入浴後、エンジェリアは、服を着替えて、ご機嫌に踊っていた。
「これとっても良いの。エレ、毎日これが良い。職人さんはとってもすごいの」
「うん。ほんとにすごい。この世界でこんな服を着れるなんて」
「ふにゅふにゅ。昔は、今以上に発展していたから、技術力も高くて、こういうお洋服いっぱいだったけど、今は違うから」
エンジェリア達が記憶する世界。その世界では、このような服は当たり前に存在していた。
だが、今の世界では見た事のない服。その服を着れた喜びは、懐かしき思い出を鮮明に思い出させる。
「本当に懐かしいの」
「うん。これを着ていると、お姫様エレを思い出すよ」
「それは思い出さなくて良い事なの! お姫様エレは、恥ずかしいから思い出しちゃや」
前回の世界、エンジェリア達は、幼い頃からずっと孤児院で一緒にいた。その頃、エンジェリアが愛姫である事から、お姫様ごっこと称して、エンジェリアに姫待遇する遊びをしていた。
その遊びの内容が、エンジェリアにとっては、忘れたい思い出。
みんながお姫様と言いながら、エンジェリアを姫待遇しているうちに、エンジェリアも調子に乗っていた自覚がある。
「……そういえば、あの回って神獣さんは堂々と出てなかったよね? もうすでに何もない状態からだったけど」
「うん。そうだね。前回出てなくて、今回突然こうなっているのにも何か関係があるかもしれない。ってエレは考えてる? 」
「ふみゅ。良く分かったの」
「話の流れとエレの考えそうな事の予想。関係は、ないとは言い切れないけど、初めの頃はまともだったから、関係あるとも言えないよ」
この世界に転生してすぐの回では、エンジェリア達を、御巫と認めていた。今のように、エンジェリアを排除しようとなどしていなかった。
「ふみゅ。そうなの。それが不思議なの。そもそも、今の偽の愛姫がどこでその情報を知ったかっていうのも不思議なの。そんな情報、簡単にしてないはずなのに」
愛姫の存在を知る事は、今回の世界では非常に困難な事だ。
今回の世界となってすぐ、前回の世界の記憶を知るものはエンジェリア達だけ。そんな時に、フォルが、愛姫とジェルドに関する情報を全て消していた。
誰にも見つからないよう、徹底的に。
フォルが情報を消し忘れていたというのはないだろう。そうなれば、考えられるのは、記憶を持っていたから。だが、記憶を持っていたのであれば、愛姫とジェルドに関する知識があまりにも少なすぎる。
偽の愛姫は、記憶などないだろう。
「……誰かが、偽の愛姫に僕らの事を教えた。その可能性はあるんじゃない? 」
「ぷにゅ。その可能性が高そうなの。でも、目的が分かんないの。教えてほっとらかしは分かんないの。何か目的があって、偽の愛姫に何かをやらせたくて教えているんなら、ぼろが出そうな状態にしておくのは変なの」
「出ないよ。そもそも、愛姫の存在なんて誰も知らないはずだ。本物の愛姫と違ったとしても、誰も気づかない。本物の役目を知らず、愛姫であるから愛されるべき存在と言ったとしても、疑うだけの証拠はない。しかも、疑えば処分だ」
情報を消した事が裏目に出ているのだろう。全ての情報がないため、愛姫を知らない神獣達が、偽の愛姫を愛姫と信じて疑わない。
だが、そうだとしても、疑問は残る。
「……始まりは? それなら、どうしてそうなったのか。そこもあるはずなの。愛姫を知らないのに、どうして愛姫を信じたの? ってなるの」
「救世主とかなら信じざる得ない状況なんだろうけど、何があったんだろうね。洗脳って可能性も捨てきれないか」
「……ぷにゅぅ。誰が愛姫を教えたのか。それを知れないと何も分かんない気がするの。もしかしたら、教えた人が、何でもかんでも信じ込ませる天才だったとかもあるかもしれないから」
他にも可能性は色々と考えられるが、偽の愛姫に情報を教えた人物が分からない状態では、なんとも言えない。
