「ふぅ……恥ずかしいところを見せたなぁ、お嬢ちゃん」
「本当にね。いい年した大人が泣いてたぁ~~!」
「ははっ、ほんまアレやなぁお嬢ちゃんは」
ってアレってなんじゃい。
「……お嬢ちゃんは何の気なしに言ってたかもやけど、おかげで自分、立ち直ったわ。もう一回、料理人として頑張って見よかな~」
「あっそ。……ちなみに料理人やめてたら、何になろうとしてたわけ?」
「んんん? せやなぁ、ここはハジけて貴族ブッ殺すテロリストとか! な~んてなっ」
「そ、そう」
冗談や冗談と笑う糸目野郎。
はいそれ、冗談じゃないデース。アナタ本編だと学生に薬物ばら撒くやべーヤツになってまーす。
「ふう。ほんでお嬢ちゃん、自分に料理の注文やって? 何が食べたいんや?」
「わたしじゃないわよ。ちょっとアンタ、スープ作ってあの連中に食わせてやって頂戴よ」
「っ! あの連中って、自分と一緒に連れられてきた傷病人らか……!?」
それ以外に誰がいるのよ。当たり前でしょ。
「お嬢ちゃぁん……」
「あーそんな顔で見んな見んな。勘違いされたら困るけど、別に慈善事業とかじゃあないわよ?」
他人のためにあれこれ尽くす趣味はない。
かつて人生をしゃぶりつくされたわたしは、次は自分のために生きると決めている。
「いつまでも病人共がヨロヨロしてたら、わたしまで病気になっちゃうでしょーが。だからさっさとウイルス撃退するほど元気になってほしいのよ」
「ははっ、さよかぁお嬢ちゃん。けどそれ結局、連中は大喜びするだけやと思うで?」
は。勝手に喜んでればいいわよい。
「よぉしわかった、腕によりをかけて作ったるわ。病人を元気づけるなら、ここはニンニクスープがええかな?」
「そうねぇ。ああ、でも待ちなさい。ニンニクはニンニクでも、今回はこっちを使ってもらうわ」
わたしは籠をがさがさと漁った。そこから本日の山登りの成果を出す。
「ほい、行者ニンニク。別名ベアラウホ。アリシンたっぷりだけど本物のニンニクより胃腸に優しいから、弱った人たちにはちょうどいいでしょ」
「なるほど! それがあったかぁっ!」
貴重な食材とってきはったなぁ~~と喜んで手に取る糸目野郎。
流石は料理人らしく、珍しい食材の知識もあるようだ。やるわね。
「あとはタマネギと白人参がベターね。どちらも栄養たっぷりよ。コクだしには麦粉と刻んだキノコを炒めて、一緒に煮込んだら最高ね~」
「かぁーっ、そら美味そうやわぁ! はは、新しい雇い主さんは、どうやら料理に理解ありまくりで何よりや」
糸目野郎は料理の話ができてうれしそうだ。
コイツ、ゲームだとご飯の代わりに毒を作るようになるくせにねぇ。
「ああ、せや。アンタの下で働くんや。いい加減に名前教えてくれへんか~?」
と、糸目野郎は家の包丁などを確認しながら軽く聞いてきた。
あぁそうね。そういえば名乗ってなかったわ。
「自己紹介が遅れたわね。わたし、エリシア・フォン・フェンサリルよ。よろしく~」
「はえ~。あ、この家の包丁、やすもんやけど丁寧に研がれとるなぁ。領主ヨシュアっちゅう兄ちゃんは真面目さんと見た………って、ハァンンッ!?」
うわびっくりしたぁ。なんか遅れて奇声あげてジャンプして飛び退きやがったわ。なんなのよコイツ。
「え、え、エリシア・フォン・フェンサリルって、あの辺境伯家が、長女のぉ!?」
「そうわよ~。まぁ気安く接して頂戴」
「って誰が気安く接せれるかいな! エリシアっちゅーたら未来の第二王子のお妃様で、いずれ国のトップ10に入る大人物やんけ!」
え……あ~~そっか。そういえばわたし、それくらいの地位につく人間だったわね。
「はえ~~」
