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第13話:ヨシュアくんと山に行こう!(魔獣がいっぱいデス!)

「じゃあヨシュアくん、いくわよ~」


「ああ」



 グラズヘイム領にきて三日目の朝。わたしと領主のヨシュアくんは共に出かけることにした。

 行き先? そんなのは決まってるでしょ。



「目指すはグラズヘイム山よ」



 そう。隣国との境界であり、裏手に広がる広大な山。魔獣が降りてくるたびに、ヨシュアくんがいちいち迎撃に出ている場所。

 そこに、こちらから踏み込むことにした。



「サクラニック~」


『ヒヒィ~ン』



 呼び寄せた愛馬(別に愛してない)に跨り、さっそく出立することにする。

 ヨシュアくんは悪いけど歩きね。大剣背負いながら二人乗りしたらサクラニック背骨折れて馬刺しになっちゃう。



「今回の目的は二つ。まず第一に魔獣対策ね。間引きがてら魔獣何体かブッ殺して、その血をアーチ状にブチ撒くわ。魔獣が魔獣の血を嫌がるっていうのは民間知識にあるみたいだけど、正確な理由はなんだったかしら?」


「『本能的な警戒反応』、というやつだな?」


「そ。ちゃんとエリシアお姉ちゃんの授業聞いてるわね。えらいわね」


「貴女は十歳児だろう……」



 うるさい。とにかく魔獣にはそうやって対処するわ。



「犬や猫ちゃんが別個体の尿の匂いを嫌がるように、動物は近似種の体液臭に忌避を示す。血なら格段にね。そして魔獣は全てが近似種。どんなに見た目が違っていようが、みなひとしく同一の脳改変を受けて、近似の脳波を放つようにされているがゆえ、互いを同目同科同属と見ている」



 馬をぱっぱか進めつつ、改めて説明してあげる。



「唯一同属とみなされないのは人間ね。同じく概念魔術の薫陶を受けた存在だけど、血肉まで変質している魔獣たちと違い、人間はオンオフが可能だからかしら? あるいは概念魔術がヒトに宿るために開発された都合上、概念存在となった魔獣たちは人の血肉を求めるのか――」


「そのへんはわかっていないのか?」


「ええ。単純にゲームだから襲ってくるだけかもだけど」


「ゲーム?」


「なんでもないわ」



 はぁ。ヨシュアくんは魔術とか貴族教育を一切受けることなく、領主にされちゃったのよね~。

 困るのよ。この人が無能だとわたしがダラダラさぼれないから。だから夜とかに勉強を教えたりして、テコ入れしてあげている。



「ふむ。改めて聞くと解せん話だな」


「どうして?」


「魔獣たちが互いを近似種と見ているなら、協力して襲ってくればいいものだが」


「はは」



 お花畑な意見ね。



「他者と脳波領域が被ると調子を乱す。ゆえに常時励起状態たる魔獣たちは、お互いの行動範囲を避け合ってる……っていうのもあるけど」



 それ以前に。



「野生動物の生態を知らない? 同種だろうと、グループが違うだけで傷付け合うでしょう。特にニンゲンは……ね?」


「……そうだな」



 ヨシュアくんは自身の肌をちらりと見た。火傷に塗れる以前から、赤褐色に近かった異国人の肌を。



「くだらんことを言った。最近どうにも、『出自が違う者でも、話せばそこそこ分かり合えるかもしれない』と思うようになってしまってな」



 へ~~そうなんだ。なんかそういう機会あったのかしら。



「わたしは全ッ然そんなこと思わないけどね。この地の連中のことまったくわからないし、わたしのこと嫌ってるみたいだからわかってやろうとも思わないわ」


「…………」



 な、なによその乾いた目は!? なんか知らないけど、わたしに呆れてるの!?



