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第6話:覚醒、概念魔術



「形式上、自己紹介をしておこうか」



 領民たちが集まる中、黒髪褐色の男・ヨシュアは口を開いた。



「俺の名はヨシュア・フォン・グラズヘイム。この地を任された一代貴族の男爵だ」



 堂々と名乗るヨシュア。傷だらけながらも美丈夫だけあり、強いカリスマ感を感じる。

 そんな彼を見つめる領民たちの視線は熱い。アイドルファンみたい。よほどヨシュアを慕っているのか、冷たい針のようだったわたしに対するモノとは大違いだ。

 ま、最後の方はわたしも熱くさせてたけどね。怒りで。



「ヨシュア、ねぇ……」



 原作ゲームにはいなかったキャラだ。

 褐色肌なら『用務員のガネさん』という人気のサブキャラがいたが、あのキャラの肌色は元々白人の日焼けしたアラブ・ヨーロピアン系。

 対してヨシュアはそれよりも色素が色濃く、先住・オーストラロイドに近い。親戚ってこともなさそうね。



「……なんだ、俺の肌を見て。異国人の血が混ざっていることに嫌悪を感じているのか」


「いや別に?」


「嘘を吐くな。好きに馬鹿にしたらいい。だが、領民たちへの侮辱だけは許さんぞ」



 焼けた外套を翻し、彼は下民共を護るように立った。

 その姿に無言の歓声が上がる。


 ……コイツ、演技じゃなく素でやってるなら、人気取りの天才ね。天性のアイドル気質か。



「貴様を預かるよう命じられた身だが――エリシア・フォン・フェンサリル」



 そしてアイドルのヨシュアさんは、わたしを鋭く睥睨してきた。



「俺は、貴様を嫌悪する。被差別者たちに〝仕事を果たしてありがとう〟だと? ふざけるな」



「は?」



 ふざけるな? 一体どういうことかしら。ふざけた覚えはないのだけど。



「不愉快極まる。子供の戯言にしても容認できん。我が病み疲れた領民たちを見るがいい。彼らは誰一人として、辛い立場など望んでいなかった」



 まぁそうでしょうね。



「彼らは無理やりに社会から放逐されたのだ。それをどう思う?」



 どう思うって。



「世の中そんなものでしょう」


「……なに?」


「役目を自分で選べることなんて稀でしょう。仕事も立場も、〝誰か〟が勝手に振り分けるものよ。極論、生まれた瞬間からね。違う?」


「…………」



 ヨシュアはしばし押し黙った。いや黙らないでよ。



「アナタなら、わかるはずよねぇ?」



 そう。なにせ彼は、貴族の遊びで娼婦の胎に芽吹かされた身。それで今こうして、国境線間際の病人が集う僻地を押し付けられている立場なのだから。


 ぶっちゃけ、死んでほしいと願われているのだ。大きな力がそうあれこしと望んでいるのだ。



「虚しいわよね。勝手な射精で作っておいて、それがわかったら排除に動かれるなんて。きっとアナタは親にとって、シーツの黄ばんだ染みだったのね」


「黙れ」


「黙らないわよ。ねぇアナタ賢そうだから自覚あるでしょ? アナタの役目は『鉱山のカナリア』。侵略が起きた際、この領地が真っ先に燃え上がることで、その死に煙でフェンサリル領に危機を伝えるの」


