「そういう事ですか」
少年が、ほっと胸を撫で下ろした。少年は、エンジェリアの髪の長さが異常事態の前触れにでも思っていたのだろう。
「ふみゅ。心配性なの治ってない。心配しすぎは疲れちゃうよ」
「そうだよ。こんな組織を作って、まとめないととか心配になるのは分かるけど」
エンジェリアの知る少年は、かなりの心配性。それは昔の印象だったが、今もそれが変わっていない。
心配性だからこそ、慎重になり、些細な事に気づく事ができているが、何でもかんでも心配になりすぎて、疲れてしまわないかと心配になる。
「それは分かってはいるんですが、どうしても、心配になってしまって。それより、ぼくに会わずに帰ろうとしておりましたが、記憶など気にしません」
「ぷみゅ。それなら良いんだけど。それで、お話ってなんなの? それに、エレ達は、味方? 敵? 」
早めに確認した方が良いだろう。
いくら知人だとしても、味方とは限らない。
「味方です。姫の返答次第で」
「ふにゅ。なにを答えれば良いの? 」
「簡単な話です。姫、あなたは、過去を知る覚悟はありますか? 我々は、創世記などと呼ばれている、過去の世界を知りたいんです。そして、この先を決めたいと思っています。その鍵は、姫です」
エンジェリアは、覚悟以前に、話の内容を理解できず、きょとんと首を傾げた。
少年は、エンジェリアの理解していないという事に、すぐに気がつき、頭を下げた。
「申し訳ありません。難しかったですよね。その、姫が記憶を取り戻したいと、取り戻して良いと思っているかどうかだけ答えてくだされば」
「それは、思っているの。エレは、どんな過去だろうと、ちゃんと知る。それで、愛姫の役割を全うして、フォルらぶ。みんならぶってして暮らすの」
「それでしたら、味方です。エレシェフィール姫、この先も協力して参りましょう。それと、先の妨害については、あらためて謝罪します」
少年の謝罪を聞いたエンジェリアは、崩壊の書を収納魔法から取り出した。
「ユグベーズ、エレは謝罪なんてしてほしくないの。そもそも、妨害されたと思ってないの。だから謝罪いらない。それより、これの続き? 」
「続きだと、この先に起きる事を書かないといけなくならない? 」
「未来視でも会得しろって事になるな」
「ふみゅ。前き書くの」
続きの逆はと考えた末に言った言葉に、ゼーシェリオンが声を出さずに笑っている。
エンジェリアは、ゼーシェリオンを見て、べぇっと舌を出した。
「ユグベーズ、味方になるとは言っても、利害の一致だけで、協力はしあわない? それとも、僕らがそっちに協力をすれば、そっちも協力してくれる? 」
「協力します。その、神獣でしたか。その方面に関しても、協力を惜しみません。ぼくは、ゼーシェリオン様の夢に救われましたから。その恩返しも含めて、なんでも頼んでください」
少年、ユグベーズが、そう言って、手を差し出した。
「ぷにゅ。よろしくなの」
エンジェリアとユグベーズが握手を交わす。
「なら、早速で悪いけど、頼みを聞いてくれるかな? 」
「何なりと」
「エレとゼロにドレス着せて欲しい。今から神獣の聖地へ行って、資料見てくるから」
神獣の聖地。エンジェリアとゼーシェリオンは、数えるほどしか行っていない。
そこへ行くには、ゼーシェリオンを女装させる方が良いのは、双子姫で通っているからだろう。
「姫の方はドレスを選ぶだけなので、ドレスを用意させますから、フォーリレアシェルス様がお選びください。ゼーシェリオン様の方は、お任せください。必ずや、女性と見分けが付かぬ姿へと変えます」
「変えなくて良い。つぅか、変えないで欲しい」
「ふにゅ。お願いなの。ゼロをとびっきり可愛くしてくださいなの」
エンジェリアは、嫌がっているゼーシェリオンを無視して、笑顔でユグベーズに頼んだ。
後で後悔するなど、考えもせず。
「エレはフォルに可愛いドレスを着せてもらうの」
