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5話 エレと世界


 翌日、エンジェリアは、そわそわとしながら、フォルの執務室で、フォルの膝の上に座っていた。


「そわそわ……そわそわ」


「エレ、ちょっと落ち着きな」


「だって、ピュオねぇがくるから。楽しみなの」


 昨晩、エンジェリアは、ピュオに連絡した。


 フォルが忙しいという事で、ピュオが今日、アディとゼムレーグと一緒に、管理者の拠点にくる事になっている。


 ピュオが管理者の拠点に来るのは初めてで、エンジェリアは、朝からずっとそわそわしていた。


「ぷみゅぅ。楽しみなの」


「分かったから。分かったから落ち着いて。落ち着けないかもしれないけど」


 フォルは、そわそわしているエンジェリアが邪魔なのだろう。エンジェリアが大人しくしていないと、フォルの仕事ができない。


 だが、フォルは、エンジェリアを膝の上に乗せたまま。離れさせようとしない。直接邪魔と言う事もない。


 エンジェリアは、それが嬉しく、フォルの胸に顔を擦り寄せた。


「ある程度終わったから、片付けいくよ。エレ、片付けなら手伝える? 動いていた方が、少しが気が逸れて、そのそわそわも減るでしょ」


「みゅ。分かったの。エレ、お片付け手伝う。いっぱいいっぱい、お手伝いするの」


「うん。ありがと。それじゃあ、倉庫にでも行こうか」


 エンジェリアは、フォルに頼られた喜びで、そわそわが消えていた。


 喜んで、立とうとしたが、フォルに抱っこされた。


「みゅ。エレは楽できるから別にこれでも良いの」


「倉庫は迷いやすいから。エレは倉庫に近づく事ないし」


 エンジェリアが迷子になるの防止だとしても、こうして抱っこされているという事に変わりはない。エンジェリアは、にこにこと笑って、こくりと頷いた。


「そういえば、クームはほっといて良いの? 教育してるって」


「ほとんどセイにぃ様任せ。管理者になるなら、僕が教育した方が良いんだけど。まだ、正式に決まってるわけじゃないから」


「ふにゅ。クームは抜け駆け禁止なの」


「ああ、そういえば、クルカムの話で思い出したけど、希望者がもう一人いたんだ。チェリドも、管理者希望だって。それでエレとゼロ枠超える事はないけど、面倒だから、試験を一緒にやらせるくらいはすると思う。だから、仲良くしてあげてね。それと、扉の場所ちゃんと覚えてよ。高確率で間違えるから」


 エンジェリアは、管理者の拠点で高確率で、部屋に入れなくなる。その原因は、扉の位置ズレ。見えない扉がどこにあるのか、エンジェリアは覚えていない。


 フォルが扉を開けると、扉などない場所から廊下へ出る。


「すごいタイミングだね」


「ぷみゅぅ。やっときたの。でも、倉庫の片付け」


 部屋を出ると、偶然、ゼムレーグ達が通りかかっていた。


「片付けなら後でやれば良いよ。もしくは、ギューにぃ様に押し付ける」


「みゅ。分かったの。じゃあ、お水さんの場所行く準備なの」


「うん。そうだね。会議室空いてるから、そこで話そう。必要になりそうなものは、昨日そこに置いておいたから」


「……フォル、ゼロとイヴィいないの」


 エンジェリアは、ゼーシェリオンとイヴィがいないのに、勝手に話を進めて良いのかと思い聞いたが、フォルが、それに反応せず、会議室へ向かった。


      **********


 会議室を訪れると、なぜか既にゼーシェリオンとイヴィが待っている。エンジェリアは、目をぱちくりし、自分の頬をつねった。


「いひゃい。なんでいるの」


「ここで資料まとめといてくれって頼まれてたんだ」


「頼んでいたんだ」


 エンジェリアが寝ている間に頼んだのだろう。フォルに頼られているゼーシェリオンに、べぇと、舌を出した。


「……悪いんだけど、ゆっくり話している時間がないんだ。早くしないと、手遅れになるかもしれない」


「みゅ? 」


 そんなそぶりは見せていなかったが、かなり焦っている。


「その指輪。水中でも意思疎通と呼吸できる魔法具だから全員付けて。海の宝石。それを探す。それがある場所に必ずロジェが来るから。説明は以上。巻き込んで悪いとは思うけど、ほんとに時間がないんだ。早く行くよ」


 エンジェリア達が、机に置いてある指輪を付けると、フォルが、転移魔法を使った。


      **********


 暗い海の中。魚が泳いでいる。見たところ、何の変哲もない普通の海だ。


 ――こんなところにいるの?


 ――うん。クルカムの話だとここだ。早く探さないと。


 ――……どうしてそんなに焦ってるの?


