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第15話:山菜いっぱい! 病人もいっぱい!

「う~~~~ふっふ。たくさん採れたわねえ! 流石は手付かずの山~!」


「そうだな。貴女の愛馬、サクラニックだったか。彼が持ち切れないほど採れたな」


「使えない馬ね~。食べちゃおうかしら」


『ブルルヒッ!?』



 かくして夕暮れ時。わたしとヨシュアくん+愛馬(愛してない)のサクラニックは、グラズヘイム山より下山していた。

 山の恵みに大感謝ね。本当に馬がへばっちゃうほど採れたせいで、わたしたちも籠を背負うことになっちゃったわ。



「あ~いい汗かいたっと」



 ほどよい疲労と満足感の中、わたしは背後の籠の中を振り返って微笑んだ。

 アミガサタケ――ドイツにおいてはモリーユと呼ばれる高級キノコもぎっしり採れた。ちょうど採れ時だったらしく、褐色の笠は瑞々しく張っており、まるで濡れた絹のよう。

 白人参――パースニップと呼ばれるドイツ原産の人参の根の色は、土の中から出てきたばかりとは思えぬほど眩しい。収穫するには少々季節が早く痩せているが、薬味とするなら問題はない。

 そして行者ニンニク――ベアラウホが採れたのは僥倖だ。栄養たっぷりの葉野菜で、日々食べていれば免疫力が高まること間違いなしだ。アリシンの豊富さを示すように見事な緑色をしている。



「なるほど……これが知識持つ者の力というわけか」



 満足しているわたしに、何やらヨシュアくんが神妙な顔で頷いてきた。なによなによ。



「なんか意味深なこと言ってるけど、背負った籠のせいでイケメン顔が台無しよ?」


「……別に顔にこだわったことはない。それよりも、今日は本当にいい経験になった」



 へばるサクラニックを撫でつつヨシュアくんは続ける。



「山というのは、知識を持つ者にだけ与えられる宝箱なのだな。貴女が見つけた野菜や野草の数々も、俺からしたら雑草にしか見えなかった。美しい花すら、知識がなければ危険物だ」


「あはは。ヨシュアくん、毒花オダマキ触ってたもんね」


「……笑わないでくれ」



 赤く腫れた手をさっと隠す彼。照れてるのかしら、かわい。



「貴女のおかげで、雑草に見えるモノにも価値があり、それぞれ違った形で役立てるのだと知れた。改めて感謝しよう、エリシア・フォン・フェンサリル」



 ――なんて、妙に恭しく言ってくる青年領主様。



「まったくもう。ヨシュアくんは真面目くんね~」



 元貧民ゆえ、立派にあらんと努めているのか。だとしたら皮肉ね~。腹黒過ぎて娘も切り捨てるようなお父様バグダートや、極度の引きこもりで息子のヨシュアくんを僻地にやったラハブという男より、よっぽどお貴族サマって感じじゃない。



「やめて頂戴。肩肘張られるとこっちが疲れちゃうでしょ」


「む、そうか」


「そーよ。それに勘違いしないでくれる? わたしはあくまで、自分が美味しいものを食べたいがために働いただけだから。目指せスローライフ、なんだからね?」



 そう言うと、ヨシュアくんは「フッ、そうか」と微笑を浮かべながら頷いた。

 なによもう。それは何の笑いなのよ~~~?



「それよりエリシア。せっかくだから何か知識を聞かせてくれないか? 夜の勉強時間の、追加講習を頼む」


「ん~? まぁ帰るまで暇だしいいわよ。じゃ、今日採れたものの調理方法についてね。たとえばこのアンズタケ。フィファリンゲとも呼ばれていて、卵のような香りが特徴なの。ドイツの森では初夏の味覚とされていて、炒めて卵と合わせたり、ジャガイモと合わせたガレットにすることもあるのよ。クリームと白ワインで煮ても美味しいらしいけど、せっかくならわたしは、バターでさっとソテーして、塩だけでいただいてみたいわ」