「や、はえ~~て。なにエリシア様、自分で呆然としてんねん……?」
「いやぁ、わたしがだいーぶ偉かったって、すっかり忘れてたのよ。なにせ近所のガキが『カス女』呼ばわりしまくってくるから」
「って気安く接せられすぎやろ!? まぁ言いたくなる気持ちもちょいわかるけど!」
「わかるんかい」
わたしがジロリと睨んだら、糸目はヒエッと悲鳴を上げた。
「じょじょ、冗談やて。料理人ジョークや」
「料理人関係ないでしょ」
「そそ、それより、そーかぁ。お嬢様、フェンサリル家の子やったんやねぇ。そりゃつまり、憎い
ああ。そういえばこの人にとっては、広義の意味で仇の一人になっちゃうか。
「怒っちゃった、糸目野郎? 毒でもわたしに食べさせる?」
「……はぁー、いや。お嬢さんには恨みもないしなぁ。別にええわ。それにアンタ、こんなところにいるってことは、なんか家であったんやろ?」
むむ。糸目野郎、意外に冷静にこちらを慮ってきたわ。
わたし、こいつの好感度が上がるイベントとかしたかしら? まぁ答えましょ。
「正解よ。落馬で後遺症が残った設定で」
「設定で……?」
「ごほんっ、落馬で後遺症が残って、静養兼ヨシュアくんを監査する軍人として、この地に送られちゃったわけ。王子様との結婚話もナシになってるでしょうね~」
「そ、そうかぁ。偉いとこの子も大変なんやねぇ……」
――なお実際は、もうすぐこの地に侵略が起きるから、お父様に『そのとき死んで悲劇の聖女となれ』って言われてるんだけどね。
大変どころじゃないんだってばよぉ……。
「ほい、無駄話おわり。じゃーそろそろ調理に移りましょうか」
「ほいな。……って、気になってたんやけどここのかまど、おかしない?」
糸目野郎がジト目で見たのは、厨房に横長く鎮座した石造り式のかまどだ。
底には穴が三つ開いており、そこで薪を燃やして上を熱し、IH式コンロみたいに使う仕組みになっている。
本来はね。
「な――なんかかまどの底に、黒い炎が三つ燃えてるんやけどぉ~~!?」
はい。それ、ヨシュアくんが出した永遠に消えない炎【劫炎】でございます。
「ふっふっふ。ヨシュアくんに真言法を教えたおかげで、彼、火力調整ができるようになったからね。そこで『弱火・中火・強火』を出して、用途によって使い分けれる&薪を燃やす必要をなくしたわけ! わたしかしこ~~い!」
「っていやいやいやいや!? いくらええとこのお嬢様とて、領主様になにさせとんねん……!」
は、なによ。別にいいじゃない。タダなんだし。
「てかアンタのところのラハブも【劫炎】持ちでしょ? 血筋的に。厨房にセットしてくれなかったわけ?」
「んなわけないやろ~……。お貴族サマは魔術を神聖視しとるし、何より厨房なんて下賤な場所に近づくこともあらへんわ」
かーーーーーーー。異世界&中世的価値観ねぇ。
概念魔術なんて科学技術の産物なんだからどんどん使えばいいのよ。どこの世に蛇口神聖視して使うの控える人がいるのよ。
で、厨房を『女や下人だけが使う場所』って認識してんのはザ・お貴族サマね。
日本とかどこの国の貴族がいた時代にもそういう風潮があったんだから不思議だわ~~~。ユング的にいえば集合無意識の繋がりってやつかしら?
アホな繋がりしてやんの。
「ともかく、ウチでは気軽に使っていく方針だから。それが嫌ならよその家の子になりなさい」
「や、アンタとヨシュアさんがええなら別にええけど……」
「はい無駄話終わり。さぁてタマネギ刻むわよ~。【繰糸】魔術でシュババババババッ!」
「うわぁほんまに気軽に使いすぎとるっ!?」
こうしてわたしたちは、急ピッチで病人用食を作り上げていった。