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第10話:付き合う人間は選ぶべきだよ、エーダ少年!


 ――西暦五千年現在。一度世界が滅んだだけあり、文明レベルは発展途上である。


 ヨーロッパで言えば中世前期。封建制度フェーダリズムがつよつよな千年ごろって感じかな。文明化は出来てきたけどまだまだ未熟みたいな。


 でも一度は文明が成熟していたり『概念魔術』の存在もあり、建築センスとかファッションセンスとか妙な部分のレベルが高い。ガラス細工もあるし。


 まぁそのへんはゲームだもんね。舞台や小道具やキャラたちをオサレにしないといけない都合上、そんな世界観になってるんでしょ。たぶん。



「で」



 山麗の領地にやってきた翌日。

 朝食(麦パンと、果物酢だけを調味料にしたゲロマズ野菜スープだった。ころすぞ~~~~~~~!)を済ませたわたしは、ヨシュアくんに頼んで、村人たちは広場に集まるよう指示してもらった。『エリシアちゃんが色々教えてあげる☆』って触れ込みでね。


 その結果、



「エーダ少年たちだけかぁ」


「うるせぇな! 来てやっただけありがたく思えやっ!」



 やってきたのは、なんと三人。わたしを殴ろうとしてきたエーダ少年と、その取り巻きの二人だけだ。マジか。



「……ヨシュアくんは領民二百人いるとか言ってたけど」


「おう」


「あれは嘘だったの?」


「アンタが嫌われてるだけだよ!」



 え~~~~。いや、好かれてはないかもと思ってたけど、そこまで~? ぴぃ。



「おかしい。エリシア・フォン・フェンサリルは悪役令嬢ではあるけど、美人だし権力者だし勉強もできるから、学園編じゃ取り巻きはそこそこいたはず。転生者わたし、ゲームより人気がなくなってる……!?」


「なに意味わかんねぇこと言ってんだよ……」



 エーダ少年が呆れた目でわたしを見てきた。ガ、ガキの分際でわたしを見下すな!



「アンタ、マジで尋常じゃなく嫌われてるぜ? 隣の農家のダナおばさんは『くたばらないかねぇあの娘』って口癖みたいに言ってるし、焼き物屋のエルモンとフェルモンはアンタ殴ろうとしたオレのことをめちゃ褒めてくれてるし」