「やめてくれ、帰るまでに腹が鳴りそうだ」



 言葉を重ねながら、わたしたちは山道を下ってゆく。春の雨の名残がところどころにぬかるみを残しており、スカートの裾を泥で汚さぬよう、裾を軽く摘んで歩いた。

 その横を領主様も大きな歩幅で、しかし静かに踏み締めながら進んでいく。

 ……どうやらわたしに泥が撥ねないよう気を遣っているらしい。



「なんかヨシュアくん、わたしの弟だった気がしてきたわ」


「いや、貴女のほうが年下だろうに。……まぁ色々と教えてもらっている現状は、姉弟のようだと言えなくもないが」



 ほらやっぱり~~。どうやらわたしはエリシアお姉ちゃんだったらしい。



「だが」



 と、そこで。不意にヨシュアくんは足を止めた。そして、



『ガァアアア――ギャゥッ!?』



 神速一閃。茂みから飛び出してきた緑の人型魔獣『鬼猿人ゴブリン』を、大剣の居合抜きによって切り捨てたのだった。

 ひええっ。



「び、びっくりした~……! 気付かなかったわ」


「ふ、エリシア。頭脳の上では貴女の世話になる身だが」



 剣についた血を払いながら、彼は言う。



「修羅場くらいでは、どうか貴女の頼りにならせてくれ」



 ◆ ◇ ◆



 夕陽が、山の端に沈みかけていた。



「……少し急ぎましょうか。ここを下りきれば、もう村が見えるはずよ」


 わたしがそう言うと、ヨシュアくんは静かに頷いた。背後の籠はずっしりと重く、モリーユやアンズタケ、パースニップや行者ニンニクが詰まっている。春の山の恵みをたっぷりと得た帰り道――本来であれば、足取りも心も軽いはずだった。

 だけど。



「ヨシュアくん、気付いてるわよね?」


「ああ……」



 村のほうから、どうにも騒がしい気配が伝わってくる。

 悲鳴や破壊音は聞こえない。だが、ざわざわと人々が困惑しているような声が、ほんのかすかに耳に届いた。

 電気もないこのご時世、日が傾けばみんな家に籠っているものだろうに。



「……なーんか面倒ごとの気配がするわねぇ。ヨシュアくん、籠は置いていっていいから、気になるんならダッシュで村に向かいなさい」


「っ、いいのか? ほぼ山を抜けきったとはいえ、魔獣が出ないということも……」


無問題もーまんたいよ」



 道中、山菜を取りつつもそれなりに魔獣を狩り、その血肉をブチ撒いてきた。しばらくは付近に魔獣が近づくことはないだろう。

 それに、



「わたしの力を知っているでしょう? 真言法マントラの修行を付けてあげているのは、いったい誰かしら」


「……そうだったな」



 彼は静かに籠を置くと、わたしをもう一度見て頷いた。



「貴女は強い女性だったな。能力も、癖も」


「癖は余計でしょ」


「そんな貴女だ。頼りにならんと励むのはともかく、過保護になるのは失礼だったな」



 そうそう。わたしはつよつよ令嬢なんだからね。よくわかってるじゃない。



「ぱぱっと解決できる騒ぎなら、さっさとどうにかしてきて頂戴。わたしのスローライフのためにもね~」


「ああ、行ってくる」



 そうして、彼は力強く地を蹴ると、瞬く間に風となって消えていくのだった。

 はや~~~い。



「さてサクラニック」


『ブルルヒ?』



 残されたわたしは愛馬(※愛してない)に声を掛ける。それからヨシュアくんが置いていった山菜たっぷりの籠を見た。



「じゃ、籠追加でよろしく持ってね~」


『ヒヒーーンッ!?』




 ◆ ◇ ◆




「うっっわ」



 はたして村に遅れて戻ったわたし。慣れない山歩きでぶっちゃけバテバテエリシアちゃんよ。

 そんないたいけなわたしを出迎えたのは――乾いた膿と血の臭いだった。



「ガチ面倒ごと起きてるじゃないの」



 広場に集まった村人たち。

 彼らは右往左往しながら、茣蓙ござの上に横たえられた者たちの世話をしていた。

 見慣れない顔だけど、明らかに傷病者だ。あちこちに巻かれた粗末な包帯の下から、痘痕などが醜く刻まれた肌を晒している。そんな彼らに村人たちは懸命に桶に水を汲み、手拭いを絞っては汚れを取ってやったりしていた。