「年下のくせにわたしを馬鹿にするな!」


「十歳児だろうが貴女は」




 ◆ ◇ ◆




 山の入口についた。

 なだらかな坂道に沿い、森が静かに広がっている。

 木々はどれも背が高く、枝を張って空を隠し、昼間だというのに足元には薄明かりしか届かない。完全に人の手が入っていない証だ。

 日常との境界線が物理的に存在しているみたい。



「さて。ここからはわたしも歩きましょうか」



 愛馬(別に愛してない)から降りる。わたしがちっちゃいからかヨシュアくんが受け止めようとしてくれたけど、こちとら訓練受けてますよっと。ほいっ。



「うげ」



 着地の瞬間、グチャッと。軍製のブーツの底に湿った感触が走った。枯れ葉と露滴を多分に含んだ。山裾の土の踏み心地だ。きもちわる~。



「どうした、エリシア・フォン・フェンサリル」


「土がぐちゃ~ってして不快なのよ。わたし貴族系女子だから」


「? なにが不快なのかよくわからんな。靴も履いているし、スラムで裸足で酔漢の吐瀉物を踏んだ時にくらべたら」


「地獄みたいな比較対象出すな!」



 もっと気分悪くなったわよまったく。やれやれ、気晴らしに警戒しつつ、周囲の自然を楽しみましょう。



「今日の目的は二つ。一つは魔獣対策ね。で、もう一つは山の植物の採取よ」



 山麗の村の付近にも色々自生してるけど、やっぱり山に踏み込まないと生えてないのもあるからね~~。



「ふむ、また薬を作るのか? 貴女の薬を塗ると傷が膿まずによく治る」



 仏頂面ながら声が弾んでるヨシュアくん。体調良くなってきてご機嫌ね。



「気に入ってもらえたようで何よりよ。でも今回はちょっと違うわ。いい加減に調味料を作ろうと思ってね~」


「なに、調味料だと……?」


「言ってなかったっけ」



 もう果物酢だけの味付けは飽きたのよね~。



「たとえば燃えやすい広葉樹。クヌギ・樫・ブナとかから、塩擬きが作れるわ」


「な、なんだと? そんなわけが」


「あるの~。岩塩もないこのへんでも、土にはアルカリ成分があったりする。植物はそれを吸ってるわけね」


「あるかり」


「水に溶ける塩基のことよ」



 酸を中和する性質を持つヒーローヅラながらも、自分もわりと酸と同じく刺激性のある一番ヤバいタイプよ。



「で。樹脂の少ない広葉樹を焼いて灰にして煮詰めて濾過することで、最終的に炭酸塩が取り出せるワケ。塩化ナトリウムじゃなくて炭酸カリウム由来の塩だから、渋っぽいし食べすぎると下痢になるでしょうけどね」


「???」


「要は重曹やかんすいみたいなものよ」



 野菜の煮物に酢だけかけて食べてるより精神的に健康だわ。



「よくわからんが、まさか植物の灰から調味料が生み出せるとは……!」


「ん。今が西暦五千年だから……四千五百年前くらいかしら? 大昔には日常的に食べられてたみたいよ。元々アルカリってのはアラビア語で『焼いた植物灰』を意味するからね」


「そうなのか。歴史は深いな」



 そうなのよ。語ってるわたしは浅いけどね。



「あとはひしお擬きも作りたいわねぇ。ヨシュアくん醤油って知ってる?」


「聞いたことだけは。大昔の東洋に存在した幻の調味料だとか……」



 え。醤油消滅してるの?

 ……まぁしょうがないか。今は天変地異後の西暦五千年設定だしね。そういうこともあるか。



「それで醤油というのは?」


「大豆を塩分で発酵させた汁よ。で、その原型にはひしおっていうのがあるの。さっき言った植物の灰汁からでも作れるわ」



 たとえば……お。シイタケ発見。くお。



「このキノコを使ったりね」


「む、キノコか。毒性のあるものが多い。それは大丈夫なのか?」


「大丈夫大丈夫」



 ま、西暦五千年現在までに毒性持ってたら詰みだけど。パッチテストしておこ。手首にすりすり。



「で、キノコだけど。これを刻んで灰汁につけて発酵させて濾過すれば、さっき言った醤擬きができるわ。旨味出てて美味しいと思うわよ~。あとはキノコやハーブを燻製して乾燥させて刻めば、風味豊かなふりかけになったり~~」


「ほお。本物の貴族は色々と知っているのだな」


「ソウワヨ」



 嘘です。全部前世知識です。本物の貴族はこんなコスッからい知識ないと思います。



「エリシア・フォン・フェンサリル。貴女は人間性はアレとして」



 アレ言うな。



「本当に多くのことを知っている。話していると、こちらの内面が豊かになるようだ。もっと色々と聞いてみたい」


「……ふーん」



 別に、いいわよ。



「アナタがこれからくたばらなきゃね」


「……そんな枯れた返しをするから、領民が近寄ってこないのではないか?」


「うっさいわ」



 そうこう話しながら山を進むわたしたち。

 道中で見つけた薬草やキノコを、サクラニックの腰に付けた大袋にぽこじゃか放り込んでいた――その時。



『グゥウウウウウッッッ……!』



 狼のような唸り声が、響き渡った。



「どうやらお出迎えのようね」


「ああ」


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