「な、なんや嬢ちゃん。あんた誰や」
「あんたと同じ
「あん!?」
――学園恋愛SLG『恋戦のラグナロク』。
この世界の原型っぽいゲーム。それには『悪役令嬢エリシア』以外に、主人公の入学から三年間……計九学期の内に、様々な敵が登場する。
そのうちの一体が、目の前の赤毛結んだ糸目野郎。エネミーネーム『リーダー』だ。
登場は一年目の二学期から三学期。アイテムの買える雑貨屋の下っ端として現れる。
気さくな西方弁訛りのお兄さんだと思ってたんだけど……実はそれは仮の姿。
〝貴族の
その正体は貴族絶滅を謳うテロ組織『藍血猟団』の長だったりする。
学園には違法薬物をバラ撒くためにやってきていて、未来の貴族たちを、今の内から廃人に変えてしまう計画を進めていたわけね。
その計画にいつまでも気付かないとバッドエンド(※わたし一敗)。そして気付いて正体を暴くと戦闘になり、その際には毒系アイテムを山ほど投げてくる超絶うざい敵となる(※これまた一敗。くそお)。
「じーーーーー……」
「だ、だからなんやねんお嬢ちゃん……!」
んでんでんで。今、そのにっくきてきがわたしの目の前にいるわけだ。
いや~~気付けてよかったわ。
「三次元になると、そんな風になるのねえ」
「何の話なん……?」
すぐにわからなくてもしょうがないわ。
ゲーム絵からリアルな見た目になってるし、そもそも今はゲーム開始の五年前だもの。
ぶっちゃけ気付けた理由は……毒って言葉と、あとは『声』ね。
シナリオにはかかわらない小ボスだけど、モブ敵よりかは優遇されてる立場で、声優さんもついてたからね、リーダー。
「まぁいいわ。アナタを見てたら気付けたこともあったし。ちょっとわたしについてきなさい」
「え、ほんまなんなんさっきから!?」
「いーからくるくる。ほい、概念魔術【繰糸】発動~」
指をぺにょっと鳴らして誓約達成。頭に輪っかと指から糸をうにょーッと出し、わたしは糸目野郎をぐるぐる巻きにして引っ張った。
「ちょぉッ、えっ、魔術まで使ってなんのつもりや!? そ、そこなお兄さん、ヘルプ!」
糸目野郎が呼び止めたのはヨシュアくんだ。ふるまいから彼がこの村のボスだと気付いたのだろう。イイ眼力してるわね。糸目のくせに。でも無駄よ。
「ヨシュアくん、止めたらお姉ちゃん怒るわよ?」
「貴女は十歳児だろうが。誰がお姉ちゃんだ。……心配せずとも別に止めんよ。貴女の好きにするがいい」
その返答に、糸目野郎が「ちょぉっ!?」と喚いた。うっさいうっさいうっさいわ。
「あんた領主やろ!? な、なんでこんな人間性アレそうな女児を好きにさせてっ」
「アレ言うな黙りなさい。わたしに逆らうと、亀甲縛りにするわよ~~」
「ええええええ……!?」
脅してやったところで、ようやく彼は「やっぱりアレやん……わかったから堪忍してや」とおとなしくついてくるようになった。
ほーれ領主邸にゴーゴー。アンタにはちょっくら用があるんだよいっと。
「ふ、青年よ。心配するな」
糸目がドナドナされる中、ヨシュアくんは働きながらも糸目に微笑みかけた。
「たしかに、彼女は少々アレな人物だが……」
「アレってなによ」
「だが」
「聞きなさいよ」
そして、ヨシュアくんは糸目に告げた。
「エリシアはいつだって、必要なことを成す女性だからな」
◆ ◇ ◆
「ほいほいくるくる糸目野郎! こっちくるくる糸目野郎!」
「さ、さっきから糸目野郎ってうるさいわ! 自分にはイスカンダルって名前が!」
「うっわぁ~~~似合わねぇ~~~。だからアンタ、キャラネームが出てこなかったのね」
「何の話やねんッ!?」
はいというわけで、糸目野郎を連れてやってきました領主邸~~~! その厨房!
わたしが普段、ヨシュアくんにご飯を作らせているところでーす。
ま、初日で彼の調理技術が中世ってことがわかったから、ずっと監督してあげるようにしてるんだけどね~~。適当に焼いて煮りゃいいってものじゃないのよ。
「な、なんやねんお嬢ちゃん……こんなところに、大荷物しょわせて連れてきて……」
「ご苦労。よきにはからえなのだわ」
「うざっ!?」
ちなみにサクラニックに違法搭載していた山菜類は、糸目野郎に全部運ばせた。細身っぽいのに力があっていいことだわ。
「じゃあ糸目野郎、わたしに仕えて料理作りなさい」
「は?」
「だってアナタ、料理人でしょ」
「ッ!?」
あらあら。そんなにビックリ顔することもないじゃない。
「な、なんでそのことを……」
「そりゃまぁ手よ。アナタの手、痘痕以前に細かな火傷の後や、包丁ダコの出来過ぎで一部が厚くなっているわ。それ見りゃわかるわよ」
「っ……よく見てはるなぁ、アンタ。ほんまうざいわ」
糸目野郎は吐き捨てるように言った。なによ。
「けど残念やったなぁお嬢ちゃん。自分はもう、他人のために料理する気はあらへんで?」
「なんでよ」
「決まっとるやろッ、無駄やからや!」
無駄~? どういうことよ~~?
