ゼーシェリオンは、エンジェリアを寝かせた後、自室へ戻った。
呪いの聖女の件が解決した後から、エンジェリアは、ずっとぼーっとしている。ゼーシェリオンは、エンジェリアには悪いと思うが、少しだけ、安心していた。
自室へ戻ったゼーシェリオンが手に取ったのは、エンジェリアとフォルが書いた手紙。
「……」
エンジェリアの手紙を開く。
【べぇ。エレを一人にしたゼロはきらいなの。これ以上きらわれたくなかったら、どっか行かないの。エレのお世話をするの。ちゃんと、相談するの。エレは、頼りないかもだけど、みんなのためなら、がんばれるの。だから、ゼロはエレを信じて、エレになんでもお話すれば良いの。
でも、でも、エレは怒るだけじゃだめなの。方法はもっと他に考えれば良かったと思う。いっぱい、いっぱい、思うところがあるの。それでも、ゼロが救ってくれたものは消えないから。消さないから。
がんばったね。大切なものを守ってくれてありがと。
そうやって、褒めてあげるの。それも、エレの役目だから。
これを読むのはきっと、世界が大きく変わる回なの。どんな世界でも、みんなで一緒だよ。楽しい思い出をいっぱい作るの。それで、いつまでも、幸せに暮らすの。
ps.この手紙を読んだゼロは、エレにフルーツタルトを百ホール用意しなければならないの。しなかったら、エレが拗ねるの】
手紙の上に水滴が落ちる。
「百ホールも食えねぇだろ」
止まらない涙を拭い、ゼーシェリオンは、エンジェリアの手紙を箱の中にしまった。
エンジェリアの手紙をしまうと、残ったフォルの手紙を開いた。
【エレが絶対に許さないのって言いながら手紙を書いていたよ。あの様子だとケーキ要求してくるんだろうね。でも、いっぱい与えたらだめだからね?
エレの話だと、この手紙は、ずっと先に読まれるらしい。君は、この手紙を見つけるまでも、見つけた今も、あの時の事を後悔してる?
隠さないで欲しんだ。なんでも相談して欲しいんだ。
もっと、エレの事を考えて欲しいんだ。
きっと、この手紙を読む時にはそうなっているって信じるよ。
それと、これは、みんなには内緒。始めた理由は、情報収集とか、便利だからとかだったけど、僕は、あの店をやっている時、楽しかったんだ。また、みんなでやりたいね。今度は、もっと広くして、ルー達も手伝わせて。そうすれば、楽しいと思うから。
僕は、エレ優先だから、エレが望まないなら、言わないけどね。ゼロには、良いかなって。
最後に、この手紙を見た君が、笑ってくれる事を願ってる】
フォルがこの手紙を書いた時、ギュゼルのみんなが見つからないと、一人で悩んでいたのを知っている。それでも、ゼーシェリオンを気遣い、この手紙を書いたのだろう。
「にゅにゅ」
「なんでちゅの? 」
「ゼムと話してくるから、エレの面倒見てくれ」
「了解でちゅの」
ゼーシェリオンは、紺色の小龍にゅにゅに、エンジェリアの面倒を任せ、ゼムレーグの部屋へ向かった。
**********
「ゼム、いる? 」
「うん。ゼロ? こんな時間に来ると、エレが拗ねない? 」
「寝てる。入って良い? 」
「うん」
ゼーシェリオンは、扉を開け、ゼムレーグの部屋を訪れた。
片付けられている部屋。いつもと変わらないと思い見ていると、魔法に関する本が前よりも増えている。
「……魔法、使ったって聞いた」
「うん」
「ごめん。俺がずっと、何も言えなかったから。本当は、ゼムに魔法を使って欲しかった。やめて欲しくなかった。けど、ゼムが、俺の事を想ってそうするようになったのを知っていたのに、言えなかった。言えば、ゼムの想いを無視する事になるかもって思って」
ゼーシェリオンが、当時の想いを打ち明けると、ゼムレーグが、笑顔でゼーシェリオンの頭を撫でた。
