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第9話:一難去って領主邸



 ――グラズヘイム領の領主邸。それはほとんど山際にあった。

 まるで山から下りてくる魔獣たちから人々を守るような位置ね。感動的だわ。


 まぁ実際のところは、ヨシュアの親が〝さっさと死んでくれないかな~~~~~〟と考えてソコに建てたんでしょうけど。



「まったく。医療品がほとんどないじゃない」


「……すまん」



 んで。トロールを倒した後、わたしはヨシュアを回収して領主邸にお邪魔していた。



「まぁまぁ立派なお屋敷ではあるのに」



 小規模ながら、石と木で築かれた質実剛健な造り。外壁は灰色の切り石が積まれ、すでに表面を覆い始めたツタが地域の自然豊かさを物語っていた。雰囲気が出てイイと思うわ。なんかハンバーグ屋みたい。


 内装は……よく言えば片付いている。でも悪く言えば、



「なにも物がないわね。殺風景な領主邸だこと」



 作り自体はいい感じよ。部屋もちょこちょこ多いし広いし、避暑地のヴィラって感じ。でもマジで家具とか装飾とかがないわね~~~~。私生活終わってそう。



「こんなところに住んじゃって。世話の焼けそうな人」



 もうヨシュアじゃなくて『ヨシュアくん』と呼びましょう。前世でわたしが二十四歳だったことを思えば、年下だし。



「これからはわたしをお姉ちゃんと呼びなさい」


「呼ばないが……!? 急になんだ……!?」


「世の中は全て急なのよ」



 さてさて。ヨシュアくんに肩貸して私室のソファにぽいしたけど、私室にもベッドと本数冊くらいしかないわね。みにまりすとなの?



「ヨシュアくん」


「ヨ、ヨシュア、『くん』?」


「わたしシンプルなのは好きだけど、医療箱までほぼ空っぽってのはどうかと思うわ。今日からわたしもここで住むよう言われてるだけど? 何かあったらどうするのよ」


「……貴様が……いや、貴女きじょが怪我をしないよう、俺がいっそう魔獣の迎撃に力を入れるだけだ」


「それ以上頑張ったら次こそ死ぬでしょ。替えのきかない立場なら、ラクする手段を考えなさい」


「…………すまん」



 再び謝ってくるヨシュアくん。なによ、しおらしいわね。出会い頭に睨んできたくせに。



「死にかけて落ち込んじゃった? お姉ちゃんが撫でてあげようか?」


「貴女は十歳児だろうが。俺より十も年下だ。……力不足を嘆いているのもあるが、貴女への態度を改めようと思っただけだ」



 ふぁ。そらまたどーして?



「エリシア・フォン・フェンサリル。貴女にはまだ思うところがある。が、魔獣を倒すために助力してくれたことには、感謝の念に堪えん。有難う。貴女のおかげで、我が領地は救われた」