「じ……自分はガキの頃に、ある貴族の見習い料理人として、丁稚奉公に出た。貴族の名は……子爵ラハブ・フォン・フェンサリル……!」
「わお」
それ、わたしの叔父でヨシュアくんの父親じゃない。
たしか暗殺されかけてから引きこもり気味で、現在は妾腹のヨシュアくんを殺そうとしてる感じのカスパッパよね。
「それから、十年以上や! 自分はその人のところで、懸命に料理を作り続けてきたッ! 暗殺されかけて、引きこもりになったっちゅうあの人を、少しでも癒そうと……そう決めて頑張ってきた! それなのに!」
糸目は台所を殴りつけた。料理人の戦場だというのに。
「全部――全部無駄だったんや! 感染症にかかったと知れた瞬間ッ、自分はゴミみたいに辞めさせられた! 『すぐに病状も収まったッ、衣類も寝床も全部とっかえたから、どうか捨てんで』と訴えに行っても、領主は門すらくぐらせてくれない! 完全に汚物扱いやッ!」
「ふぅん」
「あの人にとって、自分は所詮ッ、変わりはいくらでもいる丁稚奉公の下民だったんや! 人生の半分以上を尽くしても……汚れたら簡単に捨てられる、ナプキン以下の存在だったんや……!」
肩を落とす糸目。それでやさぐれてたわけね。
そして……将来的に、貴族撲滅を目指す『藍血猟団』を打ち立てるわけか。
「せやから……自分はもう、料理を作りたくはない。何の意味もないことは、もう」
「いや、意味ならあるでしょ」
「は?」
わたしは手を見てからコイツを料理人だと思ったわけじゃない。
それ以前から〝料理人かも〟と思う点があったからだ。
「だってアナタ――他の人より病状軽いでしょ? それ、料理やってたおかげじゃない」
「……は? なん、やて……?」
男は固まった。それから、呟く。それが料理人と何の関係があるのか、と。
「大ありよ。馬鹿ね」
もしかして気付いてないのかしら?
「ウイルスだって生物よ。熱と煙に満ちた環境には弱いの」
「な……、まさか」
「そう。まさに料理人って職は、細菌予防にピッタリだったりするのよね~」
衛生観念の最も高い職――それが料理人だ。
他職に比べれば、身綺麗にする機会は圧倒的に多い。貴族お抱えとなればなおのことだ。
また塩や香辛料によく触れていれば、乾燥とカプサイシンや硫化アリルに弱い一部のウイルスは、その手を嫌がるようになる。煙を浴びれば簡易的な燻蒸消毒にもなる。
まぁもちろん、感染症に多少かかりづらくなるだけで、患っちゃうときは患っちゃうけど……。
「感染症は死ぬこともある病。でも、アナタは生きている。しかもなんの後遺症もなく過ごせている」
それは、まさしく。
「料理人っていう過去が、アナタを守ってくれたんじゃないの?」
「ッ――!」
わたしが告げるや、糸目はその場に膝をついた。そして項垂れて自分の手を見る。
過去の傷跡だらけの、汚い手を。
「は……はははっ……! そ、そっ、かぁ……。自分が今、生きていること。それは、ずっと厨房に立ち続けてきたからなんか……?」
「さぁね。料理人だけど死ぬ人は死ぬし、そんなこともないかもよ」
「え、ええ……?」
「けど」
一つだけ言えることはある。
「過去が無駄になることは、絶対にありえないわ。だってアナタのその手には、身に着けた『技術』が宿ってるじゃない」
「っ……!」
「
なのに何が無駄なのかわかんないわね~~~。
「つまらない男なんて忘れて、好きに料理を作ればいいわ。自分の人生の本当の主君は、自分自身なのだから」
そう心からわたしが思っていると、不意に床が濡れ始めた。あら。
「うっ……お嬢ちゃん、うぅ……!」
……床、あとで掃除しておきなさいよ。
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【Tips】
・『藍血猟団』
学園恋愛SLG『恋戦のラグナロク』に登場する敵組織の一つ。
イスカンダルこと糸目野郎が治めていた。
ちなみに藍血とは貴族を示す言葉。
古くは中世スペインの貴族階級が、自分たちを他の民衆(特にムーア人などの異民族)と区別するために使い始めた表現とされる。
貴族たちは屋内で暮らすため肌が白く、腕や手の血管が青く見えた。
対して農民や労働者は日焼けし、血管が見えづらかった。またムーア人(イスラム系)は肌色が濃いため、そこから貴族たちは自分たちを『ブルーブラッド』と名乗り始めた経緯がある。
すなわち藍血猟団とは、その名の通り貴族たちを狩る狩猟者の集団であるのだ。
・『アレ』
主にエリシアを指す言葉。
意味は……まぁ……アレである。
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