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7話 宿舎


 なるべく目立たぬよう気を遣いながら、職人街の宿舎へ辿り着いた。


「試験管専用の宿……とっても良いの」


「職人街の宿っていうだけあって、家具とか高級品より質が良いのが良いよね。ベッドも、エレの求める寝心地最高のベッドで」


 この宿舎は、あの試験会場で試験をする際に、選ばれた試験管達が泊まるためだけに作られている。


 職人街の他の宿もそうだが、こだわりが強く、ここでしか体験できない、極上の休息を楽しめるようになっている。


「エレ、部屋はいっぱいあるけど、僕と一緒の部屋で良い? 」


「フォルと一緒以外は認めないと言うエレなの。エレに何かあったら、どのフォルが助けてくれるの? って言ってみる」


「うん。なんかちょっとおかしいね。エクシェフィーの御巫の訪問は気がかりだけど、イヴィとフィルもいるから、そんなに気にしなくて良いとは思うけど」


「ふにゅ。その上、頼りになるエレのおにぃちゃん的存在、ルーにぃがいるから、エレは何も心配しなくて大丈夫なの。ノヴェにぃと魔法具のお話いっぱいしていても大丈夫だけど、明日試験管としてがんばらないとだから、それは我慢」


 エンジェリアは、この職人街でノーヴェイズと夜通し魔法具の話で盛り上がりたいが、それをしてしまえば、明日の試験に支障が出るだろう。


 なるべく休む事だけを考える。


「フィル達、大丈夫かな。もうそろそろだけど」


「ふにゅ。早く来ないとなの」


 試験管は、前日の指定された時間までに宿舎の中へ入る必要がある。その後、試験日まで、外へ出る事はできない。


 これは、試験管を守るための決まりだ。


 今はそうでもないが、試験をするようになった頃、夜になると治安が悪く、外にいれば、危険な事にいつ巻き込まれてもおかしくはないという状態だった。


 今では少なくなったが、廃止されないのは、宿舎の特殊な結界の影響だ。


 特定の時間となると、宿舎の周囲に特殊な結界が張られ、誰も出入りできなくさせる。それを撤去する事は難しく、この決まりが残っている。


「間に合った」


「ふにゅ。みんなきたの。早く入るの」


「分かったよ」


 フィル達がきて、エンジェリア達は宿舎の中に入った。


      **********


 部屋は余るほどある。共同空間も存在する。浴室は、大浴場となっている。男湯、女湯と別れてはいない。時間差で入るようになっているのだろう。


 エンジェリアは先に部屋へ置いてかれ、フォル達は、共同スペースへ向かっていた。


 部屋に置かれたエンジェリアは、フォルが来るのを待つと、荷物を置く仕草をした。


「ふにゅ、荷物はないけど、荷物を置いたふり」


「エレ、エレにプレゼントだって。共同スペースに置いてあった」


「ふぇ? 」


 服職人からのプレゼントだ。良く寝れるように工夫された服。


「こ、これは⁉︎ とっても嬉しいの。明日、顔を出してお礼言う」


「うん。そうだね。僕ら全員にプレゼントって置いておいてくれたから、みんなで行こっか」


「行くの。みんなでいっぱいお礼を言って、試験管がんばるって言ってくるの……なんか違う……このお洋服のおかげで、いつも以上にがんばれそうなのって言うの」


 エンジェリアは、服に皺ができないよう気をつけながら持ち、カゴの中に入れた。


「フォル、お風呂行くの。足疲れてるからお風呂で疲れを取るの」


「タオルちゃんと入れなよ」


「みゅ。ふかふかのタオルー。ふかふかでーらぶ」


 ここではタオルもこだわり抜いている。他の場所では見ないような高品質なタオルに、エンジェリアは、思わず頬擦りしそうになるが、入浴後の楽しみがなくなると思い、何もせずにカゴの中に入れた。