「うん。任せて。君に似合うドレスを僕が選んであげるから」
「ふにゅ」
フォルに選んでもらえる。エンジェリアは、それが嬉しくて、笑顔で、尻尾を出して喜んだ。
**********
エンジェリアとゼーシェリオンがドレスに着替えて合流した。
エンジェリアは、可愛らしさ全振りのドレス姿。
ゼーシェリオンは、可愛らしさの中に、淑やかさがあるドレス姿。
「……ゼロの方が魅力的なの⁉︎ 」
近くでじっくりと観察したとしても、男だとは気づかれない仕上がり。
エンジェリアは、自分よりも魅力的だと思い、瞳に涙を溜めて俯いた。
「エレはエレで可愛いけど……聖地へ行った時、その喋り方はあまりしないで」
「ふみゅ。大丈夫なの。愛姫発動しておくから。愛姫らしくいるから」
「そうして」
「愛姫発動ってなんだよ」
自分より魅力的なのではと落ち込んでいるのがあり、ゼーシェリオンのそのツッコミに、エンジェリアは、不機嫌になり、猫パンチを繰り出した。
「ご機嫌斜め……エレ、大好き」
「フォルに対してはご機嫌だから気にしなくて良いの。エレはゼロに対してだけご機嫌斜めなんだから」
フォルがエンジェリアの機嫌を直そうとしている。エンジェリアは、フォルに抱きついた。
「なんでゼロの方がきれいなの。おかしいの。エレは魅力ないの……しゃぁ? しゃぁすべき? しゃぁして良いの? しゃぁー! 」
「エレ、聖地では、しゃぁはだめだよ? 」
エンジェリアは、フォルにそう言われ、瞳に涙を溜めて、フォルをじっと見つめた。
「だから、ここで思う存分やって良いよ? 」
「ふみゅ。しゃぁー! しゃぁー! 」
「あの、楽しんでいるところ申し訳ありませんが、神獣の聖地というのは、かなり危険な場所だと記憶しているのですが、大丈夫ですか? そんな気楽というか、楽しそうで」
「大丈夫だよ。エレは、やるってなればやる子だから。今は、後で頑張る分、存分にやりたい事をさせてあげるんだ」
エンジェリアは、フォルの言葉にこくこくと頷いた。
「ユグベーズは心配しすぎなの。エレは、やる時はやる……多分やるから、心配しなくても大丈夫なの。それに、聖地にいる神獣さんは、そんなに危険じゃないから。誰の味方でもない。ただ、かつての神獣の王の命を今でもずっと聞いている。神獣の王に忠誠を誓っている人達なだけなの」
エンジェリアは、何度か聖地へ行ったのもあるが、フォルから、その話を聞いていた。神獣の聖地という場所に住む神獣達は争いを好まないという事まで。
エンジェリアが姫らしくする必要があるのも、ゼーシェリオンが女装をしないといけないのも、安全のためではない。
神獣の聖地の神獣達が持っているエンジェリアとゼーシェリオンの印象がそれだから、それに合わせるだけだ。危険回避のためではない。
「……なぁ、なんで、あそこの神獣達は俺を女だと思ってるんだ? あそこの神獣達が、俺が男だって気づいて驚かねぇように気を使う前に、なんで男だって気づかねぇんだ? 」
「それは仕方がない事なの。神獣さんはそういうのに疎いから、ゼロを双子姫って聞いて、女の子だって勝手に勘違いしちゃっているから。もし、男の子って知れば、とってもびっくりして、大騒ぎになっちゃう。それに、ゼロが可愛い男の子ってとっても人気になっちゃう。それはエレがやなの」
エンジェリアは、ゼーシェリオンとフォルが人気になるのは、良い気分ではない。そのためにも、ゼーシェリオンが、女装やめるとは言ってほしくない。
エンジェリアは、ゼーシェリオンの機嫌を取るため、抱きついて、頬ずりをした。
「……これはこれで……フォル、早く行って終わらせたい」
「うん。そうだね。それじゃあ、行ってくるよ。お互い、何か分かれば、情報交換しよう」
「はい。どうか、お気をつけて」
心配そうにしているユグベーズに、エンジェリアは、笑顔で手を振った。
フォルが、転移魔法を使い、神獣の聖地へ転移した。