「みゅ? どこなの? エレは知らない場所にいるの。フォルがぎゅぅしてねむねむなの……いたずらしよ」
エンジェリアが目を覚ますと、フォルに抱かれている。周囲を見渡すと、ピカピカと光る岩だらけだ。
「……いたずら」
エンジェリアは、寝ているフォルの胸に顔を擦り寄せて、遊んでいた。
「……おはよ。もう少し寝てて良いよ? 」
「……いたずら。それと、フォルがエレから離れないおまじない」
「そんなおまじないしなくても離れないよ」
エンジェリアは、フォルをじっと見つめる。
フォルの背後に、一際輝く宝石を見つけた。
「……これ、きっとフォルが言っていた宝石なの。とってもきれいでぴかぴかさん。エレこれすきかも」
「君が教えてくれたんだ。何ヶ所か宝石がある場所を。それに、まだロジェはきていないって。だから、別れて、ロジェに会えるように待っていたんだけど、欲しければ持って帰って良いよ」
「説明ありがとなの。エレは宝石より魔法石派なの。実用重視。実用的な方がだいすき」
エンジェリアは、目を輝かせてそう言った。
「……今度あげるよ。向こうに質の良い魔法石があるから」
「みゅ……ふみゅ。フォル、足音なの」
エンジェリアは、遠くから聞こえる足音を聞き取った。できる限り音を立てないようにしているようだ。かなり足音が小さい。
エンジェリアは、フォルから離れた。
「エレがいるとお邪魔かもだから、少しだけ離れた場所で見ておくの」
「ありがと」
エンジェリアは、小走りで、岩陰に隠れた。
**********
足音は、エンジェリアが予想していた通り、ローシェジェラのものだった。
「ロジェ」
「……もう、契約はない。それでも、止めるつもりかい? 」
「契約とか関係ないよ。あれだけ長い間一緒にいたんだ。見て見ぬ振りなんてできるわけない」
「一緒にいただけで情が湧くなんて。他の神獣が聞いたら、鼻で笑うだろうね。一緒にいるだけで情なんてどうかしてるって。そんな事ばかり言っていたら、騙されるだけだというのに」
まるで自分の事のように言っている。
それだけで、神獣に騙されたのだろうというのは想像がつく。だが、それ以上は、ローシェジェラの過去を何も知らないエンジェリアには、分からない事だ。
「そうかもしれないけど、騙されるなら、自分を突き通して騙された方が良い。もう、前みたいに、自分に嘘をついて、全部諦めるなんて絶対にしたくないから」
「君は、それができる環境だからそう思えるんだよ。自分にどれだけ嘘をついても、全ての裏切り者とされた神獣達のためにも、僕は絶対に神獣達に復讐する。それを邪魔するんなら、誰であろうと、排除するだけ」
「だろうね。そんな事っ⁉︎ エレ! 」
「ふぇ? 」
突然、フォルがエンジェリアの方へ来る。
フォルが、戸惑うエンジェリアの腕を引っ張り、抱き寄せた。
エンジェリアのいた場所に、巨大な岩がある。エンジェリアの側の岩が崩れて落ちてきたのだろう。
「……ふぇ」
もし、フォルが気づかなければ、今頃、岩の下地きになっていた。そう思うと、恐怖が押し寄せてくる。
「……今の」
「びっくりしたの」
「怪我はない? 」
心配そうにしているフォルに、エンジェリアは、こくりと頷いた。フォルが早くに気づいたため、怪我はない。
「……ロジェ、取引したい。復讐を諦めてもらう代わりに、不当に裏切り者とされた件について表に出す。そうすれば、全員、本来の居場所に戻れる」
「それだけで戻れるわけ」
「僕とフィルなら可能だ」
「……これだと、復讐する理由を無くしただけ。取り引きって言ったんだから、他の要求があるじゃないかい? 」
「ずっとじゃなくて良い。もう一度、僕の眷属になって。エレを側で守って。今のりゅりゅは、エレを守る事ができないから」
なぜフォルがこんな事を言うのか。少し落ち着いたエンジェリアは、それに気づけた。
エンジェリアがいた場所に落ちた岩。それは明らかに不自然だ。
岩は、この辺にあるものではない。この辺の岩は全て宝石が埋まっている。だが、その岩には、宝石がない。丸い、ツルツルとした岩だ。
