「人が歴史に名を残す、一番簡単な方法。それは『劇的な死』だ」
妹の去った執務室にて。思惑を当てたわたしに、父バグダートは悠々と語る。
「大きな出来事に絡められると素晴らしい。たとえば、暗殺者から王を護って死んだとしよう。するとその者は一介の兵士であろうが、銅像を建てられたり帝国歴に名を記されることだろう」
それはたしかに。
「王は全力で媚びてくれるでしょうね。そうなれば他の兵士も、『王のために頑張れば自分も歴史入りできる』と思って、同じ場面で死んでくれる」
「大正解だ。本当に賢くなったねぇ、エリシア。キスしていいかな?」
「遠慮しておきます」
父からの愛をきっぱり断る。こんな人に愛されたっていいことなさそうだしね。
「それは残念だ。ああ、可愛い娘よ。キミは少々不愛想だけど、亡き妻に似て顔は本当に極上だ。十歳という年齢も、実にいい味を出しているね?」
キモいんだが。なんか仮面を剥いだら愉快になったなぁこの人。
「そんなキミだ。――もしも隣国が攻めてきて、キミが真っ先に犠牲になったら、きっと国はエリシア・フォン・『フェンサリル』の弔い合戦を開いてくれるだろうねェ?」
「なるほど」
そういうことか。またとんでもないことを考えてくれる。
「それはモチベーションになるでしょうね。『敵国が攻めてきたから反撃するぞ』よりも、そこに女児が殺されたから復讐する――というヒロイックな理由が付属する方が、単純にアガる」
「最高のプロパガンダになるだろう?」
わたしは頷いた。たしかに最高よ。発想は最悪だけどね。
「それもキミは、王族の元婚約者で、障害を負った身でありながら国の礎となることを志願し、軍人になった少女だ。きっと侵略軍と懸命に戦い、そして花を散らしたのだろう。兵士たちの御旗となるには完璧すぎるよ」
「だからわたしを軍人としたんですね。お父様、賢すぎです。死んでください」
「それはキミの役目だよ」
父は朗らかに微笑んだ。
――本当に、極まってんなぁこの人。
「そうしてキミを介し、『フェンサリル家』の名は帝国に永劫残り続けるだろう。あの悲劇の聖女エリシアを輩出した家として、下民共に劇とか開かれまくるんだ。最高だね~~~~~~~~」
「アナタは最低ですけどね~」
きっとこの世で最も下劣な父親、バグダート・フォン・フェンサリル。
前世のテンプレートな毒親なんて及びもつかない存在だ。乙女ゲーの影にはこんな男がいたなんてね。
「不愉快なのでもう出ていきますよ。お仕事中、すみませんでした」
「いいさいいさ。隣国の動き的に数年の内に侵略が起こるだろうから、そのとき華々しく死んでくれたまえ」
正解だ。実際、乙女ゲーのクライマックス――今から八年後には、隣国からの大侵攻が起こる。
それを知ってるわたしだけど、まぁどうにかする手段はないわね。誰になんて言えば戦争止まるかなんて知らないし、逃げればいいわ。
「それとキミの預け先になるグラズヘイム領の一代領主、『ヨシュア・フォン・グラズヘイム』もセットで死ぬように」
「ああ、分家貴族の私生児という者ですか?」
「そうだ。よりにもよって我が従弟は、異国人の娼婦に種付けしてしまったようでね。気持ちの悪い限りだよ。でも暗殺したらあからさまだと貴族界で思われるから、グラズヘイム領を与えたわけさ」
「それも結構あからさまですけどね~。ま、戦争で死んだ方がその人も名誉になりますか」
適当に答えながら執務室の扉を開ける。もうこの部屋には二度と入ることはないだろう。
「ああ、エリシア」
そうして出て行こうとするわたしに、父が名を呼び止めた。
「まだなにか?」
「いやなに。私の本性を知ったことで、軽蔑したかね?」
「それはもちろん」
徹底的な家紋第一主義。家の名を残すためなら、娘に死を与える男。
これで軽蔑できない要素がどこにあるのか。人非人の役満セットだ。
