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3話 崩壊の書


「フォルから伝えて欲しいと頼まれた事があります。ローシェジェラ嬢の居場所が分かったとの事です。明日までに、準備をしておいて欲しいと言っておりました」


 エンジェリアとゼーシェリオンが何か情報を得るよりも先に、フォルが居場所を掴んだようだ。


 管理者は現在、ルノとレイン以外、全員休暇中。通常業務での情報収集はできていないだろう。


 どうやってその情報を入手してきたのかは不明だが、わざわざイヴィに伝言を頼んでまで伝えてくれたもだ。


 その情報が偽物でないという裏はすでにとってあるのだろう。


 エンジェリアは、情報源を不思議に思いつつも、クローゼットを開けた。


「動きやすいお洋服が良いと思うの」


「すぐにすぐ行くわけではないようです。その前に話がしたいから、明日、早朝に迎えに来るので、ちゃんと着替えとかしていてくださいとの事です」


 フォルは、どうでも言わなければ、エンジェリアが、早朝、身支度なんてしていないとでも思っているのだろう。


 エンジェリアは、その事に気づき、ぷぅっと頬を膨らませた。


 ゼーシェリオンが、慰めるのではなく、エンジェリアの頬を人差し指で突いている。


「しゃぁー! 」


「エレに威嚇された」


「自業自得でしょう。それより、この後、何も予定がないのでしたら、少し、話し相手になってくれませんか? 昔の事で話がしたいです」


「ぷみゅ。良いの。いくらでもお話し相手になるの。エレ、みんなのお話聞くのだいすき」


 エンジェリアは、イヴィに尻尾を振って、喜んだ。


「エレ、尻尾」


「気にしないの。イヴィも気にしないって言ってる気がするの。それよりお話なの。どんなお話なの? 」


 エンジェリアは、早く聞きたいと、尻尾をふりふりと振っている。


「愛姫様とゼロは、どれだけ覚えておりますか? 」


「ぷみゅ。みんなでらぶしてたの。エレは、あそこへ来る前の記憶はないから、世界がどうなっていたかとかは知らないの」


「そうでしたね。その、崩壊の書に書かれていた話が、似ていると思いませんか? 」


 崩壊の書は、エンジェリア達ジェルドの王達が持っている、今回の世界以外の世界の崩壊をまとめた書物。


 似ていると言うのは、エンジェリアを除く、他の王達と崩壊の書に書かれている崩壊の記述の事だろう。


 まるで、崩壊の原因は、ジェルドの王達だと言うかのように、書かれている。


「みんな、いろんな理由があるの。それに、そうなる運命だったんだと思うの。あの本を読んでいると、そう思うんだ」


 崩壊の書に書かれているジェルドの怒りは全て、人の手で起こされていると言っても良いような内容だ。


 人々の行いが、そんな事を望んでいなかったジェルドに、それを選ばせている。


 少なくとも、エンジェリアは、崩壊の書を読んだ時、そう感じていた。


「……そう、でしょうか。いくらなんでも、怒りに任せて、世界を崩壊させるというのは、やりすぎだと思います」


「本当にそう思う? エレも、その行為を全て肯定するわけじゃないけど、世界を守るために、世界を滅ぼす。そういう考え方もあると思うの。そうする以外の方法が見つからなかった。そういう理由かもしれないの」


 崩壊の書に関する記憶はない。これも読んでいて抱いた感想なだけ。


 崩壊の書に書かれている、ジェルドの王の話は、それを選ぶまでは全員、世界の事を、人々の事を考えていた。


 悩んだ結果こうなったのか、衝動的なものだったのか、そこにどんな理由があるのか。それは詳しく書いていない。


 本当に怒りに任せて世界を滅ぼしたのかも怪しいところだ。


「エレは、怒りというよりも、悲しみな気がする」


 崩壊の書を読み解いてではなく、フォルを見ていたから思った事。


 かつて、ギュリエンを滅ぼした時、フォルが泣いていたのを見ていた。それを望んでないが、魔力の制御ができず、滅んでいく姿を見ていた。


「とっても深い悲しみが、そうさせたのかもしれないの。だから、エレは、やりすぎだって否定する事も、それで良かったんだって全てを肯定する事もないの。これは、エレがそう思っているだけだけど」