 だが、やはり、頬擦りをしたいと思ってしまう。この欲をどう紛らわそうか。そんな事を一人で考えていると、フォルに抱っこされた。


「早く行くよ」


「ぷにゅ」


 フォルが、エンジェリアを抱っこしたまま、自分の衣類もカゴの中に入れ、カゴを持ち、部屋を出た。


      **********


 エンジェリア達が大浴場へ着くと、フィル達もきていた。


「偶然なの。みんなもお疲れだから? 」


「ううん。俺は、この後魔法具製作の続きをしたいから。やると集中して何もしそうにないから、先に入っておこうと思って」


「私は、ノーヴェイズ殿の魔法具製作の見学兼手伝いをするためです」


 イヴィは、ノーヴェイズの魔法具にかなり興味があるようだ。


「俺は、フィルに誘われてきた」


「ここの大浴場を見てみたくて、ルーを誘ってきた」


「偶然なの。みんな違う理由で揃ったの。ちなみにエレは足が疲れているから」


「……ノヴェ、僕らは慣れてるけど、エレ一緒で大丈夫? 」


 ノーヴェイズ以外は、エンジェリアとの入浴経験がある。今更一緒になろうが、気にはしないだろう。

 だが、ノーヴェイズは、今まで一度もこんな事はない。エンジェリアが気を遣っていたわけではないが。


「大丈夫。ピュオも俺の前だと堂々と着替えるから慣れてる」


「……エレ、ピュオねぇよりも気にしなくて良いの。エレはお子様だから、気にする必要ないの」


「気にはするよ。慣れているけど」


「お子様……エレって、お子様の頃から、他にはない魅力があったんだよね。今はその魅力だけが伸びてる」


 エンジェリアは、フォルに、脱衣所にある椅子に座らせてもらえた。


 エンジェリアが何も言わずとも、フォルが、服を脱がせてくれる。


「甘々なの。今日はとっても甘々。いつも以上に甘々かもしれないの」


「どうだろう。いつもはゼロに任せるから、そう感じるんじゃない? 今日はゼロがいないから」


「きっと寂しそうにしてるの。試験が終わったらたっぷり甘やかしてもらわないと」


 きっと今頃は、ゼーシェリオンは、一人寂しく、ぐすぐすと泣きながら、エンジェリアとフォルに会えるのを願って、試験勉強をしているのかもしれない。

 そう考えると、胸が締め付けられる想いだが、会うわけにも、共有をするわけにもいかない。


 これが試験管となる辛さなのだろうと、エンジェリアも我慢するしかない。


「ぐす、ゼロ、今頃エレを思って、枕を濡らしているかもなの。流石のエレも可哀想って思っちゃう」


「うん。そうだね。連絡すらできずにいるから寂しいだろうね」


「ゼムあたりに、泣きついているかもしれないの。ゼロ……ぴぇ」


 ゼーシェリオンに会えないのを寂しがるエンジェリア。それを慰めてくれているフォルも、少し寂しそうだ。


「あのね、エレ、離れていて気付いたの。エレは、ゼロがいないとなの。ゼロがいないとだめなのに、ゼロ、どこにいるの」


「エレ、このゼロぬいぐるみを見て、ゼロを感じよう」


 フォルがそう言って、ゼーシェリオンのぬいぐるみを出した。


「……ゼロの偉大さを感じるね」


「ゼロが偉大というより、三人でこそなんだろう」


「はい。三人だからこそですよ」


「……誰も、エクリシェにいるって突っ込まない」


「しゃぁー! エクリシェにいるとしても、寂しいのは寂しいの! エクリシェだから寂しくないなんてないの! 」


「それは分かるけど、とりあえず、ここで話してないで、早く大浴場であったまらないと風邪ひく。それと、フォル、いくら寂しいからって、大浴場の中までそのぬいぐるみは持ち込み禁止」


 さすがは兄弟と言ったところだろう。フォルが、こっそりゼーシェリオンのぬいぐるみを持って行こうとしていたのに気付いていたようだ。


 エンジェリアは、フォルが持ち込む事に今気づいた。


「持ち込む……」


「だめ。置いてきなさい」


「……ゼロ」


「それはゼロじゃない。持ち込み禁止。出たらいくらでも愛でて良いから、我慢」


「……むぅ」


 まるで聞き分けの悪い子供と、言い聞かせている大人でも見ているかのようだ。


 フォルは、諦めてカゴにゼーシェリオンのぬいぐるみを置いた。


「寂しいのに」

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