「能見、ちょっといいか?」
昼休みになった瞬間に阿久津から声をかけられた。
やけに声が小さいけど何か言いづらいことなのかな?
「どうした?」
「ここじゃちょっとな、部室棟までついてきてほしい」
そんなに言いづらいことなのか。
表情からは感情が読み取れないけど、どうしたんだろう?
とりあえず阿久津の後ろをついていく。
部室棟なんて帰宅部の俺には縁がないからどこに向かっているかさっぱりだ。
「この部室の中で話そう」
陸上部と書かれた部室に案内される。
初めて入るけどかなり広いんだな。
あ、シャワー室まで併設されてるのか、豪勢なことで。
「こっちだ」
シャワー室に無理やり押し込まれる。
なんでわざわざシャワー室の中に?
話すだけなら部室内でいいのでは?
そう思っていたら後に阿久津が入ってきて鍵をかけた。
扉の前は阿久津が封鎖している上に鍵もかけられている状況、つまり閉じ込められた……。
「さて、お前にしか頼めないことがあるんだ」
「なあ、どうして鍵かけた?」
「そこの角まで行って、ちょっとしゃがんでくれればいい」
「しゃがんで何を……」
「いいから早くしてくれ」
「まさか尻を!? 童貞を捨てる前に処女を捨てるのはいやー!?」
「排水口があるだろう?」
「え……、あ、ほんとだ」
「何か見えないか?」
「あー、指輪っぽいのがかろうじて見える」
「魔法でなんとか取れないか?」
やばい、ノリでボケてみたけど意外と真剣な話だった。
排水口のけっこう奥に指輪らしきものが落ちている。
よくあるパイプの曲がったところで止まっているので水に浸かっているものの流されてはいない。
「見えてるなら普通に取れるんじゃ?」
「パイプが細くて無理だった」
「いや、普通にパイプ曲がったところを取り外すとか」
「なぜか地面に埋まってるんだ」
「は?」
非常用のために取り外せるようになってるはずだよな。
埋まってるってどういうことだよ。
「経緯はどうでもいい、重要なのはパイプが曲がった所は外れないということだ」
そこが外れないとなると面倒だな。
なんとかして排水溝の入り口から取ることになるけど、見えている距離だしある程度の道具があれば取れそうな気はする。
ただ一つ気になるのはどうして俺を呼んだんだ?
ほとんど交流のない俺に頼る意味が分からないし、わざわざ魔法で取る意味もない。
「放課後になるとみんなシャワー使うからな」
俺の表情を察したようで追加の情報をくれた。
ただその情報だと急いでいることしか分からない。
「事情を話して今日は使うのをやめてもらったら?」
「あまり大事にしたくないんだ」
やけに暗いトーンで答える阿久津。
何か事情がありそうな雰囲気だ。
まあ頼られて悪い気はしないので、とりあえず取り方を考えよう。
まず現状を確認しよう。
指輪らしきものは細い排水口の中で水に浸かっている。
距離は30cmぐらいでぎりぎり見える状態。
この状況で一番楽なのは何かにくっつけて引き上げることだろう。
磁石でくっつけば一番楽なんだけど指輪っぽいしシルバーかな?
ステンレスとかならいいんだけど……。
「ちなみにあれの材質は分かる?」
「……プラチナだ」
「おぅ」
なら磁性がないので磁石案は没だな。
それにしてもプラチナということは本当に指輪だったのか。
そんな高価なものを男子高校生がつけるなんて……ん?
