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第35話:逃走経路

 あわよくば俺を捕縛しようと威力偵察にきたバイレーンの連中は、一人を除いて全員ウンウン唸りながら、血だらけでぐったりと地面に伸びていた。


「それは確かなんだろうな?」


 俺達と騒ぎを知らずバイレーンからノコノコとアンデルシアにまで来た兵士共を一蹴し、睨む。三巨頭の敵討ちをでも思ったのだろうか。


「ほ、本当だ! 信じてくれっ!!」


「エイジ、その男が貴方に嘘をつく理由が見当たりませんわ」


 ミアの目も「そこらにしておきましょう」と訴えている。


「そうか。じゃあ、こいつらを全員縛り上げてくれリリム」


 俺はリリムにそう言うと、馬車の荷台から縄を取り出した。

 しかし厄介な事になった。

 三巨頭の残り2人を始め勇者たちは、兵藤というガキが死んだと分かるや一斉に逃げ出したという。

 どうやら最初にマーヤに釘を刺した通り、この大陸中を探し回る事になりそうだ。

 以前聞かせてもらった村長の話では、この大陸は4つの国に分かれているというのを憶えている。

まあ、地図はリリムが持っているから何とかなるか…


「エイジ。これからどうしましょう?」


 ミアが俺に尋ねる。


「そうだな……まず勇者が一番逃げ込みそうなとこってどこだ?」


 俺は馬車の中で考え込んだ。分散されるのが一番厄介だ。


「まさかこのアンデルシアに逃げ込んだとは思えません。一番可能性が高いのは東のラミエル王国でしょうか」


「ラミエル王国…。亜人の多い大国、だったか?」


「ええ。可能性としては一番でしょう。三巨頭の残り2名も、そこに逃げたかと…」


「エイジ。亜人が多いならドワーフがいるはず。文献では、彼らは鍛冶の名人と記されていました」


 御者席のリリムが、俺とミアを見る。


「あ、ああ。そうだな」


 俺もミアもすっかり忘れていたのだ。いや、ファンタジーとかに興味はない。ドワーフがどうこうなんて話、いきなりされても困る。


「リリムの言う通りですわ。ドワーフなら武器や防具を造るのにけているでしょうから、勇者もそこに逃げ込む可能性は高いですね」


「でも大雑把に東じゃ分からんな……。アンデルシアからダイレクトにいけるのか?リリム、地図はあるか?」


 俺はミアとリリムに同時に聞いたのだが、答えたのは御者席のリリムだった。


「ダイレクトは無理ですね」


「どういう事だ?」


 俺がそう聞いた途端、リリムは馬車を急停車させた。

 思わずつんのめるが何とか立ち直る。

 しかしミアが叫んだ。


「危ないではないですか!」


「……あなたがちゃんと説明しないからです、ミア。四つの国の中央には怪しげな森林地帯があります。特にスライムやアメーバだらけの湿原地帯があります」


 リリムが指差したのは地図の中央部分。アンデルシアから東に230キロほど進んだ所にある森だ。


「迂回すれば問題ないだろう?なんならバイレーンの北部を突っ切ってもいいんだ」


「そうですね。バイレーンを突っ切るか、大森林に侵入するか……」


 ミアが地図を見ながら言う。


「まあ、とにかく一度ゆっくり考えるのを提案します。食料や準備をバイレーンで手に入れるのも方法です」


「分かった。そうしよう」


 俺はミアにそう言うと、馬車の荷台で横になった。


「エイジ、少しいいですか?」


 突然馬を止めたリリムが、俺に質問をしてくる。


「なんだ?」


 俺はリリムを見たが、彼女は下を向いて何か迷っているようだ。


「……いえ、何でもありません」


「なんだ、リリムにしちゃ歯切れが悪いな」


「ごめんなさい。エイジ、貴方は以前……こう言っていましたね?」


 リリムが顔を上げた。その目は真剣そのもので、思わず俺の背筋まで伸びる。


「『戦いのない世界に行きたい』と」


「ああ……」


「……リリムにはどうしてもそうは思えません」


 リリムは続ける。それは俺に言っているようにも見えたし、独り言のようにも聞こえた。


「なんだよ。戦闘狂みたいに言うな」


 俺は思わず苦笑する。しかしリリムの目は真剣だった。


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