次の日の朝。
世界が変わったのはある意味でこの日からだった。
「おはよう」
「おはよう、お兄ちゃん、大変だよ」
「なにが?」
「テレビ見て」
言われてテレビを見るとニュースをやっていた。
それも昨日はろくに取り上げてなかった魔法についてだ。
「なんだこれ……」
魔法がさまざまな犯罪に使われているという報道。
特に発展途上国で大きく問題になっているらしい。
「なんで一晩でここまで……」
「いやねぇ、魔法なんてあるからこんなのこと起きるのよねぇ」
母さんが話に入ってきた。
新しいものが苦手な人なのでこういうことはすぐ拒絶反応を起こす。
ちょっとでもおかしなことがあるとすぐ元に戻そうとするので相手する人は大変だ。
「いやいや、ものは使いようだと思わないかい?」
父さんも起きてきた。
母さんとは対照的に新しいもの好きなのできっと魔法もだいぶ使っているだろう。
「でもねぇ、悪用されるのはねぇ」
「悪用できるぐらい応用範囲が広いのさ」
「よく分からない人は困っちゃう」
「有希には僕がついてるから大丈夫だよ」
そっと母さんの肩を抱く父さん。
とりあえずこのまま父さんに任せておけばいいだろう。
「お父さんとお母さん、隙あらばいちゃつくよね」
「でも父さんがいちゃつかないと母さんの相手しないといけないぞ?」
「……よしっ!!」
指さしまでしてるのがかわいい。
実際問題、母さんは父さんが話せばすぐ信じるけど俺たち子どもが言うことはあまり信じないので父さんに相手してもらう方がいい。
「ただまあ今回は母さんの言ってることも一理ある」
「まあそうだよね」
よくわからない人は被害を受けるだけだし、法律で規制できていないのだからやりたい放題だ。
ただ不思議なのは昨日まで犯罪に使われるような話はなかった。
できることが少なすぎてまず無理だったはず。
「なにかあったのかも?」
急いでネットを見て調べてみるとすぐに原因が見つかった。
『制約つけたら消費軽くなったぞ』
その前から気づいている人はいたんだろうけど、世界的に知れ渡ったのはとあるSNSのこの一言だった。
作る際に範囲を指定したり対象を制限したりすると消費MPが少なくなる。
これは大抵の人が気づいていた。
だけどそこから発展して本来不要な制約(発動条件をつける・複雑な詠唱を要求する等)を追加するとさらに消費MPが少なくなる。
この発見によりレベル1でもある程度の魔法が使えるようになった。
そうなれば悪用する人は出てくる。
ニュースで取り上げている魔法はお金の偽装だった。
特定の紙幣を別の紙幣に見せる魔法。
ごく短時間しか誤魔化せないし触ると[対抗呪文]で解除されてしまうが、効果は絶大だった。
「気をつけろと言われても触る以外の対処ないだろうに」
触れば解除されるということは触らないと駄目ってことだ。
受け取ってから紙幣をよく見る以外に何かあるのか?
「なんか[真実の目]とか言う魔法があるらしいよ」
「[真実の目]?」
ものすごく怪しい名前だけどまあとりあえず調べてみるか。
世界書を出して検索している。
名称:真実の目
登録者:Eric ・ Johnson
効果:24時間幻覚を無効化する。
消費MP:1
「は?」
説明文通りの効果ならたしかに偽装は無効化できる。
でもなんでこの効果で消費MP1なんだ?
明らかに強さと消費が釣り合っていない。
何かトリックでもあるんじゃないか?
