翌日、エンジェリアは、そわそわとしながら、フォルの執務室で、フォルの膝の上に座っていた。
「そわそわ……そわそわ」
「エレ、ちょっと落ち着きな」
「だって、ピュオねぇがくるから。楽しみなの」
昨晩、エンジェリアは、ピュオに連絡した。
フォルが忙しいという事で、ピュオが今日、アディとゼムレーグと一緒に、管理者の拠点にくる事になっている。
ピュオが管理者の拠点に来るのは初めてで、エンジェリアは、朝からずっとそわそわしていた。
「ぷみゅぅ。楽しみなの」
「分かったから。分かったから落ち着いて。落ち着けないかもしれないけど」
フォルは、そわそわしているエンジェリアが邪魔なのだろう。エンジェリアが大人しくしていないと、フォルの仕事ができない。
だが、フォルは、エンジェリアを膝の上に乗せたまま。離れさせようとしない。直接邪魔と言う事もない。
エンジェリアは、それが嬉しく、フォルの胸に顔を擦り寄せた。
「ある程度終わったから、片付けいくよ。エレ、片付けなら手伝える? 動いていた方が、少しが気が逸れて、そのそわそわも減るでしょ」
「みゅ。分かったの。エレ、お片付け手伝う。いっぱいいっぱい、お手伝いするの」
「うん。ありがと。それじゃあ、倉庫にでも行こうか」
エンジェリアは、フォルに頼られた喜びで、そわそわが消えていた。
喜んで、立とうとしたが、フォルに抱っこされた。
「みゅ。エレは楽できるから別にこれでも良いの」
「倉庫は迷いやすいから。エレは倉庫に近づく事ないし」
エンジェリアが迷子になるの防止だとしても、こうして抱っこされているという事に変わりはない。エンジェリアは、にこにこと笑って、こくりと頷いた。
「そういえば、クームはほっといて良いの? 教育してるって」
「ほとんどセイにぃ様任せ。管理者になるなら、僕が教育した方が良いんだけど。まだ、正式に決まってるわけじゃないから」
「ふにゅ。クームは抜け駆け禁止なの」
「ああ、そういえば、クルカムの話で思い出したけど、希望者がもう一人いたんだ。チェリドも、管理者希望だって。それでエレとゼロ枠超える事はないけど、面倒だから、試験を一緒にやらせるくらいはすると思う。だから、仲良くしてあげてね。それと、扉の場所ちゃんと覚えてよ。高確率で間違えるから」
エンジェリアは、管理者の拠点で高確率で、部屋に入れなくなる。その原因は、扉の位置ズレ。見えない扉がどこにあるのか、エンジェリアは覚えていない。
フォルが扉を開けると、扉などない場所から廊下へ出る。
「すごいタイミングだね」
「ぷみゅぅ。やっときたの。でも、倉庫の片付け」
部屋を出ると、偶然、ゼムレーグ達が通りかかっていた。
「片付けなら後でやれば良いよ。もしくは、ギューにぃ様に押し付ける」
「みゅ。分かったの。じゃあ、お水さんの場所行く準備なの」
「うん。そうだね。会議室空いてるから、そこで話そう。必要になりそうなものは、昨日そこに置いておいたから」
「……フォル、ゼロとイヴィいないの」
エンジェリアは、ゼーシェリオンとイヴィがいないのに、勝手に話を進めて良いのかと思い聞いたが、フォルが、それに反応せず、会議室へ向かった。
**********
会議室を訪れると、なぜか既にゼーシェリオンとイヴィが待っている。エンジェリアは、目をぱちくりし、自分の頬をつねった。
「いひゃい。なんでいるの」
「ここで資料まとめといてくれって頼まれてたんだ」
「頼んでいたんだ」
エンジェリアが寝ている間に頼んだのだろう。フォルに頼られているゼーシェリオンに、べぇと、舌を出した。
「……悪いんだけど、ゆっくり話している時間がないんだ。早くしないと、手遅れになるかもしれない」
「みゅ? 」
そんなそぶりは見せていなかったが、かなり焦っている。
「その指輪。水中でも意思疎通と呼吸できる魔法具だから全員付けて。海の宝石。それを探す。それがある場所に必ずロジェが来るから。説明は以上。巻き込んで悪いとは思うけど、ほんとに時間がないんだ。早く行くよ」
エンジェリア達が、机に置いてある指輪を付けると、フォルが、転移魔法を使った。
**********
暗い海の中。魚が泳いでいる。見たところ、何の変哲もない普通の海だ。
――こんなところにいるの?
――うん。クルカムの話だとここだ。早く探さないと。
――……どうしてそんなに焦ってるの?