「そっか~。嫌われちゃって悲しい限りだよ~」
などと、軽い声音で父バグダートは言ってきた。
って、いやいやいや。本音か冗談か知らないけど、何言ってるんだろう。
「軽蔑はしてますが、それはちょっと違いますね」
「……なんて?」
たしかに彼は最低だ。親としては失格もいいところだ。
だが、しかし。
「貴族の仕事は、家を栄えさせること」
つまりは彼もまた、日々職務に身を削っているわけで――、
「仕事を頑張るアナタは、なかなか嫌いじゃないですよ?」
「っ――」
「それじゃ」
わたしは微笑と共に別れを告げると、さっさと部屋から出て行った。
さーて、今からさっそく引っ越しの準備をしよ~っと。
「…………父親になんて気を起こさせるんだい、あの子は」
◆ ◇ ◆
「さぁ行くわよ、サクラニック」
父とのぶっちゃけ会話から数日。旅立ちの日はすぐにきた。
黒を基調とした女性用軍服に身を包んだわたしは、サクラニック――あの日わたしを振り落としてくれた馬――をいただき、それに跨って屋敷を出ていく。
「――まさかこんなに早く娘が旅立つとは。感無量だねぇ」
なんか、門の先に最低なオッサンがいた。
「なにやってるんですか、お父様」
「見送りだよ。可愛い娘が出て行ってしまうんだからね」
「どの口が」
なんかこの人うざいんだよなぁ。
前は穏やかながら最低限しか絡んでこなかったのに、転生前の記憶取り戻して出ていく宣言してからは、夕食の時とかちょくちょく話しかけてくるし。
なにが『好きな子できたかい?』だよ。修学旅行の中学生か。
「じゃあ可愛いエリシア、しっかりと死んで来るように」
「最低の別れの言葉ですね。残念ながら死にませんよ」
ゲーム通りならだいたい侵略の時期はわかるから、逃げるしね~。
「でもまぁ『鉱山のカナリヤ』くらいにはなってあげますよ。侵略始まったらコチラから火の手あげますから、迎撃の準備整えてください」
「了解だ。領主の仕事をよくわかってるね~」
頭を撫でてくるバグダート。マジでなんなんだコイツ。
「可愛いエリシアとヨシュアなる男には死んでほしいけど、それはそうと侵略でウチが滅んだら困るからね。これから数年はせいぜい練兵を頑張るさ」
「ゴミですけど真面目ですよね、お父様」
父の行動原理は徹頭徹尾、我がフェンサリル家を盛り立てて守護することにある。
なので馬鹿な酒盛りや女遊びは一切やらないのがこの男だった。
ぶっちゃけ貴族社会の社畜よね。わたしの親に相応しいかも。
「じゃあ元気でね、エリシア。――娘を振り落とした馬も、この子によく従うようにね?」
『ブルルヒッ!?』
父が撫でるや、サクラニックはびくびくっと全身を震わせた。わたしまで揺れるからやめてほしい。
「そちらこそお元気で。せいぜい長生きしてください、最低なお父様」
「ああ。いい感じのところで死んでくれよ、可愛いエリシア」
こうしてわたしたちは、家族としては終わり過ぎている別れをするのだった。
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【Tips】
・『バグダート・フォン・フェンサリル』
エリシアの父。フェンサリル領(旧バイエルン州・ミュンヘン)辺境領当主。三十九歳。
趣味も仕事も、自分の家を盛り立てて守ること。ある意味幸せな人生。
温和で優しげな雰囲気の中に、蛇の舌先のごとき湿気を感じさせる男。
本気を出せば後者の雰囲気も隠すことが可能。
娘たちや家の者たちを心理的に支配するために、あえて圧力の微粒子を滲ませている。
ちなみに鈍感な使用人は一切気付かずただの優しい人に思ってくるため、ちょっと、困る。
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