あわよくば俺を捕縛しようと威力偵察にきたバイレーンの連中は、一人を除いて全員ウンウン唸りながら、血だらけでぐったりと地面に伸びていた。
「それは確かなんだろうな?」
俺達と騒ぎを知らずバイレーンからノコノコとアンデルシアにまで来た兵士共を一蹴し、睨む。三巨頭の敵討ちをでも思ったのだろうか。
「ほ、本当だ! 信じてくれっ!!」
「エイジ、その男が貴方に嘘をつく理由が見当たりませんわ」
ミアの目も「そこらにしておきましょう」と訴えている。
「そうか。じゃあ、こいつらを全員縛り上げてくれリリム」
俺はリリムにそう言うと、馬車の荷台から縄を取り出した。
しかし厄介な事になった。
三巨頭の残り2人を始め勇者たちは、兵藤というガキが死んだと分かるや一斉に逃げ出したという。
どうやら最初にマーヤに釘を刺した通り、この大陸中を探し回る事になりそうだ。
以前聞かせてもらった村長の話では、この大陸は4つの国に分かれているというのを憶えている。
まあ、地図はリリムが持っているから何とかなるか…
「エイジ。これからどうしましょう?」
ミアが俺に尋ねる。
「そうだな……まず勇者が一番逃げ込みそうなとこってどこだ?」
俺は馬車の中で考え込んだ。分散されるのが一番厄介だ。
「まさかこのアンデルシアに逃げ込んだとは思えません。一番可能性が高いのは東のラミエル王国でしょうか」
「ラミエル王国…。亜人の多い大国、だったか?」
「ええ。可能性としては一番でしょう。三巨頭の残り2名も、そこに逃げたかと…」
「エイジ。亜人が多いならドワーフがいるはず。文献では、彼らは鍛冶の名人と記されていました」
御者席のリリムが、俺とミアを見る。
「あ、ああ。そうだな」
俺もミアもすっかり忘れていたのだ。いや、ファンタジーとかに興味はない。ドワーフがどうこうなんて話、いきなりされても困る。
「リリムの言う通りですわ。ドワーフなら武器や防具を造るのに
「でも大雑把に東じゃ分からんな……。アンデルシアからダイレクトにいけるのか?リリム、地図はあるか?」
俺はミアとリリムに同時に聞いたのだが、答えたのは御者席のリリムだった。
「ダイレクトは無理ですね」
「どういう事だ?」
俺がそう聞いた途端、リリムは馬車を急停車させた。
思わずつんのめるが何とか立ち直る。
しかしミアが叫んだ。
「危ないではないですか!」
「……あなたがちゃんと説明しないからです、ミア。四つの国の中央には怪しげな森林地帯があります。特にスライムやアメーバだらけの湿原地帯があります」
リリムが指差したのは地図の中央部分。アンデルシアから東に230キロほど進んだ所にある森だ。
「迂回すれば問題ないだろう?なんならバイレーンの北部を突っ切ってもいいんだ」
「そうですね。バイレーンを突っ切るか、大森林に侵入するか……」
ミアが地図を見ながら言う。
「まあ、とにかく一度ゆっくり考えるのを提案します。食料や準備をバイレーンで手に入れるのも方法です」
「分かった。そうしよう」
俺はミアにそう言うと、馬車の荷台で横になった。
「エイジ、少しいいですか?」
突然馬を止めたリリムが、俺に質問をしてくる。
「なんだ?」
俺はリリムを見たが、彼女は下を向いて何か迷っているようだ。
「……いえ、何でもありません」
「なんだ、リリムにしちゃ歯切れが悪いな」
「ごめんなさい。エイジ、貴方は以前……こう言っていましたね?」
リリムが顔を上げた。その目は真剣そのもので、思わず俺の背筋まで伸びる。
「『戦いのない世界に行きたい』と」
「ああ……」
「……リリムにはどうしてもそうは思えません」
リリムは続ける。それは俺に言っているようにも見えたし、独り言のようにも聞こえた。
「なんだよ。戦闘狂みたいに言うな」
俺は思わず苦笑する。しかしリリムの目は真剣だった。