――グラズヘイム領の領主邸。それはほとんど山際にあった。
まるで山から下りてくる魔獣たちから人々を守るような位置ね。感動的だわ。
まぁ実際のところは、ヨシュアの親が〝さっさと死んでくれないかな~~~~~〟と考えてソコに建てたんでしょうけど。
「まったく。医療品がほとんどないじゃない」
「……すまん」
んで。トロールを倒した後、わたしはヨシュアを回収して領主邸にお邪魔していた。
「まぁまぁ立派なお屋敷ではあるのに」
小規模ながら、石と木で築かれた質実剛健な造り。外壁は灰色の切り石が積まれ、すでに表面を覆い始めたツタが地域の自然豊かさを物語っていた。雰囲気が出てイイと思うわ。なんかハンバーグ屋みたい。
内装は……よく言えば片付いている。でも悪く言えば、
「なにも物がないわね。殺風景な領主邸だこと」
作り自体はいい感じよ。部屋もちょこちょこ多いし広いし、避暑地のヴィラって感じ。でもマジで家具とか装飾とかがないわね~~~~。私生活終わってそう。
「こんなところに住んじゃって。世話の焼けそうな人」
もうヨシュアじゃなくて『ヨシュアくん』と呼びましょう。前世でわたしが二十四歳だったことを思えば、年下だし。
「これからはわたしをお姉ちゃんと呼びなさい」
「呼ばないが……!? 急になんだ……!?」
「世の中は全て急なのよ」
さてさて。ヨシュアくんに肩貸して私室のソファにぽいしたけど、私室にもベッドと本数冊くらいしかないわね。みにまりすとなの?
「ヨシュアくん」
「ヨ、ヨシュア、『くん』?」
「わたしシンプルなのは好きだけど、医療箱までほぼ空っぽってのはどうかと思うわ。今日からわたしもここで住むよう言われてるだけど? 何かあったらどうするのよ」
「……貴様が……いや、
「それ以上頑張ったら次こそ死ぬでしょ。替えのきかない立場なら、ラクする手段を考えなさい」
「…………すまん」
再び謝ってくるヨシュアくん。なによ、しおらしいわね。出会い頭に睨んできたくせに。
「死にかけて落ち込んじゃった? お姉ちゃんが撫でてあげようか?」
「貴女は十歳児だろうが。俺より十も年下だ。……力不足を嘆いているのもあるが、貴女への態度を改めようと思っただけだ」
ふぁ。そらまたどーして?
「エリシア・フォン・フェンサリル。貴女にはまだ思うところがある。が、魔獣を倒すために助力してくれたことには、感謝の念に堪えん。有難う。貴女のおかげで、我が領地は救われた」
膝に手を突き、ヨシュアくんは深々と頭を下げた。ふむふむ。
「なるほど。人手不足な状況じゃ、どんなクソ野郎が入社してきてもありがたいわよね。気持ちはわかるわ~」
「……そんな枯れた言動をしてくるから、領民とトラブルになっていたのだろうな」
「うっさいわ」
性格擦れてる自覚はあるわよ。学生時代は勉学漬けで議員秘書時代は仕事漬けで、私的な人付き合いなんてこれまでしたことなかったし。
「話を戻しましょうか。医療品まで欠けた現状は致命的よ。理由はずばり、この地が嫌われているからね?」
「正解だ」
ヨシュアくんは頷いた。それから「出会いがしら、貴女が語っていたとおりだ」と続ける。
「この地は被差別者の流島。多くの元病人が集まっている。そんなところにやってくる行商人などいるわけがない」
「そらそうね。ここに立ち寄ったことがバレたら、『病原菌を持ち込むんじゃないか』と別の地で警戒されることになるしね。仕方ないわ」
「仕方ないで済ますのか」
あら。ヨシュアくんが睨んできた。領民のために必死こいて戦ってることといい、正義漢なのかしら。
「淡々と語るなよ、エリシア・フォン・フェンサリル。こんな理不尽が許されていいわけが」
「そうね。当事者的には腹立つわよね。でも怒っても仕方ないでしょう」
「なに?」
「無駄無駄無駄。一人相撲もいいところよ。『差別意識』なんて形のないモノに僻地で勝手に怒っていても、状況は何も変わらないわ」
大きな街で抗議パレードでもしたら、少しは傷跡刻めるかもだけどね。
でも貴族パワーが強いこの世界、ウザいと思われたら即排除されちゃうか。じゃあ何しても無駄ね。
「貴様……ならばどうすれば」