「……」


「黄ばんだシーツを信号旗にするなんて、貴族は意外と清貧主義よね。あ、これはジョークよ。ふざけたわ。笑いなさい」


「………………」



 全然笑ってくれなかった。人生初のジョークは失敗したらしい。ヨシュアは憮然と視線を鋭くさせた。



「ふぅむ」



 動揺はないみたいね。やはりヨシュアは自分の立場が使い捨てだとわかっている。

 その上で、民草に慕われるほど立派に領主を務めているようだ。



「ヨっ、ヨシュアの兄貴! もうこんなクソ女の相手することねぇっすよ!?」



 楽しく会話していると、エーダ少年が割り込んできた。クソ女だとぉ。



「わたしのどこがクソなのよ?」


「全身全霊でクソだろうがバァカッ!」



 うざ。唾かけたろ。ぺっぺっ。



「うわッ、なんだこいつ!? ……ヨシュアの兄貴、こいつマジで追い出しましょうよ!? き、貴族の連中がなんか言ってきても、兄貴の力があれば……!」



 押し黙ったままのヨシュアと、彼の袖を引いているエーダ少年。「ねえ、兄貴……!」という必死な声だけが寒村に響いた。



「なんか、変な空気になっちゃったわね」


「ってテメェが言ってんじゃねえぞボケェッ!」


「はははははははははははははは」


「なに無表情のまま笑ってんだ!?」



 うん、楽しく会話できたわね。

 そうして『エーダ少年とは仲良くなれたみたい』と確かな実感を覚えていた時だ。

 不意に、



『ガァァァアアーーーーッ!』



 荒々しき咆哮が、山の方から響いた。



「ッ――!」



 瞬間、ヨシュア・フォン・グラズヘイムが駆け出した。

 一瞬なんて表現すらぬるい。まさに刹那の内に踵を返し、大剣を背に山へと駆けた。



「あら速い。ていうかさっきの咆哮は?」


「魔獣だよ! また魔獣が出やがったんだっ」



 村人たちが竦み上がり、エーダもまた狼狽えだした。



「魔獣ですって? 今の咆哮、かなり村から近かったけど」


「あぁそうだよ。グラズヘイム山は魔物の宝庫だからな、たびたびこの麓の村に降りてきやがるんだ。……逃げようにも、オレらに他に居場所はねぇし……!」



 憎々しげにわたしを睨むエーダ。


 なるほど、なるほど。

 かのグラズヘイム山が天然の要害として隣国を阻んでいるのは、行軍が険しいほかに、魔獣が多数生息しているとあったわね。



「それじゃあすぐに全滅してしまうでしょうに。どう対処しているわけ?」


「ヨシュアの兄貴だ。元一級討伐者のあの人が、いつも俺たちを守るために、ああやって命懸けで戦いに行くんだ!」



 ――重ねて、なるほど。お父様や分家の当主の思惑がさらに鮮明になった。


 魔獣に殺してもらうか、あるいは領民を殺され尽くして『防衛を怠慢し、領主たる責務を果たせなかった』と無理やり罪人にでもして、ヨシュアを処刑する気なわけね。

 なんて生き地獄なのかしら。



「そしてヨシュアが死んだら……」



 お父様の展望も、またわかった。

 その時は――面倒なことに、わたしが駐在官兼領主をさせられるんだろう。死んだときの話題性も、そっちのほうが上がりそうだしね。



「……諸々わかったわ。ならば」



 人々が惑う中、わたしは馬を引き連れて歩き始めた。


 ――咆哮響く、山の方に向かって。



「なっ、テメェどういうつもりだ!?」



 愚問ね、エーダ少年。



「面倒になる前に、わたしも仕事を片付けに行くのよ」


「仕事……?」



 そう。



民衆アナタたちは仕事を果たした。差別され、追放され、大多数の人間に幸福を与えてみせた。そして」



 わたしは馬に跨り、その手綱を握り締めた。



「あのヨシュアという男も、役目を果たすために駆けて行った。領主の仕事を投げ出さず、民草を守るという役目を」



 ならばこそ。



「ま、まさかテメェ……」


「わたしも仕事を果たしましょう。この地に派遣された軍人として、領主と共に、アナタたちを守る仕事をね」




 ◆ ◇ ◆




 ――概念魔術。それは西暦二千年代以降の人間に宿った、高次脳的新機能である。


 目には見えないけどわかるのだ。

 まるで瞼を閉ざしていても、『自分には五指がある』と自信を持って言えるように。

 そしてそれらの長さや動かし方が、誰に習わずとも感覚で理解できるように。



「わたしの魔術は【繰糸】。その全てが手に取るようにわかる」



 馬に乗って駆けながら、わたしは自分の手札を確認していた。

 細く小さな左手を見る。



「フェンサリル家の血統魔術が一つ。強力ではないが利便性は上々。〝糸を操る〟という概念を疑似発現し、大気中の塵を糸にして操作する術。妹と同じ。発動するための誓約ゲッシュもまた、妹と同じ〝指を鳴らすこと〟」



 魔術を起動させるには、脳を刺激するための特定行動が必要になる。


 それが誓約ゲッシュ。主にアイルランド系物語にするワードね。



「そこまでは理解できる。そして自分がまだ、左手の二本指からしか糸を出せない未熟者であることも」



 幼くも五指から出せる妹と違い、やはりエリシアわたしは優秀じゃない。


 けど。



「前世の記憶を思い出したことで、わたしは知啓を広げることに成功した」



 ――世界の解像度は、知識によって華やかに色付く。


 なんてことのないあぜ道も、花の名前を知るやあちこちに見どころが生まれるように。

 あるいは子供が文字を学んだ瞬間、図書室が宝の山に思えるように。



「前世の知識が、魔術の解釈を大きく広げてくれた。ハハ、なにが〝大気中の塵を糸にして操る〟よ。大気中にある物質は塵だけじゃあない。世の認識が浅すぎる。魔術発動に用いるための触媒は、もっと大量に溢れている――!」



 たとえ肉眼に見えずとも、科学の力がその補足を可能とした。

 それを間接的に見て識り、〝存在している〟ということを確実に心で認識することで……!



『ガァアアアーーーーーッ!』



 響く咆哮。地面が抉れ、そして炎が噴き出すような激烈音が響いた。


 おそらくはこの地の領主――ヨシュア・フォン・グラズヘイムが戦っているのだろう。


 目を眇めれば、山の麓にて無毛の巨猿がごとき魔獣『トロール』と、褐色の青年が大剣を手に戦っているのが見えた。


 戦場は、近い。



「……屋敷を出る前にこっそり試しておいてよかったわ。おかげで」



 腰を浮かせ、わたしは加速の姿勢を取った。



「おかげで、さっそく仕事ができそうね」



 意思を読み取ったサクラニックが爆走する。そうしていよいよ暴れる魔獣に迫る中、わたしは右手を掲げると、



「『クォーク』『レプトン』『ニュートリノ』よ。我が支配下に集いなさい」



 磨いた知恵が世界を掴む。

 大気中の塵――なんて雑で痩せた認識じゃあない。前世にて知を積み重ねたわたしは、大気の中に『亜原子粒子』が溢れていることを認識していた。


 超大量のそれらを明確に脳裏に思い描きながら、誓約ゲッシュに指を鳴らし――!



「概念魔術、【繰糸】発動」



 法輪が出現すると同時、わたしの十指より光の強糸が溢れ出した。



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【Tips】


・『魔獣』


西暦五千年における凶悪生物らの総称。モンスター、魔物とも呼ぶ。


三千年前の天変地異後、人間以外の生き残った生物もまた概念魔術を宿した。


ただし人間とは異なり、一部の獣たちは肉体そのものに別概念が紛れ込み、姿かたちが大きく変わって理性を失ってしまった。

それが『魔獣』である。


誓約なしに常時魔術が発動状態ともいえ、魔術の才に乏しい一般民衆では狩り獲ることは困難を極める。



・『エリシア』


各方面から黙れと言われる。


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