「わ~大変そう。領主邸に帰ろっと」


「ってマジかよカス女ァッ!?」



 わたしが踵を返したところで、盛大に失礼な呼び名が響いた。



「おまえ、ガチで人間性終わってんなオイ……!」



 振り返れば、そこには生意気なチビガキのエーダ少年が。



「あらエーダ少年、元気そうね。この場においては相対的に」


「うるせぇよカスの絶対値!」



 あらあら、難しい言葉まで使って人を罵ってくれちゃって。

 勉強教えてほしいっていうからちょくちょく見てやってるだけあるわ。



「で、エーダ少年。この状況って、もしかしなくてもアレよねぇ?」


「……ああ、アレだよ。おまえの家フェンサリルの連中が、まぁた傷病人をこの村に捨てていきやがったんだよ……!」



 はは。捨てていったか。それはナイスな表現ね。

 村の入口に目を向ければ、そこそこの数の大型台車が放置されていた。

 おそらくは感染病者らをアレに乗せ、馬で引いてここまで連れてきたのだろう。それで降ろし終わったらバッチイから台車もポイ、か。ここはまさに危険物廃棄場ね。



「くそっ、本当に最悪だぜ、フェンサリルの連中はッ。……アンタに罪がないのはわかってるが、それだけは言わせてくれ……!」


「別にいいわよ。わたしも家の人たちはどうかしてると思ってるし」



 色々論外な父バグダートに、いっそ可愛いくらいに性格終わってる妹エリカ。

 そして引きこもりでヨシュアくんブッ殺そうと思ってる大叔父ラハブときたもんだ。流石は悪役令嬢の家系ね~~~。



「――エーダよ、今は文句を言う時ではない。手が空いてるなら応急処置を手伝ってくれ」



 と、そこで。シーツや包帯を抱え持ったヨシュアくんがやってきた。彼の赤い瞳と目が合うや、「すまんな、エリシア」と謝られてしまう。



「すぐには片付けられない問題が起きていた。貴女のスローライフとやらはもう少し先になりそうだ」


「はは、まぁ期待はしてなかったわよ」


 自分の不幸っぷりは身に染みてるからね。じゃなきゃ悪役令嬢に転生しないっての。



「じゃあわたしは領主邸に戻るわ。あとは頑張ってねヨシュアくん~」


「っておぉいカス女ッ!? 結局手伝わないのかよ!」



 ばっかねーエーダ少年。手伝うわけないでしょ。



「わたしは、やりたくないことはやらない主義なのよ。誰が感染病者の応急処置なんてすんのよ、ばっちいしだるいし。ねぇヨシュアくん?」


「……ああ、信じていたぞエリシア・フォン・フェンサリル。貴女がそういう女性であると」



 うんうんと謎に納得顔で頷くヨシュアくん。



「ふふ、これが信頼関係ってやつよエーダ少年」


「負の信頼されてるだけだろ、死ねよ」


「死にませーん!」


「うっっざッ!?」



 そうしてわたしが領主邸に向かおうとした時だ。ふと耳に、「あっはっはっは!」という場違いな笑い顔が響いた。

 誰よ元気ね。



「あ~~~あ~~~。ここが噂の『病み村』かいな。こんなところに送られて、自分ももう終わりやねぇ」



 声のしたほうに目を向ければ、そこには長い赤髪を後ろで括った糸目男が。

 周囲に比べれば軽いけど、彼も病人らしく、皮膚にはちょぼちょぼ痘痕が見えた。



「ひひ、ひひひひ……っ!」



 ふーん、病人なのにずいぶんと元気ね。いやまぁどっちかというと、



「ひひっ。いくら感染病者になったかて、こうも容赦なくポイとは! ……自分の頑張りは、領主様にとってなーーーーんも思うところなかったやなぁ。ひひひっ……」



 あれは、躁状態って感じの元気さかな。ぶっちゃけるとヤケクソって感じ? ヤケクソ糸目ね。



「にしてもこの糸目野郎……ん~?」



 ふとなんとなく、彼を見てたら妙な感覚を覚えた。

 そう……なんていうかわたし、あの糸目野郎のことを『知らないはずなのに知っている』のよね。

 明らかに初対面なはずだけど――、



「もうええわ! どうせろくな医療品もないやろし、みんなで毒食って死なへんか~~!?」


「毒――あッ、思い出したァーーーッ!」


「ってワヒッ!? な、なんやぁ!?」



 おっといけない。おもわずアハ体験で声が出てしまった。淑女エリシアちゃんとしたことがファックわよ。 



「そうそう。思い出したわよ。こいつってばアレじゃないの」


「な、なんやねんお嬢ちゃん。ずいぶんと身綺麗やけど、この村のもんなんか……?」



 訝しげにこちらを見てくる糸目野郎。

 彼とはやはり初対面だが、わたしはコイツを知っている。


 だってそう――この男は、ゲームに出てきた敵ユニットの一体なんだから!



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【Tips】


感染病者(おかわり):領内から集められ、捨てられた者たち。絶望していたが、甲斐甲斐しく世話をしてくれるイケメン領主ヨシュアにはメロメロ。世話する気ゼロの謎の女児エリシアに対してはコイツ死なないかなと思っている。


エリシア:カス女の絶対値。相対性理論で、領主ヨシュアの人気を高めているカス。


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