――ロジェは、通行証に交換できるものを探しているはずだ。十箇所。最低限数。ここで会えるのが一番。会えなければ、五箇所目までには会えないと、手遅れになるんだ。
神獣に関する話だろうという事は理解できるが、エンジェリアの知らない話しかない。フォルは、エンジェリアにちゃんと説明する余裕もないのだろう。
――通行証を持たない者が、神獣の郷へ向かう最短距離の話ですね。その最短距離の六箇所目。そこは現在神獣が何かを探していると耳にしました。ローシェジェラ嬢は、それを知らないのでしょう。
――うん。知らないと思う。知っているんなら、この場所を選ばない。あの子は慎重だから。
――……フォル、エレ、フォルの事信じる。エレが邪魔になっても見捨てないって。
――……ありがと。
手を繋いで泳いでいたフォルが、エンジェリアを抱き寄せた。
愛姫は、世界と親密な関係。それは、現在の世界の事ではなく、遠い昔に存在した世界とだ。
愛姫は、一時的にだが、その世界という存在と同調する事ができる。
――……世界様
**********
夢の中だろう。何もない真っ黒い地面。多くの滅んだ世界。
「初めまして、ですよね? 貴方からすれば」
透き通った美声。異質な雰囲気を漂わせる、色素の薄い金髪の美しい女性。ここは、エンジェリアが、世界と同調してくる場所。そこにいるという事は、彼女が世界の仮の姿なのだろう。
「ふみゅ。初めましてなの。今は、エンジェリルナレージェ・ミュニャ・エクシェフィーなの。フォル……大事な人から貰った名前。お気に入り」
「ええ。存じております。エンジェリア」
「ふみゅ。世界様はなんでもお見通しなの……世界様は、怒ってないの? 」
滅んだ世界は、エンジェリアが役目を果たせなかった証だ。エンジェリアは、滅んだ世界を見て、不安げな目を彼女に向けた。
「いいえ。これは、全て貴方方のせいではありません。貴方方は、最後の滅びを行っただけにすぎません。全ては、その世界に生きていた人の起こした事です」
「そんな事」
「あります。いつの世も、王達が、その選択をするのは、人が原因です。ですが、貴方はそう思えないでしょう。今回こそはとでも思っているのでしょう。でしたら、考えてみてください。世界を滅ぼす事で、何が起きていたのかという事を」
「ふぇ? 世界を滅ぼす事で起きる事? ……とってもきれいなの。それに、覚えているなら、そんな事にならないようにってがんばるの。あとは……」
エンジェリアは、暫く考えてみるが、これ以上思い浮かばない。
「世界を滅ぼす事で、人の記憶が消される。これは、変える事ができません。その状態で、過ちを繰り返さないなど、できると思いますか? 」
「できないかもしれないの。でも、それをするの。それに、記憶がないからとか、過ちは繰り返すとか言うけど、エレは、そんな事ないと思う。少しずつでも、変わっていると思う。良い方にも悪い方にも」
エンジェリアは、遠くの世界を見た。その世界は、あらゆる生命が枯れてしまっている。
「誰だって、いろんな事情を抱えているの。そんなの関係なしに悪い人だっていると思う。良い人ばかりじゃない。でも、利害が一致すれば協力してくれるとか、色々なの。いっぱい人と関わって、思うんだ。人も世界も、少しのきっかけで、考えが変わるんだって」
「そんな事で、どうにかできると思っているのですか? 」
「うん。だって、今回はとっても縁が良かったから。フォルが神獣という種族をつくってくれたから。それが、とっても長い時をかけて、ちょっとの、でも、とっても大きい縁を持ってきてくれたの。ゼロが、国を築いたから、平和を夢見る縁ができたの」
これは、今までは無かった事だろう。崩壊の書には、簡単にだが、当時の世界の状況が載っている。そこに、王が築いた国など存在していない。
エンジェリアは、無邪気な笑顔を見せた。
「想いと偶然が呼んだ縁なの。それは、きっと奇跡なんだよ。そんな奇跡が起こったんなら、滅ぼさなくて良い世界っていう奇跡もきっと起こるよ。そう信じてるの」
「気楽ですね。そんな簡単に、できると思っているのですか? 」
「簡単じゃないよ。でも、気楽で良いの。できないって思っていたら、ずっとできないまんまになっちゃいそうだから。エレは、誰よりも、みんなを信じてあげたいから」
エンジェリアは、自分で理解している。自分にできる事がどれだけ少ないか。
だが、王達は別だという事も。理解している。
だからこそ、エンジェリアは、笑顔でそう答えた。そこにある不安は全て隠して。