呪いの聖女の件が解決してから、十日経った。
『ミディちゃん……ううん、エレちゃん。魔物になってる間、ずっと夢を見ていたんだ。まるで本当にあったような、リアルな夢。ありがとう、エレちゃん、ゼロくん』
十日前、邪魔変魔法が解け、エクリシェへ帰ってきたリーミュナがそう言った。
あり得ないような事だが、奇跡の魔法の中の夢の世界。その世界の事を夢で見ていたようだ。
それは、リーミュナだけではない。アゼグやピュオ、ノーヴェイズも、その夢を見ていたようだ。
エンジェリアは、疲れていたため、その言葉を気にせず、十日間の記憶はほとんどない。
ゼーシェリオンとフォルの話では、起きて、動いてはいたが、ずっとぼーっとしていたようだ。
「ぷみゅ。不思議な事があるものなの」
「それは十日前にやる予定だった話な」
「仕方ないの。エレはほとんど覚えてないんだから。なんだか、疲れてずっとふんみゅぅってなってたの」
エンジェリアは、そう言って、ゼーシェリオンに猫パンチを繰り出した。
「そういえば、リミェラねぇはどうしているの? ピュオねぇ達と仲良し? 」
「取り合ってる。エレ、リミェラねぇに甘える作戦はやめてやれ。教えるのが上手く、黄金蝶としての教育を受けてる。しかも、教えるのは相手が誰であるというのを見ない。リミェラねぇは、アゼグにぃとノヴェにぃにとって、良い家庭教師なんだ」
「ぷみゅ。それで? 」
「一方、リミュねぇとピュオねぇは、女友達が増えたって喜んでる。一緒に話そうって誘ってる。女子会しようって」
ゼーシェリオンが、エンジェリアの手を握る。
「エレ、俺、そろそろ人自体怖いってなりそう。本当に怖かったんだ。殺気出てたんだ。譲らないって目で語ってたんだ」
ゼーシェリオンが、瞳に涙を溜めてそう言った。
エンジェリアは、ゼーシェリオンの頭を撫でる。
「だめなの。やっと、素手でエレに触れてくれるかもってくらいにまで来てたのに。エレが癒してあげるから、ぎゅぅってさせなさい」
「ぎゅぅ」
ゼーシェリオンがエンジェリアに抱きついた。
「あっ、おはよ。ごめん、起きた時いなくて」
「みゅ。ゼロがこわこわさんになっちゃってるの」
「ああ、あれが原因か。ほんと、戦場かって思ったよ。本人達からしてみればそうなのかもしれないけど」
「フォルがそんなふうに言うなんて……見てみたかったの」
エンジェリアは、ゼーシェリオンの頭を撫でながらフォルの方を見る。
どんな争いが繰り広げられていたかというより、普段とは違うリーミュナ達に興味がある。
「教育上に悪いから却下。それより、当番表の事なんだけど、君に任せて良いかな? まだ、向こうの復旧とかで忙しいから。フィルにも手伝ってもらってて、頼める相手が君しかいないんだ」
「ノヴェにぃもいると思うの」
「今ちょっと話かけられそうになくて。あれに巻き込まれたくない」
「任されたの」
エンジェリアは、連絡魔法具を取り出した。
「ふみゃ⁉︎ 忘れてたの! フォル、ちょっと待ってて。すぐだから」
「うん」
エンジェリアは、急いでフォルにプレゼントする予定だった連絡魔法具を棚から取った。
「これ、フォルにあげるの。どんな環境でも壊れない。処理能力がとってもすごい連絡魔法具なの。素材集めから完成まで七年間かかった、とってもすごい魔法具なの」
「七年……ありがと」
フォルは、何か言いたそうにしていた。また外に出せない魔法具を作った事に対する事だろう。
エンジェリアは、フォルに連絡魔法具を渡せて喜んだ。
「エレ」
「そうだったの。なぐさめないと」
連絡魔法具を渡すため、ゼーシェリオンから離れていると、ゼーシェリオンがエンジェリアに抱きつきに来た。
「また暇になったら来るよ」
フォルが、そう言って部屋を出た。
「ゼロ、リミェラねぇ、寂しそうだった? ノーズねぇとヴィジェにぃいないから」
「寂しいだろうな。けど、楽しそうだった。信じてくれてるから、なんだろうな」
