前で待っていた。
「ああ……終わったよ」
俺は短くそう答えただけだった。話すと長くなりそうなので、今は用件だけ言おう。
「ミア、聞いてほしい……」
「はい、なんでしょう?」
ミアは素直に俺の話を聞く。俺は青馬さんからハイロード家の家督を継いでもらえないか、打診した事を告げた。
「あら! それは良いですね!」
しかしミアの反応は予想と違っていた。てっきり彼女は反対するかと思ったのだが……。
「あ、ああ……。それでミアはどうしたい? ここに残るか?」
俺は彼女の意向も聞いた。彼女は一瞬顔を曇らせるが、すぐに笑顔になって答えた。
「わたくしが出ていく理由なんてありませんわ。わたくしはエイジについていきます」
何か照れくさくなるようなセリフを、真剣に語るミア。まあミアは問題ないって事か。
そうなるとリリムだな。
「じゃあ……」
と切り出した俺に、リリムは頷いた。
「はい。リリムはハイロード家のメイドになります」
よし、これで決まりだな。もう少しして青馬さんの体調が戻ったら、家督を継ぐことを伝えるか……。
こうして俺は本日より『エイジ・ハイロード』になる事に決まった。