「ぺぺぺぺぺぺぺぺっっっっ」


「ってギャーッ!? 無表情のまま唾吐いてくんな!」


「学生時代のクラスメイト、田中さんを思い出したわ。わざわざ『アナタ裏でこんなこと言われてたわよ?』って陰口を伝えてくるクソ野郎」


「いや誰だよタナカさん……。てかアンタ別のとこでも嫌われてたのかよ」



 うるせー。わたしは他人に興味ないサバサバ系女子だからどうでもいいのよ。



「――エ、エーダさん、この人に気安く絡むのはやめません?」


「――むん……! フェンサリル家、あとで、こわい……!」



 とそこで。生意気なエーダ少年を諫める声が。

 彼の背後に隠れていた取り巻き二人だ。



「ってビーシャにシーマ、おまえらなにビビッてんだよ」


「でも……!」



 おずおずと食い下がったほうはビーシャくん、コクコクと無言で頷いているほうはシーマくんと言うらしい。

 片や気弱っぽい目隠れノッポ少年、片やぬぼっとした風貌の大柄な糸目少年だ。特徴的で覚えやすいわね。



「アナタたちの顔、覚えたわ」


「「ひえっ!?」」



 なお、なぜか怖がられてる模様。解せぬ。エリシアわたし、美少女なのに。



「へっ。そんな怖がることねーよ。たしかにこの女は性格ゴミのカス女のクズだが」


「アンタ言いすぎでしょ」



 で、チビザルのクソガキ風金髪炒めがエーダ少年ね。

 そんなおくち悪すぎなエーダ少年を睨むと、彼は「うっ……」とたじろいだ。

 だけど意を決したような顔をして、



「貴族だろうと……怖くねえよ。このカス女は、大切なヨシュア兄貴を助けてくれた。おまえらも知ってるだろうが?」


「「っ――」」



 彼の言葉に、取り巻き二人は押し黙った。



「へっ。だからカス女」



 鼻を擦るエーダ少年。

 彼はわたしのことを強く見つめて、微笑む。



「テメェのことは嫌いだが、まぁちっとくらいは言うこと聞いてやるぜ。ありがたく思えよ?」


「エーダ少年……」



 そっか。だから他の領民が嫌厭する中、この子は来てくれたんだ。

 そっかぁ……。



「うん、それはとってもありがたいけど」


「へへっ、おうっ」


「それはそれとして、貴族を罵倒したら死刑だからね?」


「はああああッ!?」



 や、やっぱりテメェ嫌いだーーーー! と喚かれてしまうのだった。


 常識教えただけなのに、なんでじゃい。




 ◆ ◇ ◆




「じゃあ医療品作ります。五種類くらい」


「はぁ!?」



 わたしもヒマじゃないからね。さっさと話を進めることにした。



「今日ヒトを集めたのは他でもないわ。領民の手で医薬衛生品を自作してもらえるようにするのよ。じゃ、まずはペニシリンからつくろっかな~」


「ア、アンタは何を言ってるんだ……!?」


「あぁペニシリンわからないわよね。ベータラクタム環と呼ばれる化学構造をもつ抗菌薬でグラム陰陽性細菌による感染症を広く無力化してくれるの。あぁでもアレは結構作るのだるいし、わたし含めて製剤経験を積むためにヨウ素チンキとアルコール消毒液と生理食塩水と炎症用軟膏と酢酸溶液から」


「ペニなんとかに戸惑ってるんじゃねえよ! てかもっとわけわかんねえしッ!」



 なによ。じゃあ何が言いたいのよ。



医療品いりょーひん作るなんて、オレたちガキには無理だろって言ってんだよ」


「なんでよ」


「そらそういうのは、立派な大人とかが作るもんだろ。子供のオレらが変なの作っちまったらどーすんだよ」



 唇を尖らせるエーダ少年。取り巻きのビーシャくんにシーマくんも頷いている。


 はぁ。一体何を言ってるのかしら?



「そもそも生物学上、『大人』と『子供』なんて区分はないわ」


「な、なに?」


「それは人間が適当にした定義。生物にあるのは、成熟しているかしてないかの違いだけよ。わかりやすく言えば射精できるとか」


「しゃッッッ!?」



 エーダ少年が顔を赤くして飛び退いた。なお取り巻き二人は「「しゃ?」」と首を捻ってる模様。

 はえ~。



「エーダ少年だけが知ってるのね。おませさんね」


「ししししっ、知らねえよバーカッ!」


「別に隠さなくてもいいわよ。その知識がある分、社会において少年は、二人よりも『大人』といえるのだから」


「な、なんだと……?」



 わからないかしら?



「人間は『知』の生き物よ。社会的にオトナと見られるのは、何も知らないオッサンよりも知的な若者なの。違う?」


「それは……たしかに」


「要は賢くなればいいのよ。だから子供だという理由だけで、自分にはアレができないコレができないと決めつけるべきじゃないわ」



 わたしは少年の肩に手を置いた。



「自分の可能性を閉ざしちゃ駄目。どんなに身体が未熟だろうが、知識さえあれば、ヒトは大人になれるのだから」


「――」



 そう。わたしのように人付き合いのわからない未熟者でも、ただ成績がいいというだけで、一度は議員秘書にまで抜擢された。まつりごとの一端を担う『立派な大人』として扱われた。それが人間社会の性質。価値観。

 自然界と違って、群れに馴染めなかろうが、身体が小さかろうが弱かろうが、知恵ある者にはある程度の光が当たるのよ。



「エリシア……」


「ま、エーダ少年は未熟じゃないかもだけどね」


「え」


「だって射精できるし」


「ッてできねーよバァァァカッ!」



 知ってるだけじゃボケェエエーーーッ! と叫びながら、彼は顔を赤くして逃げていくのだった。


 ちょっと~薬品作るんですけど~?



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【Tips】


・『エーダ』


くすんだ金髪の小柄な少年。グラズヘイム領のガキ大将。十二歳。肌には疱瘡の痕が目立つ。

元はフェンサリル領内の農村で暮らしていたが、天然痘を受けて一家は死亡。

自身は生き残ったものの、その後は元感染病者ということで迫害を受け、グラズヘイム領に追放された。

そのため貴族――とりわけフェンサリル家のことは大嫌い。

エリシアのこともカスだと思ってるが、領主ヨシュアを助けるために動いた彼女を、最低限は認めている。顔可愛いし。



「お、女のくせに、しゃ、射精とか言ってた……!」



今夜は眠れそうにない。


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