「効果の説明は普通だけどなんか違和感があるな」
「そうだよね、なんか怪しい気がする」
感覚で判断する陽菜も何か引っかかる所を感じるらしい。
これは一度調べた方がいいかもしれない。
「ちょっと同じ魔法を作成してみるか」
説明文が正しいなら同じ魔法になるはずだ。
ええと24時間で幻覚の無効化っと。
……やっぱりだ、違う魔法になった。
名称:幻は効かない
登録者:Vivek ・ Singh
効果:幻影を消失させる
消費MP:10
なんか直球な魔法名だけどそれはいいか。
消費MP自体は元々低めなんだな。
[対抗呪文]もコストパフォーマンスが良かったことを考えると、防御系魔法のコストは低くなっているのかもしれない。
それにしてもどんなに説明文で嘘をついても作成すれば本当かどうかはわかるのは大きいな。
「どうー?」
「普通に作ると消費MP10だから、なんか制約付いてるな」
消費MPを抑えるために制約がついているのはいいけど、害があるかないかが分からない。
ただ陽菜の感覚を信じるなら使わないほうがよさそうだ。
「なんかヤバそうだし[幻は効かない ]のほうが良いと思う」
「名前が直球すぎてセンスがないね、2点」
「何点満点なんだよ!?」
「100点満点」
「厳しすぎる」
「お兄ちゃんもセンスを磨いた方がいいよ」
「どうやればいいんだよ!?」
「博士に頼んで改造手術受ければ大丈夫」
「それ、絶対失敗するよな」
「科学ノ進歩、発展ニ犠牲ハツキモノデース」
「選手育成最終盤に博士が来た時の悲しさ」
「え、ラッキーじゃないの?」
「なんで最後にギャンブルしないといけないんだよ」
「人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒にふるか」
「そこまで覚悟が決まってる人にはなれないな」
ヘレン・ケラーはすごいよな、俺なら絶対挑戦しない。
「まあ名前のセンスはともかく使うのは問題ない気がする」
「ちゃんと確認したしな」
とりあえず使っておくか。
何かされるとは思わないけど用心だ。
「陽菜も使っておけよ」
「はーい」
良い返事なのでほっぺたをムニムニしておく。
膨らんでる感じはないのにものすごく柔らかいのが良い。
「お兄ちゃんはなぜほっぺたを触るのか」
「そこn 「まさかそこにほっぺたがあるからなんて言わないよね?」
ほっぺたをムニられているのにニヤニヤしている。
おのれ、先読みしおってからに。
「人間は有るものを粗末にし、無いものを欲しがるからさ」
「他人のものを欲しがるのは自分自身を貧しくするよ」
「貧しいことは恥ではない。だが貧しさから脱出しようと努めないことは恥とされる」
「ここはアテネじゃないし、奪うに益なく譲るに益ありって言うよ」
く、なかなか難しい返しをしてきたな。
どう答えるか悩んでいると陽菜が勝ち誇った顔をし始めた。
「これぐらいで言い返せなくなるなんてお兄ちゃんも落ちたもんだね」
ドヤ顔でそう答える陽菜を見て感慨深い気持ちになる。
昔の陽菜は大人しくて常に相手の顔を伺うような子だった。
感覚的に行動・発言するのは今と変わらないけど活発さが全然違う。
そのせいで傍目には馬鹿っぽく思われたのが良くなかった。
ある時期から陽菜がふさぎ込むようになった。
両親や俺に聞かれても頑なに理由を話さない。
日に日に元気がなくなる陽菜を見かねて、陽菜が居ない時に陽菜の友達から無理やり事情を聞きだした。
原因はいじめだった。
知らない子がいじめられてるのをかばったら陽菜が標的にされたらしい。
なんでも「馬鹿に正論を言われた」のが腹が立ったとか。
それを聞いた瞬間にブチ切れて、陽菜をいじめた子たちを片っ端から言い負かして泣かしてやった。
相手の感情すら否定する勢いで徹底的にやったら次の日にその子らの兄貴が来てボコボコされたのはご愛敬。
まあそれでもクレイジーな兄がいることは理解できたようで陽菜へのいじめは止まった。
今思うと中途半端に賢い相手だったので上手くいったけど、本当の馬鹿相手なら失敗してたと思う。
ちなみに陽菜には内緒にしていたものの周りから情報が伝わり、俺は泣きじゃくる陽菜から一日中説教された。
泣いているのに普段と違って理路整然とした説教だったので驚いたんだよな。
陽菜が落ち着いた後に聞いたら「いっぱい考えているのに上手く言葉にできない」と言っていた。
それから考えを言葉にする練習を続けて今のようになったんだ。
今じゃそんな姿が見る影もないのは嬉しい。
しかしそれはそれとして。
「ああ言えばこういう口はどこかな」
「お兄ちゃんが言うk、あばばば」
調子に乗っているようなのでさらに追加であごをタプっておく。
「あなたたち、仲いいのは結構だけどもう時間よ」
「え、もう?」
時計を見ると普段はとっくに家を出ている時間だった。
慌てて残りを詰め込んで家を出る。