紫紺のベラドンナや黄色いセイヨウオトギリソウ。見渡せば薬品づくりにも使える草花が咲く山道にて、わたしたちはオオカミ男さんに出会った。
木々や茂みを隔てて、向こうはこちらを睨んでくる。
『ニン、ゲンンン……ッ!』
「魔獣『ライカンスロープ』ね」
魔獣辞典で見たことがある。敵の名は『狂狼人ライカンスロープ』。全身イボだらけの無毛二足歩行狼だ。悲惨ね。
ユーラシアオオカミに【回復】の概念が宿った存在とされ、凄まじい治癒能力を手にした代わりに、全身がガン化して皮膚病みたいな姿になってしまったとされる。
「ヨシュアくん、やれる?」
「ああ」
黒髪褐色の大剣使いが前に出る。
ヨシュア・フォン・グラズヘイム。これまで我流の魔術で自傷してきた彼だ。しかし先日からわたしが教育しており、その身に新たな火傷はなかった。
「エリシア・フォン・フェンサリル。貴女には世話になってばかりだからな。本当によく働いてくれている」
「好きでやってるわけじゃないけどね~」
この領地に欠けてるモノが多すぎるだけじゃい。ニートさせろ。
「フッ。ならばこそ、荒事だけは俺に任せてもらおうか――!」
ヨシュアくんが人狼を〝睨んだ〟。瞬間、黒き『
「行くぞ」
宣戦を合図に、警戒していたライカンスロープが動き出す。
『死ネッ、死ネッ、死ネェエエーーーーーッ!』
狂ったように叫び、敵はヨシュアくんに飛び掛かった。木々が立ち並ぶのも関係ない。後ろ手に木を押し、弾丸のように自身を加速させて迫りくる。
そうして一気に三メートル以内――ヨシュアくんの魔術範囲にして、自傷範囲に入るが、しかし。
「――〝
『ギッ!?』
ヨシュアくんが向けた剣印。その指先から閃光が放たれ、狼男の脳天を貫いた。
「決着だな」
「えぇそうね」
その場に倒れるライカンスロープ。だが【回復】の概念持ち。脳の焼けた穴が蠢き、塞がり、立ち上がろうとするも――、
『ギュッ、アァアァ……?』
「再生は叶わんよ。なぜなら俺の【劫炎】は、永劫に焼き続ける火なのだからな」
再び頭部の傷口が灼ける。押し寄せる再生と熱傷の波濤、その中でライカンスロープが苦しみ、呻き、断末魔の叫びを上げていたところへ――。
「いい加減に、ラクになれ」
一閃。ヨシュアくんは剣を振るい、首を地面に堕とした。
熱傷に加えて血流の寸断。これにより【再生】はもはや追いつかず、狼男はついに沈黙したのだった。
「哀れだな……。ここまでされねば死ねんとは」
「それが『魔獣』よ。宿した概念魔術に支配された、歪な生命。ラクな終わりなんてないわ」
魔獣は常に魔術が励起状態となっている。
それゆえ、熱の概念を宿した魔獣は死に果てるまで高体温にむせび、冷の概念を宿したならば生涯震え続けることとなる。
――実は村にもそんな子がいるんだけど、まぁとても幸せそうじゃぁないわね。
「で、どうヨシュアくん? 火傷はない?」
「ああ、ない……と言いたいが、指先を少しだけした。放射位置か初期温度をもう少し調整だな」
「そう、勉強あるのみね」
自身の火力で火傷まみれだったヨシュアくん。だがわたしが魔術を制御するための『真言法』を教えたことで、自傷の被害を限りなく抑えられるようになっていた。
ちなみに先ほどのは、〝
火力を下げた上でまとめ、光線みたく相手に放ったわけか。
「術種選択は申し分ないわ。真言法は色々と組み合わせが自由だけど、そのぶん咄嗟の場面で迷うことがあるからね。種字の意味合いを意識しないと効果ないし」
「いや。逆に俺は知っている種字が少ないからな。迷う必要がなかっただけだ」
はは。そりゃいいわね。
「井の中の蛙、井の中なれば迷わないって感じか。ウケる。あはは」
「……と言いつつ、貴女は本当に表情が動かないな。笑えるようになる真言法はないのか?」
「ってうっさいわ」
前世も今生も、教育環境のせいで表情筋死んでるだけじゃぁい。