 ――ロジェは、通行証に交換できるものを探しているはずだ。十箇所。最低限数。ここで会えるのが一番。会えなければ、五箇所目までには会えないと、手遅れになるんだ。


 神獣に関する話だろうという事は理解できるが、エンジェリアの知らない話しかない。フォルは、エンジェリアにちゃんと説明する余裕もないのだろう。


 ――通行証を持たない者が、神獣の郷へ向かう最短距離の話ですね。その最短距離の六箇所目。そこは現在神獣が何かを探していると耳にしました。ローシェジェラ嬢は、それを知らないのでしょう。


 ――うん。知らないと思う。知っているんなら、この場所を選ばない。あの子は慎重だから。


 ――……フォル、エレ、フォルの事信じる。エレが邪魔になっても見捨てないって。


 ――……ありがと。


 手を繋いで泳いでいたフォルが、エンジェリアを抱き寄せた。


 愛姫は、世界と親密な関係。それは、現在の世界の事ではなく、遠い昔に存在した世界とだ。


 愛姫は、一時的にだが、その世界という存在と同調する事ができる。


 ――……世界様


      **********


 夢の中だろう。何もない真っ黒い地面。多くの滅んだ世界。


「初めまして、ですよね? 貴方からすれば」


 透き通った美声。異質な雰囲気を漂わせる、色素の薄い金髪の美しい女性。ここは、エンジェリアが、世界と同調してくる場所。そこにいるという事は、彼女が世界の仮の姿なのだろう。


「ふみゅ。初めましてなの。今は、エンジェリルナレージェ・ミュニャ・エクシェフィーなの。フォル……大事な人から貰った名前。お気に入り」


「ええ。存じております。エンジェリア」


「ふみゅ。世界様はなんでもお見通しなの……世界様は、怒ってないの? 」


 滅んだ世界は、エンジェリアが役目を果たせなかった証だ。エンジェリアは、滅んだ世界を見て、不安げな目を彼女に向けた。


「いいえ。これは、全て貴方方のせいではありません。貴方方は、最後の滅びを行っただけにすぎません。全ては、その世界に生きていた人の起こした事です」


「そんな事」


「あります。いつの世も、王達が、その選択をするのは、人が原因です。ですが、貴方はそう思えないでしょう。今回こそはとでも思っているのでしょう。でしたら、考えてみてください。世界を滅ぼす事で、何が起きていたのかという事を」


「ふぇ? 世界を滅ぼす事で起きる事? ……とってもきれいなの。それに、覚えているなら、そんな事にならないようにってがんばるの。あとは……」


 エンジェリアは、暫く考えてみるが、これ以上思い浮かばない。


「世界を滅ぼす事で、人の記憶が消される。これは、変える事ができません。その状態で、過ちを繰り返さないなど、できると思いますか? 」


「できないかもしれないの。でも、それをするの。それに、記憶がないからとか、過ちは繰り返すとか言うけど、エレは、そんな事ないと思う。少しずつでも、変わっていると思う。良い方にも悪い方にも」


 エンジェリアは、遠くの世界を見た。その世界は、あらゆる生命が枯れてしまっている。


「誰だって、いろんな事情を抱えているの。そんなの関係なしに悪い人だっていると思う。良い人ばかりじゃない。でも、利害が一致すれば協力してくれるとか、色々なの。いっぱい人と関わって、思うんだ。人も世界も、少しのきっかけで、考えが変わるんだって」


「そんな事で、どうにかできると思っているのですか? 」


「うん。だって、今回はとっても縁が良かったから。フォルが神獣という種族をつくってくれたから。それが、とっても長い時をかけて、ちょっとの、でも、とっても大きい縁を持ってきてくれたの。ゼロが、国を築いたから、平和を夢見る縁ができたの」


 これは、今までは無かった事だろう。崩壊の書には、簡単にだが、当時の世界の状況が載っている。そこに、王が築いた国など存在していない。


 エンジェリアは、無邪気な笑顔を見せた。


「想いと偶然が呼んだ縁なの。それは、きっと奇跡なんだよ。そんな奇跡が起こったんなら、滅ぼさなくて良い世界っていう奇跡もきっと起こるよ。そう信じてるの」


「気楽ですね。そんな簡単に、できると思っているのですか? 」


「簡単じゃないよ。でも、気楽で良いの。できないって思っていたら、ずっとできないまんまになっちゃいそうだから。エレは、誰よりも、みんなを信じてあげたいから」


 エンジェリアは、自分で理解している。自分にできる事がどれだけ少ないか。


 だが、王達は別だという事も。理解している。


 だからこそ、エンジェリアは、笑顔でそう答えた。そこにある不安は全て隠して。

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