「ぷみゅ。とりあえず、いっぱい情報を仕入れるの。そうしたら、場所がちゃんと分かると思うから」
「そうだな。情報収集に関してはエレの得意分野だろ? 」
エンジェリアは、一生懸命ふるふると首を横に振った。
「得意違うの。エレはゼロとフォルにらぶを送る事が得意なの。で、でも、リミェラねぇのためだもん。ノーズねぇとヴィジェにぃとお約束したんだもん。がんばるの」
「そうだな」
「みんなお願いなの」
エンジェリアは、まだ目視できない精霊達に情報収集を頼む。
精霊達に任せる方が、多くの情報を集められるだろう。
「ぷみゅ。あとこれも」
フォルに頼まれていた当番表の変更。エンジェリアは慣れた手つきで行った。
「エレも入れておこうかな」
「やめろ。お前入れてもできねぇだろ」
「……リミュねぇがお料理当番来ないようにっと」
「それは頼む」
エンジェリアは、当番表の変更を終え、ゼーシェリオンに、頭を撫でるよう、目で要求した。
ゼーシェリオンがエンジェリアの頭を撫でる。エンジェリアは、喜んで、ゼーシェリオンに抱きついた。
「これでエレのお仕事終わりなの。だから、遊ぶの」
「何で遊ぶんだよ」
「ゼロで。お部屋のお外には出さないの。怖がりそうだから」
エンジェリアは、そう言って、ゼーシェリオンから離れた。
ベッドの上に座り、ゼーシェリオンを隣に招く。
「ちょっと整理するの。クロの事……ロジェの事」
「付き合う」
ゼーシェリオンがそう言って、エンジェリアの隣に座った。
「ぷみゅ。ロジェは、フォルが連れてきたの。それ以前の事は知らないの」
「ああ。あの頃から、俺とエレの相手をしてくれてフォルに色々と教わって、楽しそうだったよな。あの頃からつぅより、あの頃はか」
今回は、少ししか会っていないが、昔のように楽しそうな感じではなかった。それが、フォルの計画からか、別の何かからか。恐らく後者だろう。
ゼーシェリオンが、ローシェジェラを見た時に視えたらしい迷い。それが関係しているのだろう。
だが、エンジェリアには、それが何かという事までは分からない。本人は、フォルが帰ってきてから、一度も戻ってきていない。
「ぷみゅぅ。むずかしいの。居場所が分かれば良いんだけど」
「そうだな。居場所さえ分かれば、何か分かるかもしれれねぇな」
「みゅ? それだけじゃ分かんないの。おかしゼロなの」
本人に会って直接聞くために、居場所を知ろうとしていたエンジェリアは、何言ってるのという目をゼーシェリオンに向けた。
「どこいるかは、目的考えるのに役立つだろ。ふらっと寄ってみたなら別だが、何かの目的できてんなら、その目的に繋がるものがそこにあるって事になるんだから」
「……天才なの」
「お前が何も考えてねぇだけだろ。けど、知識がねぇと、そこに何があるかなんて分かんねぇんだ。そこをどうするかだな」
「フォル達頼るの。黄金蝶の事は、黄金蝶に聞けば良いと思うの。だから、場所を知って、何も分からなかったら、フォル達に聞くの」
エンジェリアとゼーシェリオンよりも、フォルの方がローシェジェラの内情に詳しいはずだ。その点においても、フォルに聞くのが一番だろう。だが、忙しいフォルに聞けるとも限らないため、イールグやルーツエング達に聞くのも考えておく。
「そうだな。ところでエレ、お前記憶戻ったから勉強しなくて良いとか思ってねぇか? 」
「ナンノコトー? エレハソンナ言葉シラナイ」
「……今から強制勉強の刑な? 強制的に勉強させる。拒否権なし。騙されねぇように、計算くらいちゃんとできるようになっとけ」
「ぴぇぇぇん」
エンジェリアは、ゼーシェリオンに強制的に勉強をやらされた。
「ひどいの」
「酷くねぇだろ」
エンジェリアは、泣きながら椅子に座る。
コンコン
扉を叩く音が聞こえる。
「愛姫様、伝えたい事がございます」
「入って良いよ」
「感謝します」
エンジェリアが許可をするのを待って、イヴィが扉を開けた。
何があったのか知らないが、疲れている様子だ。