「オレの方こそごめん。ずっと気を遣わせて。ゼロ、魔法、見てくれる? ゼロが大好きって言ってくれた、オレの魔法」
「見る! 絶対見る! ゼムの魔法、俺が一番好きなんだから、俺に見せるんだ! 」
エンジェリアみたいな事を言っていると思ったが、そんなわがままを言うくらい、ゼムレーグの魔法が好きなんだという事で、気にしない。
ゼーシェリオンは、今日はゼムレーグにとことん甘えようと想ってきている。そんな事を気にしている暇などない。
「エレの真似? ゼロには、特別」
そう言って、ゼムレーグが、両手を曲げ、手のひらを上向きにした。
ゼムレーグの周囲がひんやりと冷えてくる。
部屋の中だというのに、雪が舞う。
雪は、光を反射して七色に光っている。
「光魔法と合わせてみた。こういうのは好きだから」
「ああ。好き。俺のゼムが帰ってきたって思える。俺の一番好きな景色」
ゼーシェリオンは、七色に光る雪を見つめたあと、ゼムレーグに抱きついた。
「今日はとことん甘える日なんだ。エレ以上に甘やかせ。今日のゼムの一番は俺がもらうんだ」
「エレも大事だけど、ゼロも変わらないくらい大事だよ。オレの大事な弟なんだから」
「じゃあ、たっくさん甘える。これからは、ゼムがずっと守ってくれるんだって、安心するまで帰らない」
今までは、ゼムレーグの分までエンジェリアを守らないといけない。自分がゼムレーグから魔法を奪ったからこそ、その重責がずっとゼーシェリオンの中にあった。
だが、ゼムレーグが魔法を使うようになった今、ゼーシェリオンのその重責は、軽くなった。
「俺がエレを守るのは変わんなくても、ゼムが一緒だと、安心する。ゼムは、俺の自慢の兄さんなんだから、当然だよな」
「そこまで期待されてると、期待を裏切ったらどうしようってなるんだけど、そう言ってくれるのは嬉しいよ」
ゼムレーグが、そう言って、ゼーシェリオンの頭を撫でた。
「そういえば、エレはどうしてる? 一人にしていて大丈夫? 」
「エレはりゅりゅが面倒見てくれてる。エレは、ずっとぼーっとしているから、変な事しそうにねぇから、俺がついてなくても大丈夫だろ」
「心配だね。今までこんな長い間なる事は少なかったから。なんともないと良いけど」
エンジェリアが、今回のようにぼーっとするようになる事は何度かあった。だが、大抵は一日で終わる。今回のように長引く事はかなり稀だ。
「心配ではあるが、俺らがどうこうできるもんじゃねぇだろ。俺らは、エレが元に戻った時のためにも、普段通り世話してやるだけだ」
「オレもエレのためにクッキーでも焼こうかな。甘さは控えめにしないとだけど、少しくらいは喜んでもらえると思う? 」
「大喜びだろうな。甘さ控えめでも。ゼムが作ってくれたのって大喜びする。ついでに俺の分もくれるから、俺も大喜びする。その大喜びの姿を見て、ゼムも大喜び。大喜び連鎖。やらないという選択肢がないくらいの」
ゼーシェリオンは、焼いて欲しいとは言わずにそう言った。
「二人分用意しておくよ」
「ああ……そろそろエレのところ戻った方が良いかも。寂しがるだろうから。また来るから、そん時は、たっくさん甘やかすんだ」
「うん。たくさん甘やかすよ。魔法も、今まで見せてあげられなかった分、たくさん見せる」
「ああ。エレ寝かしつけたら、毎晩のように来るから。エレが寝ていても寂しがるから、あんま時間取れねぇが、それでも、来るから、見せるんだ」
ゼーシェリオンは、そう言って、エンジェリアの部屋へ戻った。
**********
エンジェリアは、ぐっすり寝ている。起きそうにない。
「……けーきしゃん、ひゃくほーりゅ」
「だから、百ホールも食えねぇだろ」
エンジェリアの寝言に突っ込む。
ぐっすり寝ているエンジェリアの頭を撫で、隣に寝転んだ。
「一緒にいるから」