エンジェリアは、魔法により怪我をしている。だが、魔法機械は、それを知らないと言っている。
それが嘘には見えない。
「……それじゃあ、エレを狙ってたのは別? でも、エレは……」
「おんなじ魔法機械なんじゃない。誰かが魔法機械の制御権を奪い、エレを攻撃した。すぐに制御権を戻せば、ずっと見守っているわけじゃなければ、気づかないだろう」
「ふみゅ。可能か不可能かで言えば可能なの。でも、そんなのやれば、リスクが大きいだけで」
フォルの言った方法では、かなり危険だろう。失敗すれば、制御権を奪った事を気づかれてしまう。それだけではない、最悪、制御権を奪った経路を調べ、襲撃に遭う可能性すらある。
そんな危険性を冒してまでやる事とは思えない。
それが小さいと思えるほどの利が得られるのであれば別だが、エンジェリアを狙うというだけで、得られるものではないだろう。
「ふみゅ。難しいの。フォルはどう思う? 」
「エレを狙った相手は神獣だ。それも、ロジェから居場所を奪ったあれに加担してる。エレを愛姫と知らないからこそ、そこまでしてエレを狙うんだろう」
「みゅ? 詳しくなの」
「ロジェが言っていた、愛姫は神獣達と一緒にいる。少なくとも、その偽物は、愛姫とジェルドの事を知っているだろう。それなら、愛姫は、ジェルドの王に愛される存在。愛姫の存在を証明するには、僕らが必要だ。どこからか、僕らの正体を知り、僕らが守っているエレが邪魔になった」
エンジェリアだけを狙っている。エンジェリアが愛姫と言った時、ローシェジェラが信じなかった。
愛姫という存在の事は知らないと思っていたが、そうではないのだろう。
「そういえば、あれ……」
世界管理システムを直そうとしていた時に見た、神獣達の計画の一部。あれはジェルドの事を知っているという証明になるだろう。
「……拠点に行く前に、一つだけ聞いて良い? あなたはエレ達の敵でも味方でもないって言った。どうして? 」
「我々の目的が滅びる世界を救う事だからでございます。我々は、崩壊の書を描いた人の子孫でございます。その子孫として、救いようがあるうちは、世界を滅ぼさせない。滅びない世界にする。今後、我々と姫達の意見の違いで、敵となる可能性もございます。もちろん、味方になる可能性もございます」
崩壊の書の著者は、エンジェリア達は数回会った事がある。話した事も。
その記憶は、わずかだが残っている。
「信じるよ。ゼロ、待ってて」
「……待ちたくない。けど、エレを困らせるのもだめ……待つ」
ゼーシェリオンが、エンジェリアの服の袖を掴んでそう言った。
エンジェリアも、できれば連れて行ってあげたいが、ジェルドの王を何人も連れて行けば、怖がられるだろう。
「……生命と氷の弟だけなら、良いでございます。むしろ、連れて行って欲しいでございます。その二人だけは、歓迎されるので安心して良いでございます」
「ふみゅ……」
ゼーシェリオンが、嬉しそうに目をきらきらとさせている。
「可愛いの」
「エレ、ついでに後で、神獣の記録を保管している場所に行って良い? あそこなら、裏切り者とされた神獣達の事が詳しく書かれている資料があるから」
「一緒に行くの。みんなはエクリシェで待ってて。ロジェ、ピュオはお料理上手だから、勝負するなら、エレのためにちょっぴり残しておくの。仲良くお料理でも、残しておくの」
エンジェリアは、ローシェジェラがピュオと楽しくいるのを前提で言った。
「ゼロとフォルがお呼ばれでエレいらない気がするけど、エレも行くの」
「誤解でございます。姫がいらないとは言ってないです。姫も歓迎でございます」
「なんか言わせたみたいだけど……良いの。それより、魔法機械さんの整備をしてあげたいから、早く行こ」
何度か制御権を奪われているのであれば、何かしら異常があるかもしれない。
少なくとも敵対はしていない。そもそも、魔法機械に罪はない。
