「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「どうした?」
「灯里の相談に乗って欲しいの」
「ほいよー」
今日は灯里ちゃんが来ているらしい。
翔の妹で小学校6年生なんだけど、小さいころから陽菜と気があってよく一緒に遊んでいる。
その仲の良さは、陽菜がたまに「私の妹」とか言うぐらいだ。
部屋をノックすると二人分の返事が返ってきた。
「真琴さん、お久しぶりです」
「久しぶり、だいぶ大きくなったね」
「お、それはセクハラだよ、お兄ちゃん」
「子どもに対してそういう連想するほうがセクハラだよ!?」
「そうだね、お兄ちゃんは大人の大きいおっぱいのほうが好きだし」
「大きさに貴賤はないって言ってるだろ!?」
「つまり大きさに関係なく私のおっぱいが好き!!」
「陽菜は大好きだけど意味が違うよ!?」
「相変わらず兄妹仲いいんですね」
「いいでしょー」
べたーっと抱きついてくるのがかわいらしい。
陽菜は普段こういう姿を他人に見せないので、それだけ灯里ちゃんを信頼しているということだろう。
「灯里ちゃんは翔と仲良くやってる?」
「兄貴なんて知らない、最近またトレーニング増やしてるし」
丁寧な応対だったのに翔の話をするとあっという間に素が出た。
昔は灯里ちゃんも翔のことを「お兄ちゃん」と呼んでたけど、翔がムキムキマッチョになり始めたら「兄貴」呼びになったんだよな。
陽菜経由で聞いた話だと「あんな筋肉バカはお兄ちゃんじゃない」とか言ってたらしい。
灯里ちゃんの好みは優男なのかな?
「で、相談って何かな?」
「あ、そうですね」
言葉を戻して姿勢を正して目を合わせてくる。
こういう仕草がバシッと決まってて男前なんだよな。
なんというかかっこよさがあるって感じ。
「あたしのパンツが頻繁になくなるんです」
「は?」
「洗濯後にベランダに干してるといつの間にかなくなってて」
「ちょ、ちょ、どうしてそれを俺に!?」
どう聞いても警察案件だ。
単発ならともかく何度も盗まれているなら確実に対処してくれるはず。
俺みたいな一般人に頼る話じゃない。
「犯人はこの中にいる!!」
「該当人物は俺しかいないよね!?」
「大事にはしたくないんです」
陽菜の渾身のボケを無視して深刻そうな顔でそう答える灯里ちゃん。
なにか事情があるんだろうか?
「一応動画を撮ったので見てもらえれば分かると思います」
「え、パンツ干してる映像だよね、俺が見ていいの?」
「ただの布切れの映像ですよ?」
まあそうなんだけど普通は恥ずかしいと思う気がする。
前から思ってたけど灯里ちゃんは能見家寄りの考えなんだよな。
陽菜あたりから影響を受けたのかもしれない。
「お兄ちゃんは興奮するって」
「いや、しないけど!?」
「興奮したければすればいいですけど……」
「やったね、お兄ちゃん、パンツが見れるよ」
「おいやめろ」
陽菜め、灯里ちゃんに変態だと思われたらどうするんだ。
「とっくの昔に変態だとばれてるのに何を気にするのか」
「ちょっと待ってくださいね」
灯里ちゃんはまったく意に介した様子がなく、スマホを取り出して操作し始めた。
やけにゴテゴテしたスマホで持ちづらそうだ。
「重そうだね」
「頑丈なんですよ」
「そんな感じの見た目だよね」
操作しているのを見ているとなにか違和感があった。
なんだろう、女性が持つには不釣り合いな大きさだからだろうか?