「メカニズムの解消に努めましょう。無駄な選択肢を潰していけば正解に辿り着くわ」
たとえば。
「『怒っても無駄』とわかった。じゃあ次、『フェンサリル領に物資を買いに行く』というのは?」
馬を飛ばせば半日で着く距離だし。徒歩でも往復二日くらいあれば仕入れられるでしょ。
「……それは難しい」
「どうして?」
「まず俺は離れられん。この地の防衛があるからな」
「そらそうね」
「そして領民たちだが、彼らは元病人だ。体力に不安があるし、何より追放される際……」
ヨシュアくんは深紅の両目を鋭くさせた。
「フェンサリル家より、『グラズヘイム領を離れようものなら、病原菌を撒き散らすテロの意思ありと見て処刑する』と布告されている」
「なるほどね」
そういえば領民のエーダ少年もそんなこと言ってたっけ。
布告したのはわたしのお父様か、それともヨシュアの親たる分家の叔父様か。どちらにせよ不安の種を領地には入れたくないからね~。
「こっそり行かせる手もあるけど、いざ見つかったら致命的ね。その領民は殺されるうえ、領主ヨシュアくんにも罪が及ぶかもしれない。『フェンサリル領に病原菌テロを仕掛けた首謀者』にされちゃうかも」
「ああ、間違いなくソレで死刑にされるだろうな……」
彼は疲れた溜息を吐いた。親に死んでほしいと思われてるとか大変ね。わたしも人のこと言えないけど。
「じゃあ、『
「……成功するのは一回程度に限るだろう。貴女がこの地に駐在していると広まったら、どの店も立ち入りを拒絶するはずだ。貴女の親とて、なにか言ってくるに違いあるまい」
「道理ね~~」
お父様――バグダート・フォン・フェンサリルも、わたしにこの地で侵略に巻き込まれて死んでほしがっている。
そんな娘がほいほい出戻りしてくるのはウーンよね。貴族当主パワーで厄介な布告をかまされかねないわ。
こちらとしても、まかり間違ってもバグダートに会いたくないし。ぺっ。
「おけー。『買いに行く』というのはナシだとわかったわ。ヨシュアくん、なかなか冷静に考えられるじゃない」
「む……別に、怒りを忘れたわけではないからな?」
「それでいいわよ。胸は熱くても頭さえ冷えてれば」
クールさを覚えてくれると嬉しいわ。
じゃないとこの人、アホみたいにムチャして死にそうなタイプだし。
傷だらけの身体みりゃよくわかるわよ。
「思考を続けましょう。買いに行くのもナシとなったら、じゃあ『領内で医療品を自作する』というのは?」
「……薬草から軟膏を擦るくらいはできる。だが、本格的な薬品は作れんぞ」
どうしてよ?
「領民は二百人ほどいるが、ほぼ全員が若者だからな」
「ああ。全員が病人となれば、免疫力のない老人は追放される前にポックリだもんね。熟練者がいるわけがないか」
なるほどなるほど。知恵を伝えてくれる高齢者はおらず、いるのは若輩者ばかりと。わかったわ。
「詰んでる状況だったのね~。あはは」
「何を無表情のまま笑ってるんだ……」
「でも正解が見えたわ。わたしが領民に医療品の作り方を教えましょう」
「!?」
ヨシュアくんが驚いた顔をした。なによ。
「貴女が……十歳児なのに……?」
「さっきから十歳児言うな。わたしは生粋の貴族だからね、高度な知識に触れる機会もあったのよ」
「そうか……貴族は薬品づくりもできるのか」
「ソウワヨ」
――半分本当で半分嘘だけどね。流石に薬学は貴族でも学んでないから、前世の知識を使うことにするわ。
つーーかこの世界の薬学、ヘタに回復系概念魔術があるせいでカスっぽいし。
「あとは包帯やガーゼも必要よね。そのへんは【繰糸】魔術で作ってあげるわ。それと医療品がないってことは、どーせ食事の方も調味料とか欠けてるんじゃない? そのへんの調達手段もわたしが考えて……」
などとこれからの算段を立てていると、ヨシュアくんがわたしをジッと見てきた。な、なによ。
「エリシア・フォン・フェンサリル。先ほどは『だらだらしたい』だの言っていたが」
まぁね。田舎でスローライフするのが目標だし。
「貴女は、とても働き者なのだな。それが本性か」
「って違うわー!」
働かないと生きていけないカス環境なだけじゃい! ばーか!