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9.崩落事故

 夜9時に差し掛かる辺りのことだった。

 とある2階建てショッピングセンターで地面が揺れた。

 とっさにしゃがむ客たち。

 みんな地震が来たという認識だ。


 しかしこの場所付近で地震は発生していない。

 揺れも1階は軽微であり大きく揺れているのは2階である。

 その不自然な状況に気づくことが出来ていれば、しゃがむではなく逃げ出すという選択肢もあっただろう。


 揺れは次第に大きくなり1階にいる人が天井を見上げると波打っているのが分かる。

 2階にいる人はまるで荒立つ海の上にいるかのような状態でみんな必死に床にしがみつく。

 そしてとうとう変形に耐えられず2階の床が割れた。

 一つが割れると次々に伝播して割れていき重さを支えきれなくなった床が一気に一階へと落下した。


 崩落の音は近隣にも轟音として響き渡り即座に消防と救急へ通報が入る。

 すぐに現地に駆け付けた消防と救急だが被害者の救助は困難を極めた。


 建物全体に無数にひびが入っておりいつ崩れるか分からない。

 2階には窓がない上に階段はがれきで埋まっている。

 中の状況がまったく分からない状態となっており自衛隊の到着まで何の行動も起こせない状況であった。


 一方で内部では十数人の生存者がいた。

 二階の床が綺麗に落下したことで押しつぶされずにすんだためだ。


「痛たたた、なんだったんだ?」


 目を覚ました彼は手探りで周りを確認している。

 どうやら鞄を探しているようだ。


「あったあった、えっとスマホのライト機能は……、ひっ!?」


 スマホのライトのおかげで現状を理解したようだ。

 光がまったく届かない暗闇の中でガレキや商品などが散乱している。


「ほ、他の人は?」


 彼が辺りを見渡すと所々で光が見えた。

 その光を見て安堵のため息を漏らす。


「よかった……、そうだ、連絡をしないと!?」


 スマホを取り出して通信を試みるが一様につながらない。

 元々電波が届きづらい建物構造であったことに加えて、崩落で電波の中継器が壊れたことによるものである。


「くそっ、電波入らない」

「あんた、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ、でもどうなってるんだよ?」

「みんな集まってるからこっちに」


 人が集まり始めた。

 みんな最初にスマホを使うので明かりが目印となっている。


「痛い……痛い……」

「これどうしたら……」

「いきなり地面が揺れたと思ったらこんなことになるなんて」

「救助は来ないのか?」

「怖いよぉ……」


 人が集まったことで各々が喋りだす。

 内容は現状への嘆きがほとんどだ。


「真っ暗で何も見えないのにすぐ救助来ないだろ」

「またいつ崩れるか分からないんだぞ!?」

「だからこそだろ」

「外も同じでしょうよ、少しは落ち着いて」

「落ち着いてられるか!!」


 少し落ち着くと救援が来ないことに怒りをあらわにする人が出始めた。

 周りがなだめているが怒りは収まらないようだ。


「このままだとスマホの電池なんてそう持たないぞ」


 1人の男性がポツリと呟いた。

 現状は各々がスマホのライトを使って明かりを確保している。

 だからこそ言い争う余裕があった。

 しかし暗闇になってしまえばそんな余裕は消し飛ぶ。


「私、電池残量もうない……」

「僕も……」

「俺はモバイルバッテリーあるからいけるな」


 その言葉に電池残量が少ないものは目を輝かせた。

 この場においてスマホの充電は命綱と言って良い。


「か、貸してください」

「僕にも」

「大丈夫ですよ、順番に貸してあげm「いつ救助されるんだ?」


 少し離れた所で大声で叫ぶ声を聞いてモバイルバッテリーを貸すと言っていた男の動きが止まった。


「今日か!? 明日か!? 1週間後か!?」

「分かるわけ無いでしょう」

「こんな暗闇の中でずっと耐えろっていうのか!?」

「みんなスマホが……」

「電池なんてそう持たないだろ、どうするんだよ!?」


 モバイルバッテリーを渡そうとした男の手が引っ込む。

 その行動を見て青ざめる女性。


「ど、どうして!?」

「無闇矢鱈に貸すと自分が使う分が……」

「さっき貸すって言ったじゃない!!」

「あれはすぐ救助が来るって思ったから……」


 喧嘩が始まった。

 それはここに限らずどの集まりでも同じであり誰もが光がなくなる不安に耐えられないためだ。


「みんなで明かりは使いましょう」

「なんで自分のスマホを他人に渡さないといけないんだ!!」

「こういう時は助け合いで……」

「ならお前はどういう風に俺を助けるんだ!? あぁ?」

「それは……」


 誰かがなにかしようとしても反対するものは出てくる。

 みんな自分が不利益を被ることに耐えられない。

 もしこれが他のことであれば彼らも妥協できただろうが、自分だけが暗闇となる恐怖に対しては難しい。


「こういう時の魔法なんじゃないか?」


 その言葉でみんな一斉にスマホを片手に世界書を開きはじめた。

 テレビやネットで大々的に話題になっていたため検索するぐらいはできる。


「どの魔法がいいんだよ!?」

「知らない」

「朝ニュースで見ただけだから……」


 突然与えられたものを熱心に研究するものは多くない。