「あ、ロックがないのか?」
「ないですよ」
スマホを触りながらそう答える灯里ちゃん。
指を動かす速度がものすごく早くてちょっと怖い。
「不用心じゃない?」
「見られて困るものないですしそもそも誰かの手に渡ったら終わりだと思ってますから」
「私もロックしたほうがいいと思うんだけどねー」
「再生しますね」
テーブルにスマホを置いて動画を再生し始めた。
スマホの画面なのでみんなで見るには小さいけど仕方ない。
映像にはベランダが映っていて洗濯物がたくさん干されている。
その中にパンツもあった。
「あ、結構綺麗に撮れてるね、さすが灯里、略してさすあか」
「略す必要あったか?」
「もうちょっと先なので飛ばしますね」
陽菜を気にせずマイペースで進める灯里ちゃん。
ここだけ見ると仲が悪いのかと錯覚してしまうけど昔からこんな感じだ。
「ここからです」
みんなで画面を覗き込む。
そこには先ほどと変わらない状態でパンツが干されている。
そして次の瞬間。
「消えた!?」
パンツがいきなり消失した。
飛んでいったとか何かの影に隠れたとかではなく本当に突然消えた。
「え、まじで?」
「灯里、もう一度見せてくれる?」
「はい」
陽菜に言われて灯里ちゃんがもう一度再生したけど変わらない。
間違いなくパンツが消えている。
「こういうことなんです」
「なるほど、これが魔法じゃないかと疑ってるわけだね」
最初に魔法云々と言っていたのはこれが原因か。
たしかにこれだと警察に通報しても犯人探しをしてくれないかもしれない。
「どうにかならないでしょうか?」
「お兄ちゃんならなんとかしてくれるよね?」
「俺はスーパーマンじゃないぞ?」
灯里ちゃんと陽菜の期待が重い。
さすがに魔法のこととは言えこれは使用者どころか使用している魔法すらわからない。
いくつか方法は浮かぶけど実際に作れて犯行に使えるかはなんともいえない。
ただ解決策自体はあるんだけど……。
「一応聞くけどそもそも外に干さなければいいのでは?」
「陽の光を十分に浴びたものは着心地が違うんです」
「パンツがなくなるよりましだと思うよ?」
「見解の相違ですね、パンツがなくなる方がましです」
予想通りの答えが返ってきた。
灯里ちゃんは自分の行動を妨害されるのをとにかく嫌う。
理由は分からないけどパンツがなくなるから外に干すなと言われたら納得しないとは思っていた。
「なるほど……、なら日光が当たる室内に干すとか?」
「それだと兄貴に見られるから嫌」
俺にパンツの動画を見られるのは気にしないのに、翔に実物を見られるのは気にするのか。
動画と実物は違うってことだろうけど、ここらへんの感性は非常に面白い。
「家族に見られて恥じるものなどない!!」
「家族間でも恥じらいはあってほしいぞ」
陽菜も母さんも下着を室内干しするのは理解できるけどリビングに干すのはやめてほしい。
テレビ見てる時にチラチラ視界に入って恥ずかしい気分になる。
特に母さんは風呂上りに全裸でリビングに来て、干してる下着を取って着るからな。
いつか陽菜も真似しそうで怖い。
さて外に干す必要があるなら簡単にはいかない。
盗難を防ぐには、取れない状態にするか犯人を捕まえるかのどちらかだ。
室内に干せば取れないという一番簡単な方法が不可なので何か考える必要がある。
「ちなみに灯里ちゃんはレベルいくつぐらい?」
「4です」
「なるほど」
そのレベルだとパンツに魔法無力化を使うのは難しいか。
[対抗呪文]はMP1で24時間有効なのに、なぜか物体に対しては同じ効果でMP20で2時間なんだよな。
いまいち整合性の取れてない部分があるのが非常に気になる。
「レベル低すぎましたか?」
「あ、いや、普通はそれぐらいだと思うよ、俺が上げすぎなだけ」
「お兄ちゃんはいつも熱心に魔法使ってるもんね」
「陽菜もだろ」
「MPを残したまま一日が終わるのがもったいないんだよ」
「わかる」
なんか損した気になるんだよな。
だから寝る前にはどうでもいい魔法を使って意地でもMP使い切ってる。
「少しレベルを上げる努力をしてみます」
「本当に魔法かどうかも分かってないし無理しなくていいよ」
「そうですか」
「ただ原因を調べる努力はしてみるけど上手くいくかは保証できないよ」
「構いません」
「お兄ちゃんなら絶対解決してくれるよ」
「相変わらず陽菜はかわいいなぁ」
「あばばー」
兄に過剰な期待を持つ妹はしっかりかわいがっておく。
そうだ、陽菜が妹のように思っている灯里ちゃんの頼みだ。
妹の妹といえば我が妹と同然。
妹の期待に答えるのは兄の使命だ。