この岩は、誰かが故意的にエンジェリアの上に落としたのだろう。
「……断る。君がそれを可能だと言う根拠がない。それに、僕は、もう、この子がどうなろうと知らない。目的のものは手に入れた。その子を守ったまま、止めるなんて不可能だよ」
そう言って、ローシェジェラが転移魔法を使った。
「……嘘つき。不器用。巻き込んでも良いよ。その覚悟があるって知っていたから、連れてきたのに」
「みゅ。怪我しても、エレがついて行きたくてついていった結果なの。だから、エレを守らなくて良いの」
「それはできないよ。でも、僕が守る必要はないかな。フィルは一緒に来なかったけど、ゼムがいてくれるから」
フォルが、そう言って笑顔を見せた。
「ふみゅ。ゼムはとっても頼りになるの。この前も、側にいなくても、エレの事を守ってくれたから」
原初の樹イェリウィヴェの根の洞窟に入った時の事だ。ゼムレーグは、エンジェリアを、加護を使って守った。
その事もあり、エンジェリアは、ゼムレーグなら守ってくれるだろうと、信頼している。
ゼムレーグだけではない。あの時は、一緒にいなかったが、アディやイヴィも、加護でエンジェリアを守れるだろう。
ジェルドの王達であれば、そのくらいは簡単な事だ。
「それと、エレは、別の役目があるの。フォル、良いよ? みんなもきっと何も言わない。むしろ、喜ぶと思う。みんな、フォルの素を知りたいから。そういて欲しいって思ってるから」
エンジェリアは、そう言って、フォルの頬に口付けをした。
「エレのだいすきをあげたの。エレのだいすきがあれば、フォルは、エレしか見れなくなるの」
足音が聞こえる。複数。恐らく、別の場所にいた、ゼーシェリオン達の足音だろう。
「……」
「エレは、みんなの事なら、誰よりも知ってるの。愛姫は、そうでないとだから」
エンジェリアは、真剣な表情でそう言った。
愛姫はジェルドの王達を、誰よりも理解していなければならない。ジェルドの王達に寄り添わなくてはならない。
それが、愛姫の役割。
「ちなみにエレは、泣き虫フォルもすきだよ? 可愛いから」
「……ロジェを止める方法、ほんとは気づいてるんだ。ロジェは、巻き込みたくないだけ。他のおんなじ境遇の子達の無念を晴らそうとしているだけ。それを全て解決する方法は、分かってる。全部話せば良いだけなんだって。でも、それをすれば……」
フォルが話せない秘密は、話せば周りを巻き込む可能性がある事だ。慎重になるのも無理はない。だが、いつまでも隠し通していてはならない事でもあるだろう。
こんな状況になってしまった今は
「エレー、寂しかったー」
「……フォル、別の方法を探しても良いよ? それだけしかないわけじゃないと思うから」
エンジェリアは、そう言って、駆け寄ってくるゼーシェリオンに抱きついた。
「寂しかった」
「うん。そうだね……ゼロって昔から寂しがり屋さんだから」
エンジェリアは、ゼーシェリオンの相手をしながら、ローシェジェラを止める方法を考える。
一番確実な方法は使えない。エンジェリアは、邪魔が入り、何もできない。ローシェジェラは、止める気がない。
――……世界様、愛ってなんなの? 世界様は、愛は争いを止めるものとか言うけど、分かんないよ……ロジェ、どうしてあんなに……そういえば、ゼロが迷っていたって。それでも、みんなのためにってどうして復讐なんて選んだんだろう。
記憶を辿れば答えが出てくるかもしれない。エンジェリアは、過去視を使いながら、記憶を辿った。
『あとは、全ての元凶である神獣の王だ。それで全て終わる。もう、僕のような存在を出さずに済む』
エンジェリアでは、視る事ができない映像だ。
暗い中、ローシェジェラが、神獣達を全滅させている。恐らく、ローシェジェラの目的が達成した未来。
だが、そんな可能性は存在しない。ローシェジェラ一人で、神獣達を相手にするのは、不可能だ。
――世界様……ありがと。
彼女の助けだろう。
エンジェリアは、フォルが話さなくて良い方法を、その未来で見つけた。
「フォル、方法ならあるよ。フォルが秘密を言わずに、ロジェを止める方法。エレを使えば、可能なの」