「深い悲しみですか。それはあるかもしれませんね。崩壊の書に書かれていた事以外、その事に関して何もなく、それだけを信じてしまっていたようです」


「それを信じるのが普通なんじゃねぇのか? それを信じて、絶対にそうならないって思う。それは悪くねぇだろ」


「ふみゅ。エレも、ゼロとフォルを見ていなかったら、そんな事思わなかったかもしれないの。実際にそれを見ていたからこそ思う事はあると思うの」


 ゼーシェリオンの場合は未遂で済んでいるが、世界を凍らせようとした事がある。それも、怒りなどではなく、エンジェリアのため。


 その時の事は、今のゼーシェリオンは覚えていないだろう。だが、エンジェリアは、鮮明に覚えている。


「……もう一つ、よろしいでしょうか? 」


「みゅ」


「愛姫様は、どのようにすれば、崩壊の書のような事にならないと思いますか? 」


「前回みたいな事があったら、別なの。でも、それ以外なら、愛なの。エレは良く分かんないけど、愛が世界を守ってくれるの。じゃなくて、愛を守る事が世界を滅ぼさないの」


 ゼーシェリオンは、エンジェリアのため。エンジェリアが、それを望んだからと勘違いして起こした事。


 フォルは、大事な仲間を失った悲しみ。


 どちらも、愛があったからこそと言えるだろう。


「すきを守るの。すきだから、それを壊されないようにって守るの」


「それだけで、変わるものでしょうか? 」


「そうじゃなかったら、愛姫なんていらないの。存在する意味ないの。どうして愛姫が存在していると思うの? 愛姫は、ジェルドの王達に、世界を滅ぼさせないために存在しているんだよ? 」


 できるかできないかは別として、愛姫に課せられた役目の一つである事は間違いない。


 エンジェリアは、ベッドの上にある枕を手に取った。


「この枕が、みんななの。例えば、みんなが、こんな世界滅ぼしてしまえって思ったとするの。でも、エレは、世界がすきだから、滅ぼさないで。ここにいさせて。他の方法を考えてって言うの。みんなはエレをとっても愛してるの。エレの頼みなら、なんでも聞くくらい愛してるの。そうしたら、みんなはどうする? 」


「……愛姫様の頼みです。それを自分の感情よりも優先します」


「俺も、エレがそう言うなら。つっても、そもそも、世界を滅ぼそうなんて考えねぇが」


「そこは例え話なの。でも、そうでしょ? エレを愛してるから、世界を滅ぼすのを止まる。逆とかもあるけど、愛だけで、そうやって変えられるの」


 エンジェリアは、枕を置いた。


「だから、エレは愛してもらわないといけない。それが、世界のためであり、エレのためだから」


「つぅことは、この崩壊の書のほとんどは、エレが危険な目にあったとかかもしれねぇな。逆もあるつぅんなら、エレが大怪我を負ったとかで、意識が戻らない状態だったら、その悲しみと怒りで、世界を滅ぼすなんて可能性もあるだろ」


 ゼーシェリオンの言葉に、エンジェリアは、こくりと頷いた。


「ふみゅ。それこそ、フォルの事なの。本来、エレ達は、大切な誰かを、エレを含めて、ジェルドの王達以外に作っちゃだめばの。その理由は、ゼロは分かっているでしょ? ……本当は、エレが止めるべきなのかもしれないけど、あの頃のフォルを考えると、止めたくない」


 ジェルドの王達は、世界を滅ぼすだけの力を持っている。だからこそ、失うという心配はせずにいられる。だが、他の種族は違う。


 失う悲しみで、世界を滅ぼさせないようにするためにも、ジェルド以外の交流は断つべきだ。


 エンジェリアは、頭ではそれを理解している。


「守れば良いだけでしょう。我々も協力します。一人でできないのであれば、二人で、三人で、そうすれば、守れると思います」


「……ふみゅ。そうなの。ぷみゅなの。エレはフォルが笑顔でいてくれるためなら、いっぱいがんばる。という事で、エレのお疲れゲージマックスになったから、お話終わって、エレを存分に甘やかすと良いの」


「勉強」


「甘やかせなの。お勉強はまた今度」


 エンジェリアが疲れている状態で勉強をさせる事はできなかったのだろう。ゼーシェリオンが、仕方なさそうに、エンジェリアの寝る準備をしている。


「お昼寝してから、色々がんばるの。イヴィ、一緒に来てくれる? 」


「お望みであれば」


「みゅ。なの」

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