 ここに居る面々は試しに使ってみた程度であり、せいぜいニュースでやっていた[対抗呪文]と[真実の目]を知っているぐらいだ。


「どれが使えるんだよ、くそっ」

「ああ!!MPの半分を使ったのに効果がない!?」

「馬鹿!!説明文はあてにならねぇんだよ!!」

「じゃあ、どうすれば……」

「消費が少ないのを手当たり次第試してみるしかない」


 説明文が信用できないので消費MPが高い魔法は使いづらく、

 ソートの存在を知らないので人気順にすることもできない。

 そのため光という単語が入っているものを検索しその中から消費MPが低い魔法を試し始めた。


「これ、かなり淡い光だけどなんか追加効果みたいなのが書いてある」

「どんなだ?」

「対になる魔法を使うと光が明るく見えるって、でも自分が使っても意味なし」

「魔法名教えろ、やってみる」


 男が魔法を唱える。

 すると少し眩しそうに手で目を隠した。


「うお、眩しいぐらい見えるようになったぞ」

「私もやってみる」

「ええと俺は元の魔法を唱えないといけないんだよな」


 ふたりとも魔法を唱えた。

 傍目にはうっすら手が光っているだけだが本人たちの目にははっきりとした光が見える。


「スマホの画面ぐらいの明るさはあるね」

「これなら十分実用性あるな、ただ効果時間が……」

「重ねがけで時間が延長されるってあるよ」

「それなら使いやすいな」

「みんな、この魔法いいよ」


 彼女が少し大きな声で呼びかけると周りに人が集まってきた。


「どれだよ」

「暗くて見えん」

「早く教えろ」


 魔法名を聞けば自分でも検索できるのになぜか集まってしまうのは人間の性なのかもしれない。

 みな説明を聞き実際に魔法を使い始める。


「なんだこれ、すっげぇ」

「明るい……」

「これが魔法か」

「両手が光ってるからスマホより明るく感じるな」

「なんで自分の手は光らないのよ」


 他の場所でも同じ魔法が使われ始めた。

 魔法はデフォルトで新着順に並んでいることと光でキーワード検索した時に似た名前がふたつ並んだことが大きい。


「なんだよ、何が明るいんだよ、うっすら光ってるだけじゃないか」

「この魔法を使わないと暗いんだと」

「なら俺もそれを使うから教えてくれ」


 そして他の光と違って使っていない人に恩恵がないのも特徴だ。

 消費MPが低いこともあり光を増幅させる魔法はみんな使い始めた。


「おい、こっちを照らせよ」

「その前に自分の手を光らせろよ」

「なんで俺にメリットがないのにそんなことを」

「ならコスパの悪い魔法使ってろよ」

「……くそっ、使えば良いんだろ使えば」


 また他の人の手が光るという仕様なので、

 どうしても光源の位置が安定せず欲しい位置にないことが多い。

 しかし欲しい位置に手を持ってくるよう要求すると明かりの魔法を使っていないことを理由に断られる。

 次第にみんな明かりの魔法も使うようになり気づけば生存者全員がその二つの魔法を使っていた。


「MPっていつ回復するんだ?」

「たしか寝て起きた後って聞いたぞ」

「この眩しさで寝れるかよ」

「無理矢理でも寝るしかないだろうが」

「あれ? でも目を閉じると真っ暗だよ」

「え、あ、本当だ」

「なんでだ、こんなにまぶしいぐらいなのに」

「そうか、光を増幅するって書いてあるから元は暗いんだ」


 彼の魔法には意外な副産物があった。

 光の増幅という仕様上、目を閉じれば明るさを感じない。

 睡眠をとる邪魔にならないというのは地味に役立った。


 ・・・


 十時間以上経過後。


「誰かいますか!!」


 たまたま周囲を探索していた人が外から声が聞こえたことに気づいた。


「こ、ここにいるぞ!!」

「よかった、中の様子はどうですか?」

「まだ沢山の人がいるし怪我してる人もいる」

「崩れそうな様子はありますか?」

「真っ暗でほとんど見えない」

「ある程度の空間はありますか?」

「多分あると思う」

「わかりました、この場所から離れてください」

「俺たち助かるんだよな?」

「安心してください、助けます」


 数時間で壁に穴が空き、中にいた人たちは数十時間ぶりの光を浴びた。

 そこからはあっという間で全員救助されるまで時間はかからなかった。


 最初に救助された男女はレポーターに取り囲まれている。


「救助されるまで不安はありませんでしたか?」

「すごく不安でした、みんなで集まって凌いでいました」

「中は真っ暗だったのですか?」

「そうですね、ただみんな魔法で明かりを確保していました」

「魔法……ですか?」

「ええ」


 男が世界書を出して開くと女がすかさず世界書に手を当てた。


「何をされてるんです?」

「あ、すみません。さっきまでの癖が」

「それはどういう意味が?」

「手が光っているので明かり代わりにしてたんですよ」

「それ光ってます?」

「単独では暗いですけどもう一つの魔法と組み合わせると明るくなるんです」


 それを聞いたレポーターが困ったような顔をした。

 意味が理解できなかったようだ。


「どうしてそんなややこしいことを?」

「これだと明るさの割に消費MPが少なかったんです」

「なるほど……、ちなみにどんな名前の魔法なんですか?」

「【誰にも届かないかすかな光】と【届いたよその光】です」

「詩的な魔法名ですね」

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