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第14話:ある日森の中



 紫紺のベラドンナや黄色いセイヨウオトギリソウ。見渡せば薬品づくりにも使える草花が咲く山道にて、わたしたちはオオカミ男さんに出会った。

 木々や茂みを隔てて、向こうはこちらを睨んでくる。



『ニン、ゲンンン……ッ!』


「魔獣『ライカンスロープ』ね」



 魔獣辞典で見たことがある。敵の名は『狂狼人ライカンスロープ』。全身イボだらけの無毛二足歩行狼だ。悲惨ね。

 ユーラシアオオカミに【回復】の概念が宿った存在とされ、凄まじい治癒能力を手にした代わりに、全身がガン化して皮膚病みたいな姿になってしまったとされる。



「ヨシュアくん、やれる?」


「ああ」



 黒髪褐色の大剣使いが前に出る。


 ヨシュア・フォン・グラズヘイム。これまで我流の魔術で自傷してきた彼だ。しかし先日からわたしが教育しており、その身に新たな火傷はなかった。



「エリシア・フォン・フェンサリル。貴女には世話になってばかりだからな。本当によく働いてくれている」


「好きでやってるわけじゃないけどね~」



 この領地に欠けてるモノが多すぎるだけじゃい。ニートさせろ。



「フッ。ならばこそ、荒事だけは俺に任せてもらおうか――!」



 ヨシュアくんが人狼を〝睨んだ〟。瞬間、黒き『魔光輪ハイロゥ』が彼の片目と後頭部に浮かび上がる。誓約達成。魔術励起状態に入った証左だ。



「行くぞ」



 宣戦を合図に、警戒していたライカンスロープが動き出す。



『死ネッ、死ネッ、死ネェエエーーーーーッ!』



 狂ったように叫び、敵はヨシュアくんに飛び掛かった。木々が立ち並ぶのも関係ない。後ろ手に木を押し、弾丸のように自身を加速させて迫りくる。

 そうして一気に三メートル以内――ヨシュアくんの魔術範囲にして、自傷範囲に入るが、しかし。



「――〝स・ब・कंサ・バ・カーン〟――核熱に散れ、『弓の真言』補陀落式・滅身放射法」


『ギッ!?』



 ヨシュアくんが向けた剣印。その指先から閃光が放たれ、狼男の脳天を貫いた。



「決着だな」


「えぇそうね」



 その場に倒れるライカンスロープ。だが【回復】の概念持ち。脳の焼けた穴が蠢き、塞がり、立ち上がろうとするも――、



『ギュッ、アァアァ……?』


「再生は叶わんよ。なぜなら俺の【劫炎】は、永劫に焼き続ける火なのだからな」



 再び頭部の傷口が灼ける。押し寄せる再生と熱傷の波濤、その中でライカンスロープが苦しみ、呻き、断末魔の叫びを上げていたところへ――。



「いい加減に、ラクになれ」



 一閃。ヨシュアくんは剣を振るい、首を地面に堕とした。

 熱傷に加えて血流の寸断。これにより【再生】はもはや追いつかず、狼男はついに沈黙したのだった。



「哀れだな……。ここまでされねば死ねんとは」


「それが『魔獣』よ。宿した概念魔術に支配された、歪な生命。ラクな終わりなんてないわ」



 魔獣は常に魔術が励起状態となっている。

 それゆえ、熱の概念を宿した魔獣は死に果てるまで高体温にむせび、冷の概念を宿したならば生涯震え続けることとなる。

 ――実は村にもそんな子がいるんだけど、まぁとても幸せそうじゃぁないわね。



「で、どうヨシュアくん? 火傷はない?」


「ああ、ない……と言いたいが、指先を少しだけした。放射位置か初期温度をもう少し調整だな」


「そう、勉強あるのみね」



 自身の火力で火傷まみれだったヨシュアくん。だがわたしが魔術を制御するための『真言法』を教えたことで、自傷の被害を限りなく抑えられるようになっていた。


 ちなみに先ほどのは、〝स・ब・कंサ・バ・カーン〟――つまり『弱く、収束、放つ』という意味の詠唱ね。


 火力を下げた上でまとめ、光線みたく相手に放ったわけか。



「術種選択は申し分ないわ。真言法は色々と組み合わせが自由だけど、そのぶん咄嗟の場面で迷うことがあるからね。種字の意味合いを意識しないと効果ないし」


「いや。逆に俺は知っている種字が少ないからな。迷う必要がなかっただけだ」



 はは。そりゃいいわね。



「井の中の蛙、井の中なれば迷わないって感じか。ウケる。あはは」


「……と言いつつ、貴女は本当に表情が動かないな。笑えるようになる真言法はないのか?」


「ってうっさいわ」



 前世も今生も、教育環境のせいで表情筋死んでるだけじゃぁい。



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