エンジェリアは、魔法機械を直すためにも、早く拠点へ向かいたい。
「では、転移魔法を使うでございます」
魔法機械がそう言って転移魔法を使った。
**********
どこか懐かしさを感じる場所。拠点としているのは、崩壊の書の著者に縁があるのだろう。
「ふみゅ。懐かしい気がするの」
「そうでございますか。ここは、かつて崩壊の書……我々の祖がいた場所を模せて作られた場所でございます」
魔法機械や魔法具が多い。しかも全て旧時代のものだ。
エンジェリアは、迷子にならないよう、ゼーシェリオンとフォルの手を握った。
きょろきょろと周囲を見回すと、世界の記録が壁に描かれている。これが、崩壊の書の元となったのだろう。
「崩壊の書の著者は、どうやって書いたんだろうって思っていたけど……もしかして、これを受け継いできて、それで、書いたのかな」
「その通りですが、その通りではございません。恐らく、姫は、人の身でと考えたのでしょう。ですが、それは違う。我々は、魔法機械を用いて、それを受け継いで行ったというのが真実でございます」
人の身では、世界の崩壊の観測などできないという事だろう。
「ふみゅ。それで、あなた達のリーダーは、世界崩壊でも企んだ事ありそうな、崩壊の書の著者の息子さん? 」
「ええ」
「やめる。ゼロ、フォル、帰るよ。それと、伝えておいて。エレ達はまだ会う事なんてできないって。自分の事を、もっと知ってからじゃないと、お話できない。敵になるってわけじゃないよ? 彼のためなの。今のエレ達を見ればきっと幻滅する。だから、ごめんね」
崩壊の書の著者とその息子は、世界の歴史、エンジェリア達が忘れた記憶を知っている。今会ったとして、記憶がないエンジェリア達を見て、どんな反応をするのか。それを考えると、会う気にはなれない。
「相変わらず、おかわり……えっ」
廊下を歩いてきた少年が、顔を真っ青にしてエンジェリアを見る。
少年は、心配そうにエンジェリアの元へ駆け寄り、頬に触れた。
「熱は……ない。エレシェフィール姫様、名前を」
「エレシェフィール・ノーヴァルア・シェルシェヴィレーヴィッドだっけ? 本名なんて普段言わないから、覚えてないよ」
「記憶も以上なし……では、なぜ……なぜ、髪が短くなっているんですか‼︎」
廊下に少年の声が響き渡る。エンジェリアは、咄嗟に耳を塞いだ。
「声大きいの。というか、十分長いから」
現在のエンジェリアの髪の長さは、背丈より少し上ではあるが、背丈とそう変わらないだろう長さだ。普段から、ゼーシェリオンとフォルのおかげでそこまで気にしせず過ごせてはいるが、髪を下ろしていると邪魔と思う事は数知れず。
少年は、そんなエンジェリアの髪を見て、顔を真っ青にしていたようだ。
「いえ! 短い! 昔会った時よりも、数センチ短い! これは異常事態に他なりません! すぐにでも、他に変化がないか調べるべき! 」
「ふみゅ。フォルが大丈夫って言ってるから大丈夫なの」
「そうだね。エレの髪が昔より短いのは、愛姫としての役割を果たしているからこそなんだろう。髪が若干短くなったのと同時に、エレの魅力の変化とでも言えば良いのかな? 」
エンジェリアの髪はかなり特殊だ。毛色もそうだが、その長さの変化も。
エンジェリアの髪は、エンジェリアに合わせて変化する。
少年の知るかつてのエンジェリアと今のエンジェリアの魅力は別にある。それが、髪の長さを変化させたのだろう。
「今のエレと昔エレの魅力ってなんなの? 」
「昔は、とにかく愛らしかった。健気で愛らしい。今のように調子に乗る事も少なかったね」
「今は、何かあるとその度に調子に乗るからな」
「言われてる事に納得するかは別として、そういう事だから心配は必要ないの」
ゼーシェリオンとフォルの調子に乗る発言が原因で、エンジェリアは、不機嫌にそう言った。