 膝に手を突き、ヨシュアくんは深々と頭を下げた。ふむふむ。



「なるほど。人手不足な状況じゃ、どんなクソ野郎が入社してきてもありがたいわよね。気持ちはわかるわ~」


「……そんな枯れた言動をしてくるから、領民とトラブルになっていたのだろうな」


「うっさいわ」



 性格擦れてる自覚はあるわよ。学生時代は勉学漬けで議員秘書時代は仕事漬けで、私的な人付き合いなんてこれまでしたことなかったし。



「話を戻しましょうか。医療品まで欠けた現状は致命的よ。理由はずばり、この地が嫌われているからね?」


「正解だ」



 ヨシュアくんは頷いた。それから「出会いがしら、貴女が語っていたとおりだ」と続ける。



「この地は被差別者の流島。多くの元病人が集まっている。そんなところにやってくる行商人などいるわけがない」


「そらそうね。ここに立ち寄ったことがバレたら、『病原菌を持ち込むんじゃないか』と別の地で警戒されることになるしね。仕方ないわ」


「仕方ないで済ますのか」



 あら。ヨシュアくんが睨んできた。領民のために必死こいて戦ってることといい、正義漢なのかしら。



「淡々と語るなよ、エリシア・フォン・フェンサリル。こんな理不尽が許されていいわけが」


「そうね。当事者的には腹立つわよね。でも怒っても仕方ないでしょう」


「なに?」


「無駄無駄無駄。一人相撲もいいところよ。『差別意識』なんて形のないモノに僻地で勝手に怒っていても、状況は何も変わらないわ」



 大きな街で抗議パレードでもしたら、少しは傷跡刻めるかもだけどね。

 でも貴族パワーが強いこの世界、ウザいと思われたら即排除されちゃうか。じゃあ何しても無駄ね。



「貴様……ならばどうすれば」


「メカニズムの解消に努めましょう。無駄な選択肢を潰していけば正解に辿り着くわ」



 たとえば。



「『怒っても無駄』とわかった。じゃあ次、『フェンサリル領に物資を買いに行く』というのは?」



 馬を飛ばせば半日で着く距離だし。徒歩でも往復二日くらいあれば仕入れられるでしょ。



「……それは難しい」


「どうして?」


「まず俺は離れられん。この地の防衛があるからな」


「そらそうね」


「そして領民たちだが、彼らは元病人だ。体力に不安があるし、何より追放される際……」



 ヨシュアくんは深紅の両目を鋭くさせた。



「フェンサリル家より、『グラズヘイム領を離れようものなら、病原菌を撒き散らすテロの意思ありと見て処刑する』と布告されている」


「なるほどね」



 そういえば領民のエーダ少年もそんなこと言ってたっけ。

 布告したのはわたしのお父様か、それともヨシュアの親たる分家の叔父様か。どちらにせよ不安の種を領地には入れたくないからね~。



「こっそり行かせる手もあるけど、いざ見つかったら致命的ね。その領民は殺されるうえ、領主ヨシュアくんにも罪が及ぶかもしれない。『フェンサリル領に病原菌テロを仕掛けた首謀者』にされちゃうかも」


「ああ、間違いなくソレで死刑にされるだろうな……」



 彼は疲れた溜息を吐いた。親に死んでほしいと思われてるとか大変ね。わたしも人のこと言えないけど。



「じゃあ、『エリシアわたしが買いに行く』というのは? わたし肌も健康な美少女だし、フェンサリル領のお姫さまだし」


「……成功するのは一回程度に限るだろう。貴女がこの地に駐在していると広まったら、どの店も立ち入りを拒絶するはずだ。貴女の親とて、なにか言ってくるに違いあるまい」


「道理ね~~」



 お父様――バグダート・フォン・フェンサリルも、わたしにこの地で侵略に巻き込まれて死んでほしがっている。

 そんな娘がほいほい出戻りしてくるのはウーンよね。貴族当主パワーで厄介な布告をかまされかねないわ。

 こちらとしても、まかり間違ってもバグダートに会いたくないし。ぺっ。



「おけー。『買いに行く』というのはナシだとわかったわ。ヨシュアくん、なかなか冷静に考えられるじゃない」


「む……別に、怒りを忘れたわけではないからな?」


「それでいいわよ。胸は熱くても頭さえ冷えてれば」



 クールさを覚えてくれると嬉しいわ。

 じゃないとこの人、アホみたいにムチャして死にそうなタイプだし。

 傷だらけの身体みりゃよくわかるわよ。



「思考を続けましょう。買いに行くのもナシとなったら、じゃあ『領内で医療品を自作する』というのは?」


「……薬草から軟膏を擦るくらいはできる。だが、本格的な薬品は作れんぞ」



 どうしてよ?



「領民は二百人ほどいるが、ほぼ全員が若者だからな」


「ああ。全員が病人となれば、免疫力のない老人は追放される前にポックリだもんね。熟練者がいるわけがないか」



 なるほどなるほど。知恵を伝えてくれる高齢者はおらず、いるのは若輩者ばかりと。わかったわ。



「詰んでる状況だったのね~。あはは」


「何を無表情のまま笑ってるんだ……」


「でも正解が見えたわ。わたしが領民に医療品の作り方を教えましょう」


「!?」



 ヨシュアくんが驚いた顔をした。なによ。



「貴女が……十歳児なのに……?」


「さっきから十歳児言うな。わたしは生粋の貴族だからね、高度な知識に触れる機会もあったのよ」


「そうか……貴族は薬品づくりもできるのか」


「ソウワヨ」



 ――半分本当で半分嘘だけどね。流石に薬学は貴族でも学んでないから、前世の知識を使うことにするわ。

 つーーかこの世界の薬学、ヘタに回復系概念魔術があるせいでカスっぽいし。



「あとは包帯やガーゼも必要よね。そのへんは【繰糸】魔術で作ってあげるわ。それと医療品がないってことは、どーせ食事の方も調味料とか欠けてるんじゃない? そのへんの調達手段もわたしが考えて……」



 などとこれからの算段を立てていると、ヨシュアくんがわたしをジッと見てきた。な、なによ。



「エリシア・フォン・フェンサリル。先ほどは『だらだらしたい』だの言っていたが」



 まぁね。田舎でスローライフするのが目標だし。



「貴女は、とても働き者なのだな。それが本性か」


「って違うわー!」



 働かないと生きていけないカス環境なだけじゃい! ばーか!



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