「おはよう」
「おはようお兄ちゃん」
「おはよう、今日は早いのね」
「昨日が遅かっただけだよ」
いつも通り食卓につく。
メニューがパンということは父さん休みなのか。
母さんは父さんが休みの時だけ朝食をパンにするので分かりやすい。
不定期に休みがあるけど何の仕事してるんだろうな。
「お兄ちゃんそれどころじゃないよ」
「それどころって……」
「ほら見て」
テレビではLIVE放送で何かの中継をしている。
どうやら事故があったみたいだけど……?
「何があったんだ?」
「お店の2階の床が崩落したんだって」
「恐ろしいな」
そういうのは避けようがないので厳しいよな。
魔法で危険性を察知するとか出来たらいいんだけど。
「今ちょうど救出作業中なんだよ」
「え、誰か閉じ込められてるのか?」
「大勢閉じ込められてるらしいよ」
まじかよ、そういう時こそ魔法の出番だろう。
テレポーテーションで脱出とか物質透過ですり抜けとかさ。
「そんなのあるわけないでしょ」
「何も言ってないけど!?」
「顔が言ってる」
「顔が言うってなんだよ!?」
モノローグどころか顔が喋るって一体どんな顔してたんだよ。
あれか? 目は口ほどモノを言うってやつか?
「目っていうか表情だよね」
「あの……何も言ってないんだけど……」
「今はもろに口に出してた」
やばいな、下手に悪口とか考えたらひどいことになりそうだ。
「あ、2人救出された」
「よかった」
けっこう高い位置の壁に穴が開けられていて、そこから男女2人が出てきた。
あんな場所から救出するなんて中はよほどひどいことになってそうだ。
あ、でも思ったより元気でインタビューに答えている。
太陽の光がまぶしそうなのは、ずっと真っ暗な中にいたからかな?
『[誰にも届かないかすかな光]と[届いたよその光]です』
「ぶほっ」
飲んでいた水を吹き出してしまった。
なんでそれを!?
「お兄ちゃんの魔法じゃない?」
「多分……」
慌てて世界書を出して確認してみると目が追いつかない速度で経験値が増えている。
レベルもどんどん上がっていて既に5レベルを超えていた。
「一体何が……?」
「たまたまお兄ちゃんの魔法が使い勝手よかったんじゃない?」
「まじかよ」
「これで魔法作りやすくなるね」
たしかにMPが結構増えてる。
これなら新しい魔法を何個か作れそうだけどこんな風に注目されるのは恥ずかしい。
もっと地味に使ってもらえるだけでよかったんだけど……。
「陽菜、この件黙ってろよ」
「どうしてそんなに目立つのを恥ずかしがるのか分からないよ」
首をかしげているけど、今の陽菜には一生分からないままでいてほしい。
昔の陽菜は目立つのを避けて暗い顔で静かにしているのが日常だった。
あんな時代に戻ってほしくない。
・・・
学校に着くとやっぱり崩落の件が話題になっていた。
魔法のことも話題に出ている。
「おはよう」
「おはよう、どうだ、俺の手光ってるか!?」
「全然」
「かぁー、ニュース見てないのかよ」
翔が呆れたように言っている。
どうやらさっそく試したようだ。
「[届いたよその光]って魔法を使えば俺の手が光って見えるぞ」
「その前にちょっといいか」
「ん? ああ」
みんなが教室に集まっているうちがチャンスだ。
翔を引っ張って人のいない場所に連れて行く。
「どうした?」
「手に持ってる世界書で今話していた魔法の詳細を見てくれ」
「もしかして[真実の目]みたいになんかありそうなのか?」
「いや、まあ見てくれればわかるよ」
疑問に思っているようだけど調べてくれた。
もう慣れた手つきで選択していく。
「作成者:能見 真琴?」
「うん」
「つまりお前の?」
「うん」
「はぁぁぁぁぁ!?」
驚くのも無理はない、俺だって驚いてる。
まさか全国ニュースで名前が出るとは夢にも思わない。
「え、え、お前まだ魔法作ってないって」
「昨日の夕方に作ったんだ」
こんなことになると分かっていたら事前に連絡したけどさすがに予想できなかった。
「すげぇな、教室ではその話題で持ちきりだぞ」
まずい、作成者は公開されているから誰か気づくだろう。
能見真琴なんてよくある名前じゃないから絶対に言われる。
「できれば黙っておいてほしい」
「は? なんでだ?」
「名前がちょっと……」