エンジェリアは、考え疲れ、ベッドに寝転んだ。
「そういえば、崩壊の書に愛姫の代理とか書いてあったの。エレの卵から生まれた子がこんな事するわけないから、今回の件に関係ないけど」
「……関係なくはないかもしれないよ? 君の卵の事もあるから、本人の意思関係なく利用されている可能性もある」
「そうなのかな? だとしたら、エレ達が助けないとなの。エレが産んだ子には、幸せに生きてほしい。他もそうだけど……エレは、エレの産んだ子は……特別」
「うん。大丈夫。分かってるから。もし、そうだとしたら、助けてあげよう」
そう言って、フォルがエンジェリアの隣に来てくれた。エンジェリアの頭を撫でてくれる。
「うん。エレは、そろそろねむねむさんしないとって分かっているけど、寝れないの。色々考えちゃうから。だから、フォル、もう少し起きてて良い? 」
「うん。もう少しくらいなら起きてて良いよ」
「ぷにゅ。ゼロにもこのふかぁ感を堪能してもらいたかったの。堪能させてあげたかった。だからね、次はゼロと一緒に試験管をできるように高得点合格してもらうの。しないとだめってわがまま、きらいにならない? 」
「むしろ喜ぶんじゃない? それで、必ず高得点取ってやるって言うと思うよ。僕らは、愛姫のわがままを聞くのが好きなんだ。愛姫が、頼ってくれるのが好きなんだ。ほんとは毎日のように僕らにきらわれないか不安な愛姫を知っているから。好きでいてくれているって分かるからってやるわがままを、喜んで聞いてあげるんだ」
エンジェリアがどれだけ隠していても、フォル達はそれに気づくのだろう。
それこそが、エンジェリアが愛されている証明にもなるのだろう。
エンジェリアは、フォルの手を握った。
「あのね、エレは、愛姫としてがんばらないといけないのに、何もできてないんじゃないかなって思うの。エレは、ゼロが抱えているものも、フォルが抱えているものも、知っていても、何もしてあげられないから」
「そんな事ないよ。それに、それは僕らもおんなじなんだ。愛姫の重みを知っていながら、君が限界を迎えるまで何もできなかった。だからこそ、またそうならないように、支えないとってなれたんだけど」
愛姫の重み。それは、エンジェリアには重すぎるもの。
一人の少女が、世界を背負うようなもの。それを、何年も、誰にも相談できずに背負っていかなければならない。
それは、エンジェリアには、重過ぎた。
「……どうしてなんだろ。覚えてなかったはずなのに、こうしているだけで、何もしてないのに、思い出すの。エレ達が、何度も何度も世界を滅ぼしている記憶が、鮮明に蘇って……世界は残酷なのかなって思うの。何もなかったらきっと、エレはこの記憶に耐えられなくて、世界を滅ぼしてた」
愛姫は、世界を守るために世界を滅ぼすのが役割。その残酷と言うのは、世界を滅ぼす原因となるもの。
「フォルがいつもエレにはきれいなものが似合うって、きれいな景色を見せてくれるから。エレは、そのおかげで、世界は残酷なだけじゃないって思えるの。エレには、ゼロもフォルも必要なの」
フォルが綺麗な景色を見せてくれる。ゼーシェリオンは、いつだってエンジェリアを生かそうとしてくれる。それが、エンジェリアが、愛姫の重みを耐えられる理由となっている。
「フォル、偽の愛姫はきれいなだけだけど、エレは、醜く、必死になって、足掻いて、強い一輪の花みたいにがんばるの。きれいじゃないエレでも、好きでいてくれる? 」
「綺麗じゃない? 何言ってんの? むしろ、僕はそっちの方が綺麗で美しいと思うよ。僕も、それに関してはゼロと同意見だ。綺麗に着飾って、全てを与えられる花より、誰に笑われようとも、醜く足掻き続けている花の方が好きだから」
「うん。ふぁぁぁ。フォルとお話でねむねむさん。おやすみ」
「うん。おやすみ。僕のお姫様」