「結婚指輪……いや、婚約指輪?」
そういえば教育実習で来ている女性は婚約しているって言ってたな。
ただ親に決められた婚約だとかで、時代錯誤とか可哀想だと言われていた。
美人だし性格も良い女性なので新しい恋を見つけてほしいと思うけど……。
ふと阿久津の方を見るとまるで能面のような感情のこもらない薄ら笑いをしている。
その瞬間すべてが繋がった。
まずい、このままでは殺人事件が起こってしまう。
「気付いた者から死んでいくのがお約束だよな」
「モノローグに答えるのは止めよう?」
「俺は地の文を重要視するタイプなんだ」
「ならモノローグは無視でいいだろ!?」
「あれも地の文だろう」
「そうかな……そうかも」
「まあ冗談はさておきお前の予想通りだよ」
「まさか教育実習生をシャワー室に連れ込んで好き放題した上に指輪を弄びながら「婚約者にもう顔向けできないな」とか言ってたら指輪を落としたなんて」
「どんな外道だ!?」
「なんだ、てっきりそういう話かと」
「そこからどうつなげれば殺人事件になるのか教えてほしいぐらいなんだが……まあいい」
違っていたらしい。
でも成人女性が男子の部室のシャワー室を使っていたと言うならそれしか連想できないんだけど……。
「悩みを聞いていただけで手は出していない」
「またまた御冗談を」
「おっと、いいところに鉄パイプが」
「計画的犯罪!?」
躊躇なくパイプに手をかけたのが怖い。
解決したら消されないだろうか。
「スマホを持って泣いているところをたまたま見かけてな」
「そこで優しく声をかけておいしく頂いたと」
「鉄パイプもおいしいぞ」
「口に入れようとするな!?」
「で、目をはらしてるのがあまりに目立つので部室に入ってもらったんだ」
「そのほうが問題では?」
「一応俺は部室の外にいたからな」
なるほど、男女で入っていないならまだ言い訳できるか。
「ドアの外で話を聞いていくつか助言をした後、顔を洗うためシャワー室に行ったらしい」
「ほうほう」
「その時に指輪を落としたらしい」
「らしいばっかだな」
「聞いただけだからな」
なるほど、たしかに見えてないならそういう言い方になるか。
「まずいのは男子の部室の中にあるシャワー室で落としたということだ」
誰がどう考えても部室での事後にしか見えないよな。
そして近くにいたのは阿久津、と。
「部室の前にいる時に何人かとすれ違っているので疑われるのは間違いないな」
「で、なんでそれを俺に」
説明を聞いてもやっぱり俺である理由が分からない。
他の先生に事情を説明したほうが確実な気がするぞ。
「そうしたら教育実習は失敗になるだろうな」
「だからモノローグに……」
「真実より事実の方が大事な人が多いんだよ」
つまり真実はどうあれ男子の部室から出てきたから処分するってことか?
いくらなんでもそこまではしないと思うけど……。
「お前を選んだ理由の一つ目がそれだな、性格が善寄りなんだ」
「ロードになれる?」
「まだ善寄りのニュートラルだから無理だな」
こいつ、陽キャのくせにウィザードリィ知ってるのか。
「二つ目はお前が陸上部ではないこと」
「まあそれはそうだけど」
「三つ目は友達が少ないこと」
「直球で失礼な奴だな」
いない訳じゃないぞ、ただ積極的に作らないだけだ。
翔と陽菜がいれば大体困らないしな。
「作れないの間違いじゃないのか?」
「お、やんのか?」
「俺に勝てる気か?」
「すいませんでした」
「強気なのか弱気なのかよく分からない性格だな」
ため息をつかれたけど、そうしたいのは俺の方だよ。
なんで俺が馬鹿にされなきゃいけないのか。
「まあ一番大きな理由はお前が魔法に詳しくて問題解決能力も高いと春日井から聞いてな」
「問題解決能力ってなんだよ!?」
翔や陽菜が問題を起こして俺が解決していただけだろ!?
それで経験を積んだと言われても納得できないぞ。
「妹の見本になる素晴らしい男だって誉めてたぞ」
「いやー、それほどでも」
なんだ、翔もいいこと言うじゃないか。
そういうことなら頑張ってやろう。
「理由は一応分かったけど、俺が引き受ける保証あったのか?」
もちろん引き受けるつもりだったけどそれは阿久津には分からない。
教育実習生とエロいことしてたなんて噂を立てられたらどうする気だったのか。
「初歩的なことだよ、ワトソン君」
「ほっほう、名探偵阿久津の見解を教えてもらおうか」
「お前が引き受けなかったら、魔法で藤田の胸を揉んでいたことを広める」
「ぶほっ!?」
「半信半疑だったが春日井の言葉で確信に変わった」
「よし、殺ろう」
「まてまて、仲間は多いほうがいいぞ」
「モテる男は不要ラ」
「逆に考えるんだ、「モテなくてもいいさ」と考えるんだ」
「死ねぇ!!」
けっこう強い力で腹パン狙ったのにびくともしない。
なんでみんな腹筋鍛えてるんだよ。
「女性関係で相談できる相手がいたほうがいいだろう?」
「それは……」
「特に妹さんについて悩んだ時に相談に乗れるかもしれない」
たしかに陽菜も年頃になってきたから悩みが出てくるかもしれない。
そういう時に経験豊富な相手に相談できるのは助かる。
妹の前ではカッコつけたいしな。
「仕方ない、仲間にしてやろう」
「恐悦至極」
ニヤリと笑いながらそう答える阿久津。
意外とノリの良い男だな。
「で、肝心の指輪は取れるのか?」
「いくつか考えはある」