作る時はテンション上がってたから気づかなかったけど、
改めて考えるとけっこう恥ずかしい魔法名だった。
名前が女っぽいのにさらに女っぽい名付けになっている。
「別に構わないと思うんだが」
「俺が構うんだよ」
「有名人になれるチャンスだぞ」
「魔法が有名になればそれでいいよ」
渋る翔を説得し教室に戻るとクラスメイトの女子たちに取り囲まれた。
「あの、能見君、ニュースで話題になった魔法って能見君の?」
興味津々という顔で俺に質問してきた。
普段全く交流のない女子たちから話しかけられたのはちょっと嬉しいけど地味に囲んで退路を断っているのが怖い。
もし事実なら逃がさないということだろうな。
「いや、同姓同名なだけだよ」
「ほらー、やっぱり」
「あの名前の付け方はどう見ても女性でしょ」
「なーんだ」
そう答えると女子たちは興味をなくして離れていった。
やっぱり有名になっても一時的に称賛されるだけだよなぁ。
「おしかったな」
「何がだよ」
翔が耳元で囁いてきた。
俺がちょっと嬉しそうにしてたのが分かったらしい。
「あれをきっかけにすれば彼女出来ただろうに」
「あそこからどうやってその状況に持っていくんだよ」
「有名人ってだけでモテるんだぞ」
ちょっと心が揺れる。
たしかに恥ずかしさと彼女が出来ることを釣り合いにかけるなら彼女が出来ることを選ぶ。
それに昨日陽菜に言われたようにきっかけを作るために行動したほうがいいのも分かる。
「俺はモテるより平穏を取るよ」
「はぁ……、もったいねぇなぁ」
「陽菜が巻き込まれたら嫌だからな」
女子にモテるだけならいいけどまったく関係のない迷惑を呼び込む可能性がある。
変な男に絡まれたり因縁をつけられたりするのは嫌だし、下手すればその影響が陽菜に行きかねない。
「まあ今は透子ちゃん狙いだからいいのか」
「いつそんな話になったんだよ!?」
翔は俺の表情を見てニヤニヤしている。
誰にも教えていなかったはずなのになんで知ってるんだ。
「あれだけ甲斐甲斐しく世話しておいて何言ってんだか」
何を今更という顔で俺を見ている。
「え、もしかしてそんなに分かりやすい?」
「どう見ても狙ってるようにしか見えないな」
「まじか!?」
「だからお前経由で頼んでたんだよ」
翔がわざわざ俺に頼んでるのは変だと思ってはいたけどそういう配慮だったとは思ってなかった。
「単に話すのが面倒なだけかと……」
「まあそれもある」
「あるのかよ!?」
「だってあんだけ反応悪いと話しても張り合いがないからな」
「ああ? 目とか口元とかものすごく反応してるだろうが?」
「まったくわからん」
「藤田さんはデフォルトが不機嫌顔なだけで反応は豊かなんだよ」
「あばたもえくぼって奴だな」
「よし、殺す」
渾身の一撃をボディに放ったのにびくともしやがらねぇ。
だが藤田さんを馬鹿にした罪は万死に値する。
ダメージが入るまで何度でもやってやる。
「おお、真琴、がんばれ」
「お前を殴ってるんだけどな!?」
「じゃれついたの間違いだろ」
くそう、これだけ殴ってもダメージどころか痛そうなそぶりすらしないぞ。
こっちの手も大分痛くなってきたしもう限界だ。
「なんだもう終わりか」
「これぐらいにしといたるわ」
「めだか師匠の真似をするのは10年早い」
やはり魔法でやり返すしかないな。
何かいい魔法探しておこう。
・・・
この後も何人かに聞かれたけど、
違うと答えると興味をなくして帰っていった。
これだけ話題になってるならきっとレベルも上がっているはず。
家に帰ってからの楽しみとしておこう。
放課後すぐ家に帰り自分の部屋で世界書を開く。
「おお、レベルが18になっているぞ」
しかも今だに経験値がリアルタイムで増えている。
こういう数値が増えていくのを見るのは楽しい。
「あ、MPかなり増えてる」
最大MPが145になっていた。
2〜3レベルのときは1しか増えてなかったけど、
やっぱり高レベルになると増える量は変わるようだ。
「ただレベルアップしてもMPが回復するわけじゃないからなぁ」
せっかく最大MPが増えたのに……。
魔法を使えるのは明日になりそうだ。
「明日試す魔法の候補探しておくか」
ついでに翔へダメージを与えることの出来る魔法も探しておこう。
この日は魔法探しに没頭して就寝した。