「行こうミア、リリム。勇者に対する対策と、これからの行動も話し合いたい」
「そ、そんな……!?」
バイアーノが焦りだす。しかし今度はミアの冷淡な声がそれを遮った。
「分かりました。それではエイジとリリムには及びませんが、わたくしも尽力いたします」
「おい! 俺にも分かるように説明しろ!」
「エイジ。気にすることはありません」
「分かっている」
俺はミアを見るが、その表情には嫌悪感しか浮かんでいない。
……まあ、そうだよな。
バイアーノの年齢はずっと上。下手したら20代後半といった所だろう。
ミアも17歳とまだ若いし、金欲しさに年上と結婚するタイプではない。
それでもミアを見下せる格があるのだ。こいつも貴族か、それに準ずる出身なのだろう。
「とにかくアレックス。陛下の勅命というのなら、お父様に話を持っていきます。異論はありませんね?」
バイアーノはミアにそう言われると、苦々しげに舌打ちした。
「分かったよ。だが陛下の勅命が下れば、必ず従ってもらうからな」
「ええ。それではエイジ、リリム、行きましょう」
「あ、ああ……」
(このバイアーノって男……)
俺は馬車に乗り込む時に見たバイアーノの表情を見逃さなかった。
『今に見てろよ』
そんな顔をしていたのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
サーラとマーヤを祀った
この中の秘密の部屋の中にある、巨大な遺跡のようなスーパーコンピューター。
空中に浮かんだホログラムパネルで、エイジとリリムの動向を覗き見ているものがいた。
マーヤである。
「この世界に来てから5日で勇者をすでに3人も…信じられません」
「しかもエイジはまだスキルすらまともに使っていないのに…」
マーヤの背後から女性の声がした。応答したのはスーパーコンピューターである。
「いや、それだけではない」
しかし姿はそこにない。ホログラムパネルにも映っていない。それでもマーヤはその声に反応し振り返った。
「何か分かったのですか?
「ああ。あのエイジという男は、あまりにも危険すぎる」
「え?」
B.A.B.E.Lはスーパーコンピューターに宿る意識である。
「今は確かに元の世界に戻りたい一心でマーヤに協力している。しかし自分の力に気付き、サーラが召喚した勇者と同じ道を歩むかも知れない」
「滅多なことをいうものではありません、バベル!」
マーヤが思わず声を荒げた。
「エイジはそんな人ではありません!」
「しかし、この5日間で勇者の3人を葬った」
「だからこそです……!」
バベルの言葉にマーヤは激昂する。
しかしバベルはスーパーコンピューターであるからこそ、不安要素を逐次報告する義務があると思っているのだ。
「マーヤ。召喚した人間を信じたい気持ちは分かる。しかし1%でも…」
「黙りなさいっ!!」
マーヤが一喝した。
バベルは生みの親であるマーヤにだけは逆らえない。そうプログラムされているからだ。
しかもそれは絶対的判断ではない。あくまでスーパーコンピューターの演算速度から割り出された、“確率の高い予測”に過ぎないのだ。
「バベル! あなたはエイジを危険視しすぎているのです!」
「……分かった」
「とにかく、引き続きリリムにはデータを送り続けなさい」
「了解した」
言い終えると同時に、マーヤは激しい動悸や痙攣に襲われる。
「マーヤ。治療の時間だ」
マーヤはバベルのその声と共に、メカニカルな椅子の上で意識を失った。